ツインズ!錆義_18_錆兎視点-お姫さんの救出

付き合い始めて日課となった21時半の確認コール。
もちろん無事変わりないとわかったから即るとかではなく、そこから約1時間ほどはマイク&オンフック状態でアオイの可愛いおしゃべりを聞きながらお仕事タイムである。

そうして10時半になったら名残惜しくても、アオイにきちんと十分な睡眠を取るようにと促して切って、そこからはつい先ほどまで聞いていた彼女の可愛らしい声を思い出しながらまた仕事。

すでに錆兎の日常の一部になっていたその習慣。
それは思わぬ結果を導き出す事になった。


920分。
アラームが鳴ると錆兎はコーヒーを淹れてPCの前に陣取る。
マイクをつけて連絡先からここのところ毎日かけている番号をタップする。

毎日のことなので彼女の方も出る準備をしていてくれているのだろう。
だいたいコール音2回で繋がる………

(………??)

…はずなのだが、出ない。


(…アオイ??!!!)

滅多にない事に、錆兎が即動けるようにPCの電源をスリープにして腰を浮かせかけたところでコール音がやんで電話がつながった。

「良かった。珍しくなかなかつながらないから何かあったのかと思ったぞ」

安堵の息を吐き出し、そう言いかけて次の瞬間、錆兎は無言のままのアオイの携帯の背後の音に違和感を覚えた。

若干強い風の音…
そしてなによりアオイが嗚咽を堪えている声…

一気に血の気が失せた。
それと同時に瞬時に脳が状況把握に向けて動き出した。

「…アオイ…今、部屋の中じゃないよな?外にいるのか?」
と出来る限り感情を抑えて聞いてみるが、返事がない。

それに益々不安が募った。
もう迎えに行く事は錆兎の脳内では決定事項となって、錆兎は完全に立ち上がると上着を羽織って財布をジーンズのポケットに突っ込む。

「…こんな時間に危険だし、迎えに行くから。
今どこだ?」
と言うが、恋人様はシャクリをあげながら
「…いら…ない……来な…で…いい…」
とだけ言って、電話を切ってしまった。

当然電話はかけ直したが、今度は出てもらえない。
そこで脳内ではもう警告音が響き渡っている。

何があったんだ?!
嫌な想像がグルグル回った。

とにかくこの時間だ。
人見知りで怖がりなアオイが1人で遠出するとは思えない。
幸いにして場所は把握している天元の家から学校までの道のりを探せばみつかるかもしれない。

そう思って、錆兎はまず天元の家の近所まで行ってみる事にする。



そうして足早に部屋を出て玄関に向かう途中でちょうどリビングから出て来た炭治郎と会った。

「錆兎、出かけるのか?今日中には戻る?」
と、従兄弟のただならぬ様子に、それでも必要最低限の質問だけに済ませてくれる聡明な弟分に心の中で感謝しつつ、二つ目の質問に対しては自分でもよくわからないので、

「あ~、出来る限り早く戻りたいんだが、時間はちょっとわからない。
でも客連れてくるのは確かだから、寒いし風呂に湯を張っておいてくれ。
あと、本当に悪いんだが、真菰に電話して着替え一式用意してくれるよう頼んでくれ。
下着とかもコンビニで売っているだろう?
あとで金は倍にして払うからって」
と、正直に言いつつ、いくつか頼んでおく。

客人と風呂と言う事についてはとにかくとして、真菰にうんぬんと言うあたりで、炭治郎は少し顔を赤くしたが、すぐ察したように
「なるほど、客人は最近会っていた彼女なんだな」
と、頷いた。

「ああ。ただ、今はちょっと色々あるみたいだから、紹介は今度になると思うけどな。
だからさっき言った事だけ頼む」
と、時間が惜しいので炭治郎を置いて、錆兎は家を飛び出した。



駅まではダッシュ。
ちょうどきた電車に飛び乗って、錆兎はアオイの居場所について考えた。

あれだけ風の音が聞こえると言う事は室内ではないと思う。
逆に電車の音、アナウンスなどが聞こえないと言う事は駅ではない。

人の気配も感じなかったので人ごみではなく、誰もいない静かな外で、地味に体力のないアオイは座れる場所に居る気がする。

とすると…一番考えられるのは…

──公園…か?──

そう思いついた瞬間に、即天元の家の近辺の公園を検索する。
住宅地だから大小含めれば少なくはないそれ。

──思い出せ…考えろ…

しらみつぶしに探す気は満々だが、見つけるのが遅ければ遅いほど、この時間帯なので年頃の女の子が1人でいるのは危険だし、それがなくとも寒さに弱いアオイが風邪をひいたり喘息の発作を起こしたりしたら大変だ。

……聞こえたのは風の音だけ…

とすると、車の通りが多い大きな道路に面していたりはしない。

大きな公園も近くにはあるが、17時には門が閉まる。
それを乗り越えて入るほど行動的なタイプではないので、とりあえず小さな公園の可能性が高い。

近所に大手の塾などがあればこの時間に女子高生が1人で公園で泣いていたら塾帰りの生徒に見咎められて通報が入る可能性もあるので、塾から駅までの通路になっていない場所…。

…とりあえずここから行くかっ!

錆兎は天元の自宅から徒歩10分くらいの距離にある小さな公園に目星をつけて、天元の自宅の最寄り駅で降りると即、マップを見ながらその公園に急いだ。



静かな住宅街。
走っていると吸い込む空気が冷たくて痛いほどだ。

こんな中で自分の大切な恋人が1人で泣いているかと思うと、心が痛むどころではない。

早く…少しでも早く見つけてやらなければ…

そう思って白い息を吐き出しながら錆兎は走った。

脳内では目的の公園に居なかった時に他の公園を順番に回るコースを組立てながらも、出来れば今向かっている公園に居てくれる事を祈る。

別に自分が走るのは構わないのだ。
毎朝ジョギングをしているし、体力には自信がある。

でもアオイが1人で心細く悲しい思いをしている時間は少しでも少なくしたい。

そんな事を考えながら辿りついた先…そこはおそらく午前中に親が幼児を連れて公園遊びをさせにくるような小さな公園。

小さな象の滑り台と砂場、そしてブランコしかない。
そのブランコに座って1人泣いている探し人を目にして、錆兎はハァ~っと安堵の息を吐きだした。

「お姫さん、お待たせ。
おとぎの国から王子様がお迎えに来たぞ」

驚かせないようになるべくゆっくり穏やかな口調で…それでもかなりびっくりさせたらしい。

錆兎のお姫さんは泣くのも一瞬忘れてびっくりした様子で、大きな丸い目をまんまるく見開いて錆兎を見あげた。

「…どう…して…」

呆然と呟く小さな唇に視線を向けた錆兎は、その端が切れて血がにじんでいるのに気づくと少し眉を寄せ、ブランコに座るアオイの前に膝をついて、ポケットからハンカチを出して拭いてやる。

色々事情を聞きたい。
でもまずは彼女の心のフォローが先だ。

「ん~、俺はおとぎの国の王子様だからな。
他人には見えないものが見えるんだよ。
今回はほら、俺の小指とお姫さんの小指を繋いでる赤い糸をたどってな?」

と、小指を立ててやると、錆兎のお姫さんは本当に可愛らしい事にそれがデタラメと思えなかったらしく、半信半疑といった様子で自分と錆兎の小指に視線を走らせる。

(ここ…真菰とかだったら『あんた頭大丈夫?』とか返ってくるとこだよな。
やっぱり俺のお姫さん、可愛い。最高可愛いな)

などと思いながら、錆兎が

「ということでな、お姫さんはなんにも心配しなくていいんだぞ?
今日はおとぎの国の城にお姫さんをご招待だ!」

と、錆兎が促して立たせると、アオイは黙ってそれに従った。


「これな、つけてな?お姫さんは冷たい風を吸い込まない方がいいからな」

と、マスクをさせて、上着も着ていないアオイに自分の上着をはおらせて大通りまで出ると、
「かぼちゃの馬車は休業中だから、今日は悪いけど車な?」
と、普段は使う事のないタクシーを拾って自宅まで行ってくれるよう伝える。

そうして辿りつく自宅前。

それまでほぼ無言だったお姫様はそこで初めて

──本当に…お城みたいだ…

と言って目をまんまるくした。



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