義勇さんが頭を打ちました_09

最近、義勇の様子がおかしい…。
記憶が戻らないのが長引いて、何か不安になっているんだろうか…

ある日、任務が早く終わって家に戻ったら、義勇が台所で胸を押さえてしゃがみ込んで震えていた。
青ざめた顔…どこか苦しげな表情に潤んだ瞳。

体中からざ~っと血の気が引く思いで駆け寄ったが、居るはずのない時間に戻った錆兎に少し焦った様子で、慌てて立ち上がった。

「どこか苦しいのかっ?!」
と聞いても、何でもないと首を横に振るだけで、医療所にと言っても拒否られる。

義勇に安全な場所で毎日自分を出迎えて欲しい…そんな己の欲を通して、義勇が記憶を失くしてすぐ、きちんと花屋敷に連れ込まなかった自分を錆兎はこの時とても後悔した。

が、医療所に…と言うと全身で抵抗する今の義勇をそれでも連れて行くとなると、錆兎達と比べれば強い方ではないと言っても一応元水柱の鱗滝先生の元で修業をしてきた隊士ではあるので、多少乱暴な手段を取らざるを得ない。

ずいぶんと具合がよろしくないかもしれない病人相手にそれをするのは、容態を悪化させそうで怖い。

錆兎は、はぁ…とため息をついて、
「わかった。せめて横になっていてくれ。
俺が落ち着かないから」
と、義勇を横抱きにして部屋に連れて行った。

義勇はそれでも具合など悪くないのだと言い張るが、寝ているのが嫌なら医療所だと、それは断固として言えば、大人しくなる。

こんな風に不安が限界になって体調を崩す前に対処してやるべきだった。
あまりに長く戻らない記憶に、楽観的になれなくなってしまっているのであろう義勇の様子を見て、錆兎は罪悪感にズキズキと胸が痛んだ。

錆兎が知っている義勇と言うのは、元々良くも悪くも柔らかい心を持っていて、よく笑うしよく泣く少年で、隊士になって少しずつ…普通の男にしては随分とゆっくりカメの歩みのようではあるが、それでも徐々に大人に近づきつつあったように思うが、記憶を失くしたあたりで、また、一気に狭霧山で出会った頃の、ひどく繊細な少年に戻ってしまった感がある。


義勇が胸を押さえていた日の夜…錆兎は眠れずに窓際の文机で剣術書をめくっていたが、ふと、
(義勇…ちゃんと休んでいるだろうか…)
と、気になって、様子を見て来ようと書物を閉じて立ち上がった。

すると、書物に集中していた時には気づかなかったが、襖の向こうに何かの気配を感じる。
…というか、この家には二人しかいないのだから、何かもなにもないだろう。

そ~っと襖を開けると目の前に白い塊…。
枕を抱きしめて床に座り込んだまま眠っている義勇。

コテン…と小首を傾けた状態で眠っているその姿のあまりの可愛らしさに錆兎は叫びだしそうになって慌てて口を押さえた。

しかしすぐ、
(いや、ダメだろう、俺。
見惚れている場合じゃないっ!義勇は病人だぞっ!)
…と、思い直す。

実際、日が落ちてすっかり冷え込んでいる廊下で寝巻一枚で眠り込んでいる義勇の体はすっかり冷えてしまっていた。

(風邪でもひいて体調がさらに悪化したら大変だ…)

と錆兎は慌てて自分の羽織を脱いでそれで義勇を枕ごと包み込むと、膝裏に手を入れて横抱きにして部屋へ連れ帰る。

そこでようやく異変に気づいたのか、義勇がうっすら目を開けた。

「…さび…と?」

まだ半分寝ぼけているのか、ぼんやりとして、ぽやぁっとした舌足らずな口調でそう言う様子は、本当に出会った頃の少年期に戻ってしまったかのように幼げで愛らしい。

「体調悪くて心細くなったか。
ごめんな。やはりこちらに呼んでやった方が良かったな…。
でもそれなら自分で部屋に入ってこい。
こんなに冷え切って、風邪をひいたらどうするんだ」

と、そう言いつつ、ほんの子どもの頃のように冷え切った頬に熱を分け与えるように自分の頬をすり寄せると、まだ寝ぼけているのか義勇は無邪気な様子でクスクスと可愛らしく笑った。
そのほわほわした笑顔に胸の奥底から熱いものが溢れてくる。

ああ、そう言えば初めて義勇が狭霧山に来た時…怯えて傷ついて、言葉と言えば、鬼が…本当に鬼はいるんだ…と繰り返すばかりだった義勇の手をぎゅっと握ってやって、

──知ってる。鬼は本当にいるけど、お前のことは先生と俺が守ってやるから大丈夫

と、言ってやったら、ホッとしたのか号泣して、そうしてしばらく泣いて落ち着いたかと思えば、

──ありがとう。錆兎に出会えて嬉しい…

と、こんな風にまるで花がほころぶような笑みを浮かべたものだ。


当時…そう、連れてこられた時の義勇は何故か姉の着物をまとっていたので、錆兎は義勇を少女だと思っていて、その、自分で言った守ってやるという言葉に気分がすごく高揚したのは、少しばかり苦い思い出である。

実家に居た時も修業中も同い年の女の子など身近にいたことがなかったし、その、初めて身近で接した同い年の女子が、絶世の美少女で錆兎だけが頼りとばかりに寄り添ってくるのだ。
恋に落ちないほうがおかしい。

まあ…その初恋も、義勇が慣れていないので一緒に風呂に入ってやれと言われて思いきり動揺しながら入った風呂で、同性だと知らされて散るのだが…

それでもその最初の印象が強すぎるのだろうか…。
気を抜くとまるで好いた少女に対するように接してしまうので、最初の頃はそうならないように随分と気を使ったものだ。

まあ、その後、義勇はあまり男らしさとかに対するこだわりが強い方ではないらしく、気にした様子もなかったので、徐々に男だとか女だとかではなく、義勇だから…で、他よりもだいぶん甘い態度になっていきはしたのだが…。

もちろん錆兎だって、安全な所で自分を待っていて欲しい、自分が安心して戻る場所を作っていて欲しいなんて、同い年の男に言う事ではないということはわかっているから、そこまでは言っていなかったし、求めてもいないつもりだったのだが、こんなに愛らしい様子で居られると、うっかり口に出して求めてしまいそうだ。

だって記憶を失っている義勇は今、どこか心細げな様子で自分の腕の中に抱え込まれているのである。
守ってやりたいと思わないほうがおかしい。

──大丈夫、お前は何も心配することはない。安心しろ。お前の責任は全て俺が持つ。
そう言って震える背をさすってやると、錆兎の胸元をすがるように掴んでいる手にぎゅっと力がこもった。

大丈夫…大丈夫だ、お前は俺が守るから…
何度も何度もそう繰り返すうち、義勇は安心したように小さな寝息をたてて眠ってしまったようだ。

可愛い…愛おしい…

男として生まれたならば大切なものは己の手で守りきれ。
そう幼い頃から言われて育った錆兎が、そんな様子の大切な幼馴染に惹かれないでいられるわけがなかった。




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