義勇さんが頭を打ちました_10

…朝…鎹鴉が飛んできた。
鬼は夜しか出ないので、午前中に来るのは珍しい。
もしかして遠くの鬼を狩ってこいという連絡か?…と、錆兎はまだ眠っている義勇を起こさないようにそっと布団を抜け出したが、違ったようだ。

宇髄からだ…。

義勇が記憶を失って以来、仕事以外は全て断って家に飛んで帰る錆兎を心配しているらしい。
義勇が記憶を失ったことまでは知らないまでも、不死川経由で最後に会った時に様子がおかしかったことはきいているようだ。

これは…相談したほうがいいだろうか。
カナエに相談すれば、シノブあたりが医療所を頑なに拒む義勇を無理矢理にでも医療所に引っ張っていきかねない。
その点宇髄なら他人が嫌だということを無理強いする人間ではない。
人生経験も豊富なのもあるし、いい方法を考えてくれるのではないだろうか…。

そんな風に思案しながら、錆兎はすやすやと眠っている義勇を見下ろす。

錆兎的には今の生活は快適なのだが、義勇はずいぶんやつれてしまったように思うし、この生活を続けるにしても本格的に記憶を取り戻す訓練をすることにしても、このままの状態は義勇にとっては良いとは言えない。

自分の都合と義勇の健やかな生活…それを天秤にかけてみれば、優先するのがどちらかなど、論じるにも値にしない。

錆兎は文机に向かうと、宇髄に返事を書き始めた。



そして会って話を聞いてもらうことになった…が、互いに柱だ。
先送りにすればあっという間に任務が入りかねない。

なので、現時点で指令がきていないということは、今日の夜までは時間があるということで、急ではあるが今日の昼に会うことにした。

義勇にはあらかじめ昼食まで作ってやっておいて、今日は少し用事があって同僚の柱である宇髄に会ってくる旨を伝えると、少し心細げな顔をするので、3時までには戻るし、団子を買って帰ってくるから一緒に食べようと頭を撫でてやる。

「飯はつくってあるからちゃんと食えよ?
食ったら寝ておけ。無理はするな。
近場で会っているから、少しでも気分が悪くなったら即鴉を飛ばせ」
と、細々と注意を与えながら、錆兎は後ろ髪を引かれる思いで昼前に家を出た。


そう言えば…任務以外で一人で外に出るのは久々だ。
というか、基本的に仕事は夜だし、最近は平日の家事は義勇に任せっぱなしなので、昼間に外に出ることがあまりない。

日差しがまぶしいな…と、錆兎は目を細めて誰にともなくそう呟くと、待ち合わせ場所へと急いだ。



「よっ、久しぶりだなっ!」
と、飯屋の前で手を振る美丈夫。

私的な時間だからだろうか。
いつもの派手な化粧もキラキラしい額あてもなく、髪を下ろして普通の着流し姿だが、男から見てもなかなかに美男子で目立っている。

「待ち合わせの時は宇髄は顔も良ければデカくて目立っていいな」
と錆兎が笑えば、
「おめえほどじゃねえよっ!
俺ほどじゃねえけど一般人からすりゃあ十分デカくて、ツラの良さとその派手な髪、それからなんつ~か、存在感?みてえなもんがすげえ」
と、バン!と錆兎の背を叩きながら、飯屋へと錆兎を促した。

実際、宇髄と錆兎が入っていくと、なんとなく店がざわついて、客がこちらを盗み見ている。
込み入った話をするからと普通よりは少しばかり高級で敷居で区切られた店なので女性客も多く、小さいものの高くて響く嬌声があちこちから聞こえてきた。

そんな中を宇髄は花道を歩く役者のように笑顔で手を振りながら、錆兎は少し困ったような戸惑ったような表情で、店員に案内されて席につく。

「モテる男は違うな、宇髄…」
と、苦笑する錆兎に宇髄は
「俺が派手に良い男だってのは事実だが、お前にだけはそれ言われたくないわ」
と、大きく息を吐き出した。

「本当に…清廉潔白、正々堂々、公明正大、眉目秀麗、街中や隊士の女が鬼殺隊の中で旦那にしたい男第1位に燦然と輝く男が何言ってやがんだかっ」

宇髄はモテる。
見た目が良いのはもちろん、粋で洒落ていて、一緒にいて楽しい。
単純にモテると言う意味で言うなら、柱でもダントツ一位だろう。

だが女という人種は恐ろしいもので、恋愛をして楽しいのと結婚して安心するのはまた別だと言う事だ。

実際は決して薄情な男ではないのだが、宇髄は遊び人という印象が強く、結婚相手としては躊躇してしまうらしい。
まあ、すでに3人も嫁が居る時点でそれは全くおかしい意見だというわけではないのだが。

そうなると、見た目は良くて地位も甲斐性もあって、なにより誠実そうで浮気などの心配もなさそうだと、嫁になるなら水柱、鱗滝錆兎が一番だ…と、巷では言われている。

まあ、錆兎自身は今まで色恋沙汰に興味はなかったので、気にしたこともなかったのだが…。


「…俺は…嫁は持たんから」
と、そんな夫にしたい男第1位は宇髄に漏らす。

「不器用な男だから、大切な相手が2人以上いると上手く優先順位をつけられる気がせん。
そうすると義勇に嫌な思いをさせるだろうから…」
と続ける言葉。

それに、もう優先順位はつけてんだろ、嫁より継子が嫌な思いをするのが可哀そうだって時点で義勇よりも嫁になる女の方が可哀そうだと宇髄は突っ込みをいれたくてウズウズした。

まあでも、今は嫁談義にきたわけではない。
互いに時間のない身でもあるので、本題に入ろう。

宇髄はそう割り切って、とりあえず店員に注文を告げると、話をするため錆兎の方を向き直った。


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