義勇さんが頭を打ちました_21

日が落ちて、雨まで降ってきたところに、錆兎はもう一つ最悪な場面に出くわした。

血だまりの中に折れた日輪刀…
衣服は散乱しているものの遺体がないということは、鬼の仕業だろう。

刀は2本ある。
その一本はわずかばかり食い残された手で握られていて、その手には甲の文字。

階級で言えば柱の下である甲の隊士が2人いて、倒すことも逃げる事も出来ずに喰われたということは……
と、その相手の鬼について考えてみて、錆兎は青ざめた。

これは……まずい……
良くて下弦、悪いと上弦の鬼かもしれない。

そう判断すると、錆兎はこのあたりで戦闘があったこと、隊士が2人死んでいること、そして…その隊士が甲なので相手はおそらく十二鬼月であることを鬼殺隊に知らせるために自らの鎹烏を飛ばした。

本来ならば上弦の可能性がある時点でもう一人くらい柱が駆けつけてくるのを待って複数で行動したほうが良いのだが、義勇がこのあたりにいるかもしれないと思えば、そうも言ってはいられない。
義勇を守ること、そして共に生きていくことは、錆兎の中で最優先事項なのだ。

──ぎゆう…ぎゆう、どこだっ…
と、やや音量を下げて言いながら、錆兎はひたすらに雨の中を走り回る。

頼むから…義勇だけは奪わないでくれ……
と、家族が亡くなって以来、もうだいぶ長い間まったく気にも留めなかった心の中の神に祈りながら走っていると、前方に人影が見えた。

最初は人外だとは気づかなかった。
相手からは全く殺気のようなものが感じられない。

雨であまり視界が良いとは言えない状況で、それがとんでもない相手だと気づくのに、少々時間がかかってしまった。

だが、視認できた時点で、錆兎は最悪な事態だと思う。

この寒いのに妙に露出した上半身に妙な刺青をいれた鬼。
それが義勇を横抱きにしている。

本当に全く殺気がないので奇妙な感覚に襲われるが、その鬼の方も錆兎の姿を認めて向けてきた視線を見返せば、その右の瞳に上弦、左には参の文字。

一気に体中の血の気が引いていくが、とにかく己の身と引き換えてでも義勇を助けなければ…と、錆兎は腰を低く落として刀に手をやり抜刀の構えを取った。

…ほぉ…お前、柱か。
と、そんな余裕のない錆兎に対して、鬼は目を細める。

この期に及んでも鬼からは微塵も殺気が感じられなかった。
ただ、物珍し気な…なんなら好意的とさえ思えるような空気さえ感じる。

「…戦いたければ戦ってやってもいいのだがな…その前に誰か人を呼べ。
おそらく誰かがいつも守っているのであろう迷い子を拾ってしまってな。
弱者は嫌いなんだが、それが大切に守っている強者の隙をみて殺されるというのはもっと嫌いだ。
守られるべき人間は守っている相手に守られているべきだ。
…というわけで、戦うのはこいつの行先をきちんとしてからだ」

その言葉に錆兎は唖然とした。

「…もしかして…お前は義勇を助けてくれたのか……」

そんなバカな…と思わないでもないのだが、そう言えば噂に過ぎないが上弦の参は何故か女は襲わず食わないと聞く。
もしかしてその噂は本当で、まあ義勇は女ではなく少年なのだが、こいつにはなにか食う人間、攻撃を仕掛ける人間に対しての美学でもあるのかもしれない。

「ああ、義勇と言うんだな。
じゃあ、貴様がこいつの帰る場所だったか。
かなりの実力者のように見受けられるし戦えばさぞ楽しい戦いになっただろう。
残念だ。
次に会った時には正々堂々戦うぞ」
と、気づけばすぐ目の前にまで来ていて、ひょいっと錆兎の手に義勇を渡す。

あまりに殺気がないので反応できなかった。
そうして鬼はそのまま背を向けて去っていく。

柱としてはそれをぼ~っと見送るのもどうかとは思うが、そこで後ろから斬りつけるような卑怯な真似はできなかった。

そしてなにより雨で冷え切った義勇をあたためてやらねばならない。
錆兎は即、自分の羽織を脱いでそれで義勇を包むと、鬼が去ったのと反対側、自分の館、水柱邸に向かって走り出した。


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