スケジュールもたててあるし、行く予定の場所や店の連絡先もOK!
抜けはないな」
冬のまっさかり。
このところ出会った頃よりもさらに寒さが厳しくなっているので、喘息持ちのアオイに極力冷たい空気を吸わせないようにしなければ…
移動もなるべく暖かい状況で。
どうしても寒い所に出る時は、直接冷たい空気を吸わないで良いようにマスクも持って行く。
アオイと付き合うにあたって、錆兎は色々考えるようになった。
親…特に父親はアオイが丈夫でない事を快く思わず、どうやら彼女は兄以外の家族との折り合いがよろしくないらしい。
おそらくそのため、彼女は体調が悪くても滅多にそれを主張せず、むしろ隠そうとする。
だから出来れば彼女が安心して暮らせるように、早く生活基盤を築いて結婚したい。
実は錆兎自身も家庭環境はなかなか複雑だ。
叔母夫婦と錆兎の一家での旅行中に起きた交通事故で、錆兎と錆兎より2歳年下の従兄弟以外、即死。
当時6歳の錆兎と4歳の従兄弟の炭治郎を引き取ってくれたのは、錆兎の母と炭治郎の母の兄弟の一番末の叔父、産屋敷耀哉だった。
姉弟仲は非常によろしくて、それぞれの配偶者との関係も良好だった。
だから両親が存命の頃からよく錆兎の家に集まっていたし、甥っこ達も可愛がってくれていた。
錆兎や炭治郎の両親もよく何かあると子ども達を鱗滝に預けたりしていてまるでもう一人の父親のようだった。
そんな彼が姉夫婦達が亡くなったあと、可愛がっていた甥っこ達をひきとってくれたのは、まあ自然な流れだった。
だが叔父も当時はまだ24歳。
自宅を始めとして親の資産があったとはいえ、いきなり2人の子どもを1人で育てるには若くて大変な年齢である。
世間では多くが、学生時代とは違って自分で稼ぐようになって金銭が自由に出来るようになった社会人としての第二の青春を謳歌している年齢なのに、耀哉にはそんな時間はなかった。
仕事が終わればまっすぐスーパーによって食材を買って帰り、甥っこ達にきちんとバランスの良い食事を作って食べさせる。
それだけで最低限の義務は果たしていると思うのだが、彼はその上に、時には話を聞いてやり、時には勉強をみてやり、時には料理や楽器その他色々なことを教えてやる。
下手な親よりも真摯に子育てに向き合う叔父。
錆兎は両親が元々不在がちだったのもあって敏い子で、そんな叔父の献身に感謝はしたものの申し訳なくも思っていた。
だから日常の家事その他は自分で出来るから、少しは叔父の時間を叔父の好きに使って欲しいと申し出たりもしたのだが、その都度叔父は少し困ったように『私は可愛い甥っことすごすのが一番楽しいのだから、そんなこと気にしないでいいよ』と眉尻をさげた。
物腰はやんわりとしているものの、どうも自分を曲げない頑固者なところのある叔父に、錆兎はいい加減諦めつつも、やっぱり叔父が結婚どころか彼女の1人も作らないのは自分達のせいではないだろうか…という気持ちをどこかに残したまま、中学生に…。
中高一貫の進学校に受かった錆兎が届いた真新しい制服に初めて袖を通した時、それを見て、うんうんと嬉しそうに頷いた叔父は、
「そろそろ錆兎も大人と子どもの間くらいにはなったんだろうな。
お前は聡い子だ。炭治郎が塾から帰る前に話しておいてやった方がいいのかもしれないね」
と、炭治郎には内緒だよ、と、手招きをした。
そうして2人でソファでコーヒーを飲みながらの衝撃の告白。
「君は自分達を引き取ったせいで私が彼女も結婚も出来ないと負い目に感じているみたいだけどね、実は逆なんだ」
との切りだしに、さすがの錆兎も意味がわからず首をかしげる。
いつでもまっすぐ話している相手の目を見て会話をする甥の視線を、普段なら柔らかく受け止める叔父は、この時は珍しく少し気まずそうに視線をコーヒーに落として曖昧に笑って続けた。
「私はね、昔から少し苦手なんだ」
「…苦手?」
「そう、男性は平気なんだけど、女性は苦手でね。
勧められるまま女性と付き合いもしたんだけど、どうも土足で踏み込まれる事が多くて馴染めないまま、なんとか距離を置き続けて今に至ってる。
だから仕事では仕方ないけど、プライベートでは極力接点を持ちたくないし、結婚は絶対にしたくない人間なんだよ」
「ええーーー??!!!」
うん、なかなか驚きのカミングアウトだった。
だって叔父はいつでも紳士で男性にも女性にも人望厚く人気者だ。
もちろん女性に対して邪険な態度を取るようなところも見た事がない。
「本当に?!」
「本当だよ。
姉達は普通に好きだし平気だったんだけどね。
たぶん…性的対象として見てくる女性が苦手なんだろうな。
だからプライベートではずっと1人で静かに暮らしていきたいと思ってたんだけど、親戚とかが結婚結婚うるさくてね…。
そんなわけで君達を引き取ったのは、君達にしてみれば普通に保護者のいる環境を得られて、私にしてみれば結婚しろしろうるさいお節介な連中に断る大義名分が出来て、互いにWin-Winな関係だったんだよ、実は。
もちろん、可愛い可愛い甥っこ達の成長を見守れるっていうメリットもあるしね。
君達のおかげで私は不幸な諸々を避けられたし、幸せをたくさんもらう事ができたんだ。
だから、君が私の事で負い目を感じる事は一つもないんだよ」
と、おそらく錆兎がずっと負い目を感じ続けていた事に気づいていたのだろう。
叔父はそう言って苦笑した。
だが、それは別にそのための方便とかではなく、本当にそうらしい。
考えてみれば叔父は仕事の関係の部下や同僚の話もしばしばしてくれたが、感情的な部分でのやりとりに男性の知人達の話が出て来た事はあっても、女性の知人が出て来た事はなかった気がする。
だれそれは楽しい奴で…とか、気が利いて、とか、こんなに親切で…と、名前があがっていたのは、思い返してみれば全員男性だ。
「もしかして叔父さんは同性が好きな人間なのか?」
単純に恋愛的なものに興味がないのか、それともその対象としては女性じゃなく男性が良いのか。
それは別に単なる素朴な疑問に過ぎなかったのだが、叔父は別の意味にとったらしく、一瞬答えるのを躊躇した。
「あ~…あのな、もし恋愛に興味ないのだったら良いんだけど、恋人が男だからとかそういう理由だったら、俺達に気にせず連れてきても良いし、籍入れても良いから。
まあ、相手が男でも女でも、俺達の叔父さんが惚れ込んだ人なら惚れ込むだけの事がある相手なんだろうし?
炭治郎が成人するまでは法的には保護者やってて欲しいけど、俺達のために全部捨てたりとかはしないで欲しい」
と、錆兎が言うと、叔父は
「ああ、もちろん君達にはちゃんと紹介するとも。
でも…そこまでの相手もいなくてね。
私はなんというか…恋愛相手というものを必要としない人種なのかもと思うんだ。
本当に今はこうして可愛い甥っこ2人と家族で過ごす時間が一番楽しいんだよ」
と、少しホッとしたように笑みを浮かべた。
おそらく叔父は恋愛対象という意味では女性は論外だが、かといって男性の恋人が欲しいと思っているようでもなく、単純にそのあたりが淡泊なのだろう。
だが、母方の実家は古い家なので、女性に興味がないという事自体で随分と肩身の狭い思いをしてきたようだ。
錆兎は母が結婚して父方の人間と認識されているので一族からあれこれ言われる事はないが、恋愛対象として考えた時にはやっぱり保守的なか弱く優しく守ってやりたくなるような女性を思い浮かべるので、将来好きな相手が出来るとしても女性なのだろうが、だからと言って叔父を否定する気にはならないし、男でも女でも好きになった相手と一緒になれば良いと思う。
まあ…叔父が女性を恋愛対象として見られないと言うのも、わからなくはないのだが。
錆兎の周りを見たって、おとぎ話に出てくるお姫様のような、純粋で儚く愛らしい少女なんて昨今どこにも見当たらない。
仕事関係は有能で現実を見据えてはいるものの、プライベートになると意外に繊細で理想主義者の叔父がよくいる世俗的でギラギラした女と一緒にいる図など想像もつかなかった。
叔父と同じようにプライベートは世俗から離れて一緒に趣味の世界に生きたいという相手が見つかってそれが同性だったとしても、納得できる気がする。
ただ自分自身に関して言えば、まだ若い事もあって、イメージ先行というか、理想に近い性格を表す性別イコール女性という夢をまだ捨てるまではいかずに、漠然といつか普通に女性と一緒になるのだろうと思っていた。
ともかく、そんなわけで、両親が他界して叔父に引き取られ、その育ての親である叔父は女性に…というか恋愛全般に興味がない人間だった…という点において、錆兎も大概変わった家庭に育っているのである。
それでも叔父は少なくとも甥っこ達が高校生になっていい加減2人だけで留守を預かっても問題ない年になっても外泊をしたりする事もなく、自宅に誰かを連れてくる事もなかったので、男所帯ではあるが静かで穏やかな家族だった。
多数派がそうであるように、両親が揃っていると言う事は素晴らしい事かもしれない。
だが、錆兎はそんな叔父が築いてくれた叔父と甥っこというマイノリティの家庭がそれに劣るとは微塵も思っていなかったし、プライベートでは女性を必要としないという叔父が、女性と家庭を築いている多くの男性と比べてなんら劣っているとも思ってはいない。
今住んでいる大きすぎる家はもともとは祖父の資産で、叔父と錆兎の母、そして炭治郎の母の共同名義になっていたが、親が亡くなった今では叔父と錆兎、炭治郎の資産となっている。
メインの建物の左右にそれぞれ一家族くらいは悠々住める離れがあって、元々は右側を叔父が、中央を錆兎の母が、左側を炭治郎の母親が使っていたらしいが、姉二人が家を出てからは管理の問題もあるしと、叔父は真ん中のメインの建物に移り住んだらしい。
今では左右の離れは
「錆兎と炭治郎が大人になって家庭を持ったら、嫌でなければそこに住むと良い」
と叔父が月に1度ほど業者に掃除をさせて維持してくれていた。
錆兎的には叔父に恋人でも出来たらそちらに移り住もうと思っているわけなのだが、どうやら自分の方にそういう相手が出来て結婚する方が先な気がしてきている。
アオイと付き合い始めてから、錆兎は再来年には大学生になるから準備をと、右手の離れを少しずつ自分用に整え始めた。
メインの生活の場は中央でだが、多くなりすぎた趣味関係の本やら様々な資料やらは大きな本棚を置いてそちらに保管して、書斎代りに使っている
ベッドや食器はもちろん、バス、トイレ、キッチンも全て揃っているので、こちらで生活をできなくはないのだが、今の時点では家族がいるのにわざわざ1人で暮らす必要性は感じないので、メインの生活は中央でしていた。
でも、そういうわけなので、いつかアオイと暮らす事を考えると、住居を探すと言う手間は省ける。
必要なのは食費と光熱費くらいか……
そのくらいなら、大学に行きながら稼げる気がする。
今は叔父の紹介でシステム関係のバイトをしているが、ほぼ趣味関係の書籍その他と貯金に費やしているそれだけでも新入社員の初任給くらいにはなっているので、学生と仕事、それを両立するため、日勤の勤め人のように夕方から夜にかけての時間を相手に費やしてはやれないというデメリットに目をつむれば、物理的には可能である。
ただ、女の子が夢見るような豪華な式とか新婚旅行とかまでは手が回らないし、身体が強くないアオイが大病を患ったりすれば、今は口座に放り込んだままの親の遺産に手をつけることになるのも考えられる。
錆兎自身はそれ自体は構わないのだが、社会人と違って学生のバイトで暮らしていくと言う事は、なかなか不安定な生活になるのは間違いない。
それでも両親を早くに亡くしたことで、家庭と言うものを持っても数十年それが維持されるとは限らないと、そんな思いもあって、一緒にいたいと思ってしまえば一刻も早く、少しでも長く生活を共にしたいと思ってしまう。
例えば…自分もアオイも80年生きるなら、5,6年後に大学を卒業するのを待って社会人になってから結婚しても58年一緒に居られるので1割減るくらいなのだが、──まあ1割でも大きいと思えば大きいが──錆兎の両親は亡くなった時に共に29歳だった。
つまり結婚生活は7年ほど。
そんな事になればその6年間はほぼ結婚生活と同じくらいの時間になってしまうのだ。
それどころか、何かでもっと早く亡くなれば、その待った時間よりも結婚生活の方が短いなどということもありうる。
特にアオイは丈夫ではないので、普通より万が一という可能性も高いだろう。
そう思えば少しでも早く…と焦るのは当然のことだ。
そんな事を考えていると、夜9時20分。
毎日かけているアラームが鳴る。
毎晩アオイの無事の確認をするために9時半に電話をかけるためのアラームだ。
バカバカしい…そう思いながらも止められないのは、もし彼女に何かあったとしても、家族でもなく、周りにそれに準ずる関係だと認知されていない今の状態では、絶対に自分のところに連絡がこないだろうからだ。
悲しいかな、付き合っていると言っても法的には本当にアカの他人。
いきなり彼女が亡くなってしまえば、2人の思い出も関係も全て、錆兎自身の脳内にしか残らない、そんな心もとない絆なのだ。
大切な相手を亡くす…それは両親のことでコリゴリなのに、どうしてまた普通よりもそんな可能性の高い相手を選んでしまうのか…
本当に恋は理性でするものではなく、本能で落ちるもの。
まったく不可解で道理に合っていなくて合理性の欠片もないどうしようもないものだ。
なのに止められない。
止めたくない。
抱え込んでいると幸せなのだから、しかたがない。
0 件のコメント :
コメントを投稿