義勇さんが頭を打ちました_07

錆兎が罪悪感に悩みつつも幸せを噛み締めている頃、義勇もまた悩んでいた。

事の起こりは久々に錆兎に連れられて柱にしては軽めの任務に同行したあとのことである。
義勇は報告の練習に…と、1人で任務終了の報告手続きに行き、錆兎はちょうどその時刻に本部に居る柱の1人に話すことがあるとのことで、それぞれ用事が終わったら控室で待ち合わせをすることになっていた。

報告自体は事務方の女性陣が慣れていない義勇に気遣ってくれて、必要な事をまるで子どもに言うように優しく聞いてくれて、すぐ終わる。

まあ、これも不思議と言えば不思議なのだが、事務方も隠の面々も、何故か義勇に対して幼い子どもに対するような物言いをする。
優しいのは良いのだが、義勇ももう10代半ばをすぎ、今度の誕生日が来れば18になる。
子どもじゃない。

確かに周りは年上なのかもしれないが、錆兎は柱だからとにかくとして、同期の村田にだってそんな話し方はしていないように思う。

義勇は確かに錆兎の継子という立場ではあるが、それは錆兎が義勇を一人で任務に出すのが心配だから義勇が任務に就く時は自分が一緒に行けるように、義勇の受ける任務を錆兎自身が選べる継子という立場を取ったに過ぎず、別に鱗滝先生と自分達のように年の差があるわけではない。
そう、何度も言うが、自分達は同い年なのだ。

解せぬ…
と、それこそ下手をすれば頭の一つでも撫でてきそうな周りの態度に思うわけだが、まあ優しくされるのは嫌いではないというか、優しい姉に慈しまれて育った末っ子なので、それも良しとしている。

ともあれ、そんな風にいつものように

──義勇君、1人で報告に来たの?偉いわねぇ
などと、事務方のお姉さま方にニコニコ褒められて、あまつさえご褒美に…と、飴玉までもらって報告を済ませると、義勇はそれを握り締めて控室に行って、大人しくソファに座って待っていた。

そして、今日も錆兎はかっこ良かったな…と、今日の任務での錆兎の見事な刀さばきを思い起こす。

元々錆兎は一般の子どもとは大きく違っていた。
なにしろ本当なら鬼に見つからないよう逃げ回って生き残ればいい、それでもだいたい生存率が5分の1でも多いくらいの難関、鬼殺隊の最終選別で試験会場の藤襲山の鬼をほとんど一人で倒して隊士になった人間である。

そう、隊士になるための試験で、すでにそんじょそこらの中堅の隊士よりも遥かに強かったのだ。
だから正式に隊士になって半年ほどで下弦の鬼に出くわしても、普通の鬼と変わらずに当たり前に倒して、即、水柱となったのは、義勇的には驚くに値しないことだと思う。

今回の任務だって、本当に力強く美しい水の呼吸の技を繰り広げて、あっという間に鬼を倒していた。

ざざん!!とまるで真夏の海の波しぶきのような水面切りの力強さは鱗滝先生のそれに勝るとも劣らない。
並みの鬼なら剣圧だけで夜空にさらさらと消えてしまいそうだ。

本当に錆兎はかっこ良くて、そんな錆兎のそばに居られる自分は幸せ者だと義勇は思っている。

稀に、同い年で同時期に同じ師匠に学んだのにその兄弟弟子だった男の継子なんて悔しくないのかと聞いてくる愚か者がいるが、義勇に言わせればこんな完璧な錆兎と誰かを比べるなんて笑止千万だ。

空高く輝く太陽のような人になりたいと思う人間はいるかもしれないが、太陽と自分が同等の価値を持たないことを悔しいと思う人間なんかいない。

というか、義勇は錆兎のようになりたいと思ったことはない。
烏滸がましいというのもあるが、錆兎と同じような者になるよりは、錆兎のそばにいて錆兎の支えになれるような人間になりたいと思っている。

ずっと一緒に居たい。
キラキラとまばゆいその笑顔を向けられたい。

正直、そんなことを言ったら錆兎に怒られて嫌われそうだから口には出さないが、本当は刀を握りたくもない。
争いごとは好きじゃない。

それでも義勇が鬼殺隊の隊士でいるのは、錆兎の継子でいるというのが唯一、義勇が錆兎のそばにいられる手段だからだ。

もし義勇が女性で錆兎が嫁にもらってやってもいいと言ってくれたなら、次の瞬間にでも刀なんて投げ捨てている。

そんな心の内を知られたなら錆兎に軽蔑されそうだから、絶対に絶対に言えないのだが……

とにかく、そんな風に本心を隠しながら、義勇は錆兎の継子として錆兎のそばに居られる日々を満喫していた。



そんな日々がずっと続く…そう思っていた矢先の出来事である。
待てども待てども錆兎が来ない。

話が長引いているのだろうか…と、様子を見に行くことにした義勇は、錆兎が廊下で実に愛らしい女性とおしゃべりをしているのに出くわした。


錆兎はたいそう良い男だったから、これまでも女性に言い寄られることが多かったのは義勇も知っている。
だが、そんな時いつも、錆兎はあのキリリと太く男らしい宍色の眉を困ったように八の字にして、申し訳ないが気持ちには応えられないと謝罪していた。

だから義勇は想像もしていなかったのだ。
錆兎にいつか大切な女性が出来て、今義勇の居る場所を当たり前に奪って行ってしまうということを。

でも今目の前で話している女性とは、なんだか特別親し気な感じがする。
すごく気を許した人間にしか見せないような表情で、普段はかなり女性とは一定の距離を取る錆兎が、彼女とはすごく近い距離で、あまつさえ頭に触れたりすらしていた。

そして義勇に気づくと、笑顔で彼女を紹介するとまで言い出すのである。

これはダメだ!…と、義勇の中で警戒音がなった。
交際中の女性を紹介したい。
そして彼女と所帯を持つから彼女も一緒に暮らすから…と、そういうことかもしれない。

自分と錆兎は単なる師範と継子ではなく、幼い頃から一緒に居る兄弟弟子でもあるし、水柱邸は広いので結婚するから即出て行けとはならないだろうが、錆兎の視線は彼女に常に向いていて、義勇に向けられることは減ってしまうだろう。

錆兎の唯一が義勇から彼女に移行してしまう。
それはこれまでそういう事がなかったからと言って、この先もないとは言えない、ある意味当たり前にそう言う日がくる覚悟をすべきだったものなのに、今更戸惑い、悲しむ自分がいた。

聞きたくない…と、義勇はその場から逃げたが、聞かないで逃げたからと言って現実は変わらない。
錆兎は自分の錆兎ではなくなるのだ…。

ズキン…とひどく胸が痛んで、涙が溢れ出る。
駆け込んだ控室の戸を閉めてそれに持たれかかって動悸の止まらない心臓を震える手で押えていると、いきなり開いたドアに体制を崩して、後頭部にガン!!と強い衝撃があった。

そして…そこで義勇の記憶は一旦途切れたのである。



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