ヤンデレパニック―私のお兄ちゃん6_ヤンデレ台風進路変更1

あの日から2日後の月曜日。

昼休みに炭治郎から電話報告を受けたところによると、どうやら宇髄の言った通り炭治郎のクラスメートがたまたま”タンジロウ”という名前で炭治郎に似たキャラを作ってオンラインゲームをやっていたらしい。


──でもさすがに炭治郎のフルネームなんて俺は口にしてないんだけどなぁ…

と、本人は言っていたらしいが、ともあれ、あの少女アリスにはたまたま友人の名前のキャラを作って使っていただけで本人ではないと言っておくとのことで、解決するだろうということだ。

相手は可愛い女の子なわけだし、さすがに前回のオンラインゲームのように殺人に発展することはないだろうが、あの勢いで追い回されるのは確かに怖い。

追い回されているのは炭治郎の方で、善逸は巻き込まれで逃げていただけだが、本当にリアルホラーのようだった。

解決して本当に良かったと、善逸もホッと一息ついた。



そんな風に安心しきって迎えた放課後。

「我妻、なんかさ、校門の所で呼ばれてるぞ~」
クラスメートが帰り支度をしていた善逸の肩をポンと叩いた。

「俺?誰だろ」
「ん~なんだか聖星の制服着たちょっと可愛い感じの子」
言われて善逸は首をかしげる。

また聖星…最近なんだか縁があるなぁ…まあ、前回のは良い縁ではなかったけど…
誰だろうな、と、思いつつも、丁度帰るところではあったし、善逸は鞄を手に校門へと急いだ。
そして後悔することになる。


急いで校門に行くと、人だかりとまでは行かないまでも23人の男子が声をかけていた少女が1人。
彼女は善逸の姿に気づくと、男子達を完全に無視して善逸の前に立った。

ウェーブのかかった髪をバレッタでまとめ、その上から聖星の制服であるベレー帽。
お嬢さんぽい制服に身を包んだそのちょっときつい猫っぽい印象を与える少女は、善逸を見るなりいきなり

「正面から見てもたいした事ないですねぇ」
と言い放った。

ぽか~んとする善逸。
本当にぽか~んである。

初対面…のはずの人間にいきなりこれである。
善逸じゃなくても唖然とするだろう。

そんな善逸に構わず、少女はまたいきなり、さらに衝撃的な言葉を吐き出す。
「こんな冴えない…しかも男がホント身の程知らず~。
炭治郎様につきまとわないでくれます?

あ~!と善逸は気づいた。
この前の休日に炭治郎を追い回していた電波少女だ。
遠目でしか見ていなかったので気づかなかった。

でもなんでここに?
炭治郎とは学校も違うし…

と思っていると、目の前の少女はイライラしたように続ける。

「あなたねぇ、聞いてますっ?!ブサイクな上に鈍いですねっ!」

ブサイクっ?!
確かにイケメン出ないことは確かだが、初対面の相手にいきなり言われる筋合いはない。

「炭治郎様はね、アリスの彼なんですぅっ!
しつこい男につきまとわれて迷惑だって言ってるのっ!
わかる?!つきまとうのやめてください!」
両手を腰にあててそう言い放つ少女。

頭痛がしてきた…。
なんで相手が炭治郎とはいえ、自分がよりによって男と付き合わなきゃならない。

争いごとが心底苦手な善逸は、もうなんと返していいかわからず、そのまま校門を通り過ぎる。

「あ、ちょっと待ちなさいよっ!逃げるんですかっ?!」
少女は慌てて善逸を追ってきた。
善逸は黙って足を速め、さらに少女が追ってくると最終的には走り出す。

「ちょっと!逃げないで下さいっ!ちゃんと約束して下さいっ!
炭治郎様につきまとわないって!」
「つきまとってないよっ!」
「つきまとってますっ!
炭治郎様迷惑してるんだからっ!
男のくせに身の程知って下さいっ!」

まるで本当に自分の方が無理やり、しかも同性につきまとっているような言い方に、善逸は恥ずかしさとなさけなさで泣きそうになって必死に逃げるが、相手はひたすら追ってきた。

男子高生と女子高生二人が叫びながら追いかけっこをする図を道行く人達は物珍しげに振り返ってみている。
恥ずかしいどころの話ではない。
これ、もう明日からこの道を通れないんじゃないだろうか…

そうやって奇声をあげる女子高生に追われながらようやく駅についたが、女子高生はやっぱり追ってきていた。

善逸は足が早いほうなのだが、それでも振り切れない速さ。
すごい形相でおいかけてくる少女は女の子大好きな善逸ですら涙目になるくらい怖い。

これ…もしかして自宅まで付いてくる気だろうか…と、思うと自宅に帰って大丈夫なのかすらわからない。
爺さんとふたり暮らしで夜に爺さんが戻るまでは自宅に帰っても1人きりだ。
殺人事件に発展するまでは行かないだろうなんて朝は楽観的に考えていたが、この勢いだと殺されるんじゃないだろうか…くらいに思えてきてしまう。

なんで?解決したんじゃなかったのかよっ?と心底怯えながら善逸が駅に駆け込もうとした時、なんといきなり横から腕をグイっとひかれる。
そのまま大きな影の後ろに引っ張られ、少女アリスはその影を前に立ち止まった。

「いい加減にしとけよ!
わけのわからないごっこ遊びに無関係の人間を巻き込むな!」

スチャッと手にしてた単語帳を制服のブレザーのポケットにしまうとそう言う聞き覚えのある頼もしい声に、善逸はホッとして息を吐き出す。

もう本当にヒーローの背中だ。
二日前出会った時に、爆発してしまえと思うリストから外しておいて本当に良かったと善逸は半泣きで思った。

男らしく整った顔だけに怒ると迫力のあるその人物に少し引きながらも、そこはさすがに電波
「だ、誰?まさか…魔王?!」
とアリスは善逸の前に立ちはだかった錆兎を見上げた。

魔王…確かに魔王くらいの迫力はあるかもしれない。
でもどちらかと言うと勇者とか善の側のキャラだよな、と、そこで余裕がでてきた善逸は思う。

ともあれ、魔王であれ勇者であれ、錆兎が来てくれればもう大丈夫だ。
なにしろ彼は前回の殺人事件の犯人を素手で捕まえたくらいの武道の達人だ。

身長も高ければ鍛え上げられた筋肉質な体躯。
もう見るからに強そうで、そんな人物にあんな風に言われたら、善逸だったら即反転して逃げている。

だが、さすがに電波はひと味違うらしい。
「手下とつるんで炭治郎様と私を引き裂こうとしてるんですねっ!」
と叫ぶ。

そんな常軌を逸した発言に善逸は今壮絶に逃げたくなっているし、あの炭治郎ですら逃げたわけなのだが、錆兎も錆兎で常人ではなかった。

そんな電波に真正面から
「俺が魔王だとしたらな…自分の目的を達成するのにコソコソ手下を使ったりしない。
ちゃんと正々堂々自分で動く。
お前みたいに自分が好きな相手の友人にちょっかいかけるような卑怯な真似はせん!
今後善逸に手出ししたら俺は法的手段に訴えるぞ」
と、ピシっと言い放つ。


すげえ、錆兎!さすがカイザー!!
と、義勇ではないがパチパチと拍手をおくりたくなった。


そうしてそう言い放ったあと、錆兎は善逸を振り向くと、
「まあ…大変だったな」
と言ってハンカチを差し出してくれる。

至れり尽くせりすぎだ。
善逸はそれを受けとると、礼を言って少し浮かんでいた涙を拭いた。

もうなんというか…色々すごい対決だと思う。
だって、それでも電波はめげない。
飽くまで応戦する。

「な…なによっ。他の男いるんじゃないですかっ」
アリスが言うのに、錆兎は背を向けたまま
「はぁ?何を言っている。強いて言うなら俺は兄貴だ」
とこれにもそう答える。

単に男としてではなく保護者的な何かという意味だったのだが、アリスの目がキラリと光った。

「お…お兄ちゃん?」

電波には禁物な一言である。
その目の輝きに、背を向けている錆兎は当然気付かない。
ただそちらを向いている善逸には見えるので、彼は心配そうに錆兎を見上げる。


しかしそこで間があいたことで納得したと判断したのだろう。

「とりあえず…帰るぞ善逸」
と、錆兎が善逸の腕をつかんだまま改札をくぐろうとすると、アリスがその腕にしがみついた。
そして叫んだ。

「待ってっ!お兄ちゃん騙されてるっ!
お兄ちゃんの本当の妹は私なのっ!」

「はあ???」
唖然とする錆兎。

もう…電波が入り乱れている…。


「魔王に魔法かけられてそいつが弟だって思い込まされてるのよっお兄ちゃん!」

「さっきまで俺の事魔王って言ってなかったか?」
呆れ返ったようにため息まじりに言う錆兎。

だがアリスはやはりめげることなくきっぱり
「私も魔王に魔法でそう思い込まされてたのっ!今魔法が解けたわっ」
と断言。
なかなか強者である。

「ね、考えてみて?そんな奴より私の方がお兄ちゃんの妹に見えるでしょっ?」
「見えん。誰がどう見ても見えないから安心しろ。行くぞ、善逸」
錆兎はきっぱり言って歩を進める。

「お兄ちゃん、行っちゃだめっ!
魔王の手先に騙されないでっ!」
「あ~、安心しろ、手先も何も俺が魔王だ。
危ないから離れておけっ」

もう相手にしない事に決めたらしい。
錆兎はスタスタと善逸の手首を掴んで歩いて行く。

そして
「ちょっと道中痛いけど俺もつきあってやるから、少し寄り道してくぞ」
どう言ってもついてきそうなアリスに諦めて錆兎は善逸に言った。

「どこ行くの?」
「聖星。学校に置いて来よう、こいつ」
どうせついてくるならそのまま学校まで連れて行って教師に任せようということらしい。
なかなか賢明な判断だ。

「あのさ、錆兎…もしかして待っててくれたの?」
アリスは相変わらず隣でキーキー言っているが落ち着いた錆兎の態度に少し安心して聞く善逸。

それに対して錆兎はどうやら聖星への道順を調べたスマホに視線を落としたまま答えた。

「ああ。この前…宇髄から状況聞いたんだ。
炭治郎にもそのあと電話かけて、善逸と一緒に逃げたって言ってたから、万が一善逸の方に飛び火したらと思ってな。
炭治郎よりお前のほうが自分でかわせなさそうだし。
ま、ちょっと寄ってみて1時間くらいして来なかったら普通に帰ろうと思ってた」

まるでなんでもない当たり前のことのようにそう言う錆兎に、善逸は驚く。

「うん、わかった。壮絶にわかった。
たぶん…もしイケメンじゃなかったとしても、錆兎モテるわ

「はあ?」

「不覚にもちょっと優しさに感動したんだけど…。
つか、俺自分が女の子だったら、今まさに恋に落ちる音がしてるわ」

「…?」

「普通さ…心配になったとしてもそこまでやってくれないよ」

「そうか?気になるなら動いた方が良いだろ。何かあってもすぐ介入できるし」

心配するなら動いたほうが早い。
錆兎はそんな男だった。

だが善逸は特にそうだが、世の中、周りに優しくされ慣れていない人間にあふれている。

それがこれだけのイケメンで運動神経抜群で名門進学校の生徒会長まで務めるような男が当たり前に動いてくれるというのは、ものすごいことだ。

…というか、むしろ炭治郎よりも錆兎のほうが誤解されてストーカーされないのが不思議だと善逸は思った。

共学だったらこいつを巡って殺人事件のひとつくらいあってもおかしくないのではないだろうかとも…



ともあれ、そうしてそのまま2人は聖星の最寄り駅で降りる。

「お兄ちゃん、どこに行くの?」
アリスも一緒に降りて聞いた。

錆兎はそれをスルー。
女子校らしい綺麗な校舎が目に入ってきたところで、ふと善逸が気付いて言った。

「錆兎、彼女いなくなってるよ」
その声に振り返ると、確かにアリスが消えている。

「…やっぱり学校関係にバレるのは嫌なのか…。
理性あるあたりが電波というより確信犯のなりきりかもしれないな…」
錆兎は少し考え込んだ。

学校にバレるのが怖いと思っているなら、対処する事はできそうだ。
ちょっかいだすなら学校に言う…で、なんとかならないだろうか。

とすると…学校に言うという手は切り札として取っておいた方がいい。
相手がそれで処分されるなりなんなりして自棄になったらことだ。

錆兎は念のため辺りを見回してアリスがいない事を確認すると踵を返す。


「今日は家まで送って行くから。
今度あいつが現れたら俺に電話しろ。電話で交渉してやるから」
「交渉?」
「ああ。ちょっかいかけるなら学校に言うぞってことで。
それでお前への攻撃はやむと思う。
でも万が一相手が逆上した場合に矛先がお前に向くと危ないから、必ず俺を通せよ?」

錆兎は本当に相変わらずだ…と思いながら、でもその厚意は本当にありがたい。
なので、善逸は甘えさせてもらうことにして、

「ありがと。そうさせてもらう」
とうなづいた。



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