──ウサ、流されんなよ?
と言う宇髄の書いた文字を見た途端、それが何を指しているのかを即察して、錆兎はわずかに視線を教室のドアの方へと走らせる。
もちろん宇随もそれに気づいてさらに
──…たぶん、女子科の玄関の方へマコモちゃんに直談判に行ってんじゃね?
と、ノートに言葉をつづった。
──あ~、あいつは無駄に行動力あるからなぁ…
──マコモのとこまで行けば、さっきのが嘘だとわかるんじゃないか?
──たぶんマコモちゃんも同じこと言うと思うけどな、今事情をメールしといた。
──…いれたらヤバい何かがあるのか?
──公式ギルドになってからキリがねえから新規を入れてねえってのもあるが…
──……
──搦め手で入ろうとする輩も出てこないとは限らねえしな…
──あの女子はそういう輩なのか?
──確証はないしわかんねえけど、そういう輩だったら厄介だろう?
──君子危うきに近寄らず…ということか。
──そういうこと。もしそういう奴だったらそれだけ悪知恵働く奴ってことだから身の内に入れちまうとヤバい。
──実弥は良い奴だからなぁ…善意で動く奴をそういう揉め事に巻き込みたくないしな。
──……
なんだ?
──このやりとりでそういう発想が出てくんのが、お前の方が馬鹿みたいに人がいいわ、ウサ。
──いや、実弥は良い奴だろう?純粋に転入生をこの環境に馴染ませてやりたいと思っているんだろうし。
──不死川が善意なのは同意だけどな?普通は面倒ごとをこれ以上持ってくんなで終わるぜ?
──…俺は義勇に害が及ぶかもしれない危険性がなくて、義勇に出会う前の1人の頃だったら、もしそれで多少俺が面倒なことになっても最初から不死川の善意をシャットするよりは良いと思っていたと思うが…
机に頬杖を付きながらサラサラとシャーペンを走らせる錆兎に、宇髄ははあぁぁ~とため息をこぼした。
不死川もだが、錆兎のお人よしっぷりも大概だ。
義勇も錆兎に関すること以外は危機感0女だし、なんなら伊黒が付いているからなんとでもなっているが甘露寺も同様だ。
なまじ顔が良かったり能力が高かったりする集団なので、自分やしのぶ、真菰などがしっかり危機管理をしなければ、色々利用されて終わるんじゃないだろうか…と、宇髄は思う。
とりあえずそういう役目を考えれば、本当に裏がなかったとしても不死川が連れてきた女子高生早川は極力みなに近づけたくはない。
守らなければならない相手は少ない方が良い。
本当は伊藤亜紀や拝島空太をそこに含めなければならないのも宇髄的には面倒だったくらいだ。
ただ、彼らに関しては宇髄が口出しをする前にもう、錆兎が面倒をみると決めてしまったので、宇髄も受け入れただけだ。
もちろん受け入れたからには彼らのことも他と変わりなく危険を遠ざける努力はするつもりではあるが…。
正直これ以上はしんどいので勘弁してほしい。
う~ん…と考え込む錆兎。
それに宇髄は
──相手にしたって今の俺らと近づくと変に攻撃受ける可能性あるからな。環境に慣れるだけなら不死川だけで十分だろ。
と、相手にとっても不利益があると思うと告げると
──あ~…それはそうだな。
と、この稀代のお人よしも納得してくれたらしい。
それにとりあえずホッとした。
しかしそれはまだほんの始まりにすぎなかったようだ。
それから少しばかりたった頃、おそらく真菰に拒否されたのだろう。
転入生早川を連れた不死川が難しい顔で教室に戻って来て、今度はしのぶと亜紀に囲まれた義勇の方に向かうのを見て、宇髄がガタっと立ち上がった。
「…よォ、冨岡…」
と、声をかけかける不死川だが、そこは受けた仕事はきちんとやる主義のしのぶが
「おはようございます、不死川さんと…えっと転入生の…」
と、その間に割って入る。
「…早川。早川美弥だ」
と、本人の代わりに答える不死川に、そうですかと頷くと、しのぶは彼女の方に
「おはようございます、早川さん。
私は胡蝶しのぶ。
不死川さんとお知り合いのようなので、たいていは彼に教えて頂けるでしょうけど、私、このクラスの学級委員なので、女子のことで何かわからないことがあったら遠慮なく声をかけて下さいね」
と、にこやかに話しかけた。
その間に亜紀がささっと義勇を錆兎の方へと移動させている。
それに気づいた不死川が
「胡蝶、お前…」
と文句を言いかけたが、それを遮るように早川が
「胡蝶さん…」
と、決して強い口調ではなく、むしろ悲し気な声音で言った。
「…私…迷惑なんでしょうか…?…なにか嫌われるようなことをしてしまいましたか…?」
と、もうどこか泣きそうな…哀れを誘うような表情をするので、それこそ錆兎などなら動揺して謝罪してしまいそうな勢いだが、しのぶは微塵も動揺することなく笑顔で
「いえ、大丈夫ですよ。
迷惑なのはあなたの方じゃなくて彼らの方なので」
と、どきっぱりと言い切る。
「「え…??」」
と、早川の言葉でキレそうな表情をしていた不死川も早川自身も、その言葉にポカンと呆けた。
そこでしのぶは畳みかける。
「実はですね、早川さんもニュースでご覧になったかもしれませんが、先日、我が校に暴漢が押し入りまして。
それがどうやら誰かに逆恨みをされた伊藤さんと冨岡さんを狙ったものだったらしいんですね。
その逆恨みをして犯人にデマを流した人物の特定が出来ていないので、あまり彼らのそばにいると安全とは言えないんです。
男性陣はそれなりに武道の達人だったりして自分の身と女性陣の身くらいは守れますけど、そばにいる人間が増えるということは、それだけ守らないといけない人間が増えてきついんですよ。
あとは…万が一、自分達のとばっちりで無関係な人に被害が及ぶのも心痛みますしね。
レジェロ関連は契約の関係で…ということは真菰さんあたりからご説明があったと思うんですけど、リアルのお付き合いもそういう事情で、彼らはそのあたりがはっきりするまではもう手遅れなあたり…現時点で身内と認定されているあたり以外とは極力接触をもたないようにしているんです」
とつらつらと説明をした。
そのあとに、彼女は不死川には
「…というあたりは不死川さんも当然認識していらっしゃると思ってたんですが?
何を転入生に不安を与えてやがりますかね?この方は」
と、毒を吐く。
そして転入生には
「ということで、このクラスで宇随さん、伊黒さん、村田さん、鱗滝さんの男子4名と冨岡さん、甘露寺さん、伊藤さんの女子3名の計7名の生徒会役員組以外の残り男女合わせて33名なら、どなたでも気になる方を紹介しますよ?」
と、にこやかに言い放った。
………
………
………
──巧いな……しのぶって天才か?
──ああ、まじ巧いわ。
感心する錆兎に同意する宇髄。
確かに嘘はついていないし事実でもあるので、誰も何も言えない。
ぐうの音も出ない。
不死川としては現在交流のあるあたりを紹介したかったというのと、あとはそれを断られて少し意地になってしまっているというのがあるのだろう。
だが、そもそもが宇髄以外とは交流を持ち始めたのは2学期に入ってからで、まだ4,5ヶ月ほど。
それまではそれまでで、他にも交流のある面々はいるのだから、絶対に錆兎達でないとということではないはずだ。
もちろん、こちらの集団にいれてやりたいと思ってくれているのは、それだけこちらが居心地がよく好ましいと思ってくれているのだろうから、有難いと言えば有難いのだが…と錆兎は思う。
だが、義勇達を守るという観点に重点を置きすぎて失念していたが、確かにしのぶの言う通り、武藤まりがどうしているのかもわからない状況なので、自分達といると転入生自身も逆に巻き込んで危険に晒す可能性が高い。
今までの事情を知らないのだから、利用もしやすいだろうし、騙しやすいだろうから、なおさらだ。
と、そんなことを話していると、しのぶの対応を見て一旦はその場にとどまった宇髄が、再度、しのぶの所に居る不死川に駈け寄っていく。
そして
「真菰ちゃんも無理って言ってたろ?」
と声をかけると、不死川が少し顔をしかめた。
「お前は当事者じゃねえからすっかり忘れてるかもしれねえけどな、契約上も危険が及ぶかもしれない人間を抱えてるギルドの頭としても、真菰ちゃんは責任あるからな。
企業関係ないただの有名人で、希望者入れてたらキリがねえってだけの理由なら、確かに1人くらいこっそり新規入れても良いのかもしれねえけど、そういうんじゃねえ。
ギルドとして明確な契約違反になるし、安全面でも自分のギルドメンに対してはもちろん、近づいた相手に関しても危険が及ぶ可能性があるとなりゃあ、今は特に新規は入れられねえ。
時期的に最悪な時期だからな?
それはわかるよな?
あとは…真菰ちゃんはギルドの頭としての義務感、俺は今の状況で人増やして面倒ごとを増やしたくねえっつ~理由なんだけどな、ウサはもっと感情的な理由で、一線置きてえって思ってるらしいぜ?」
「感情的な理由だァ?」
「おう、忘れんなよ?
あいつは幼稚舎時代に嫌がらせされても相手を責めるどころか、そんなに不快にさせんのが申し訳ないからって移籍したくらいには、上に馬鹿がつくお人よしだからな?
お前が転入生を入れてやりたいと思うくらいに自分達と居るのが好ましいと思ってくれてるのはすげえ嬉しいが、自分達と居れば、転入生だということで今までの諸々を知らないだけに騙されたり利用されたりのターゲットになりやすくなるだろうから、そんな危険には晒せねえってよ。
お前を自分が拒否したように思われるのはすげえ辛いけど、それでせっかくうちの学校で新たに楽しい学園生活を送れる転入生が、危険に巻き込まれて嫌な目にあったり、最悪怪我させられたりするよりはって思ってんぞ。
まあ…だから俺以外は飽くまでその子に対しての善意だから、腹たててやんなよ?」
そう言われれば、不死川もこれまでの諸々を考えれば、そういうことなのだろうと感情的にも納得する。
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