義勇さんが頭を打ちました_06

「さびと、おかえりなさいっ」
任務から帰ってくると、割烹着姿の義勇が笑顔で出迎えてくれる。

「ただいま~。寝てても良かったんだぞ」
と言いつつも、義勇がしてくれるのに甘えて羽織を脱がせてもらって、それをそのまま預けると、

「錆兎が外で一生懸命任務に勤しんでるのに俺が寝てるなんてできないよ。
それにね、疲れて戻ってきた錆兎をちゃんと出迎えたいんだ」
などと、新婚家庭の嫁のようなことを言ってくるので、なんだか気恥ずかしくなってしまう。

続けて
「ご飯も風呂も少し温めなおせば良いだけになってるけど、どうする?」
などと、居間のちゃぶ台の前にどっかりと腰を下ろした錆兎にお茶を淹れてくれながら言う義勇。

もう本当に、嫁か?お前は俺の嫁なのか?
と、んんっと赤くなった顔を片手で隠しながら錆兎は絶句した。

「…さびと?」
と、コテンと小首をかしげる様子も愛らしい。

俺を殺りに来てるのかっ?!
萌え死にさせる気かっ?!
強い、強すぎるっ!鬼より強いぞ?義勇っ!!

その愛らしさに悶えながらも、このままではまずい、と、
「…風呂…風呂に入る…」
と、錆兎は1人になれる風呂に戦略的撤退をすることにした。

「わかったっ!追い炊きしてくるっ!」
と、ぱたぱたと駆け出していくその後ろ姿を見送って、錆兎ははぁあ~っと大きくため息をつく。


なんだか幸せだ。
義勇は記憶喪失なんて大変なことになっているのに、幸せを感じている自分はとんでもない人間だと思うものの、もうどうしようもない。
義勇が可愛い、愛おしい。

これで女ならば祝言をあげてしまって子どもの1人でも作ればそれを理由に完全に戦いの世界から遠ざけられるのだが…などとバカバカしいことを考えても見るが、実際そうでないのだから、なんとかこの状態を維持する方法をみつけたい。

…風呂の中でそんなことを考えていると、浴室の戸がガララと開いた。

え?…と思っていると、目に飛び込んできたのは白い手足。
着物の袖をたすき掛けして、裾もまくって帯の中に入れている。

「…どっ…どうした、義勇?」
と、声が思わずうわずってしまったのは許して欲しい。
悲鳴をあげなかっただけでも褒めて欲しいくらいだ。

なんというか…もういっそのこと裸なら狭霧山の修業時代は一緒に風呂に入っていた仲なので見慣れてはいるが、なまじ白く細い手足だけが露出している状態と言うのは、10代も後半に入っても今だ綺麗で愛らしい顔立ちをしている義勇だけに、どこか艶めかしいというか、見てはいけないものを見せられている気分になってくる。

そんな錆兎の内心の焦りに気づくことなく、義勇は
「うん…背中を流そうかなと思って…」
などと、さらに対応に困ってしまうような事を言いだした。

「いやっ!体はもう洗ったからっ!!」
と、錆兎が焦って答えると、

「そっか…俺はいつも対応が遅いな。
錆兎の役に立ちたいのに…」
と、しょぼんと肩を落とされてしまって、それはそれで焦ってしまう。

あまりに落ち込んでいるので、結局、身体を先に洗って湯に入って温まっていたが、髪はまだだからと言って、髪を洗ってもらうということで落ち着いた。

この上なく嬉しそうな笑みを浮かべてぎこちない手つきで錆兎の髪を洗う義勇は可愛い。
というか…出会った瞬間から今までずっと、義勇が可愛くなかった瞬間はないと錆兎は断言できる。

宇髄に言わせると血迷っているという事だが、錆兎の脳内ではそれは歴然とした事実だ。

最近、任務で上弦の参に出くわした煉獄が鬼となって一緒に永遠を生きようなどと勧誘されたということなので、こんなに可愛い義勇がそんな鬼に出会ってしまったら、確実に連れて行かれる…と、錆兎は真剣に思っていた。
鬼の方は別に可愛いからと勧誘したわけではないのだが…

まあ、色々な意味で危ないから、もう外には出したくない。
せいぜい昼間の街中の買い物くらいにしておいて欲しい。

今の記憶のない義勇なら、継子は師範の許可なく真剣を持つことも鬼狩りに出ることも禁止だと言えば、なんの疑いもなくきいてくれる。

その点以外は錆兎も別に記憶があった頃の義勇に対するのと態度を変えることもないし、義勇の方も相変わらずぽやぽやとしていて、錆兎が昔から知っている義勇のままだ。

もう良いじゃないか。
このままで十分平和で幸せだ。

そう、錆兎はずっとこんな風に義勇と暮らしたかったのだ。
だから、もう記憶が戻ったら戻った時のことということで、それまではこのまま押し切ってしまおう。

よしんば戻らなければそれはそれで運が良かったということで…。
…というか、なるべく思い出させるようなことはしない方向で…

心に一抹の罪悪感を持ちながらも、錆兎はこのままの生活を堪能することにした。

義勇に危険がない…それだけじゃなく、義勇はずっと錆兎と一緒にいたこともあって、記憶を失くしていても体が覚えているのだろう。
錆兎が心地よい熱さの湯の風呂を沸かし、飲みたい時に飲みたい物を、食べたい時に美味い飯を…そして疲れた時にはお日様の下で干しておいたふかふかの布団を敷いてくれる。

日常が快適過ぎて、なんだか義勇を騙して自分だけ楽をしている気がして、これまでにもまして家事を受け持とうとするのだが、そうすると義勇に
「錆兎のためにご飯を作ってお湯を張って…繕い物や洗濯をするのがすごく楽しいんだ」
と、なんだか嬉しそうに言われて流されて享受してしまった。

幸せだが、ちくちくと胸が痛まないでもない…錆兎はそれからそんな日常を送ることになったのである。


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