さすがにまだ天元は来ていない。
──いや、今来たとこだ
そんな事を言いつつ、だいぶ減ったコーヒー。
随分と長く待ってくれていたのね…
などというやりとりを妄想しなかったわけではないが、相手も学校帰りなのだ。
サボって来るわけにもいかないし、先に来て待っていられなくても仕方ない。
不可抗力だ。
少しがっかりした気持ちをそんな風に切り替えながら、アオイは天元がみつけやすいように…と、窓際の席に座ってコーヒーを注文し…ウェイトレスが行ってしまってから、ハッと気づく。
──もうちょっと女の子らしく可愛い物を頼めば良かったーー!!!
別に特にコーヒーが好きなわけではない。
本当は甘いチョコレートパフェだって大好きだし、ジュースだって、フレーバーティだって大好きだ。
ただ、外では頼まない。
だって似合わないから……外で頼むのはいつもコーヒー。
それもブラックで飲むと決めている。
でも…デートの時くらい…もうちょっと可愛げを見せてもいいんじゃない?私…
ガックリと肩を落として、運ばれてきたコーヒーのカップの縁をチン、と、指ではじく。
本当に嫌になる。
せっかく義勇に可愛い髪型にしてもらったのに、所詮中身は可愛げのない自分のままだ。
義勇ならきっとここでパフェか…そうでなければミルクティを頼んで、ふわりと可愛らしい笑みを浮かべながらリスのように両手で持ったカップを口に運んでいると思う。
そしてほわほわと嬉しそうな顔で言うのだ。
──美味しい──と。
美味しい物を食べたり飲んだりしている時の義勇は本当に幸せそうで文句なしに可愛い。
アオイだって美味しい物は美味しいと感じるし、食べる事は大好きだが、あんな風には笑えない。
──悪くはないわ
なんて可愛げのない言い方が身に付きすぎてしまって、母親にすら、
「アオイは本当に食べさせがいがないわ」
と、ため息をつかれている。
本当に…本当にアオイ自身だってため息しか出ない。
双子なのにどうしてこうも違ってしまったのだろう…
そんな事を考えているうちに随分と時間がたったらしい。
「悪いっ!遅れてごめんな?
アオイ怒ってるよな」
と、目の前に人影。
すっかり冷めてしまったコーヒーに向けていた視線をあげると、目の前には息を切らした想い人の姿。
本当に申し訳なさそうに眉尻をさげて顔の前で手を合わせる天元。
(もしかして…学校が遅くなって急いできてくれた?)
と、その様子に自然と笑みがこぼれた。
「大丈夫よ。そんなには待ってないから。座って?」
と、正面の椅子を勧めると、天元は、悪かったな、ともう一度謝罪して、アオイの正面に腰を下ろした。
そうして注文に来たウェイトレスにカフェオレを注文したあと、改めてアオイに向き直った天元は、彼にしては珍しく何かチェックでもするようにアオイをみつめてくる。
「な、なに?!」
と、いつもと違う天元に少し焦って聞くと、天元は少し困ったような顔で、
「なぁ、もしかしてアオイ、彼氏でも出来たか?」
と、聞いてくるではないか。
これは…どういう意味で?
と、ドキドキしながら考える。
「何故?」
「う~ん…なんかいつもより雰囲気柔らかい気がするし?
ちょっとオシャレとかも気にするようになったみたいだから?」
褒め言葉…と取れなくはないのだが、それにしてはあまり嬉しそうではない。
というより、今まで天元がアオイの異性関係を聞いてきたことなんてなかった気がする。
これは…これは???
いやがうえにも高まる期待。
なのに口から出て来たのは
「天元の気のせいでしょ。
私男の子なんて興味ないし。
そんな暇があったら勉強してるわ」
という可愛げのない言葉…。
──やってしまったっ!!
とアオイは頭を抱えて泣きたくなったが、天元はそんなアオイの言い方も気にならなかったらしい。
「そっかぁ~。あ~良かった~」
と、笑顔でホ~っと息を吐きだした。
………
………
良かった…?
私に彼氏がいなくて良かったって言った??
え?え?えええ???春…きたーーーー?!!!
アオイでなくとも、そんな事を言われれば、そう取るのが普通だろう。
「アオイ、話があるんだけど」
と、続く言葉に、アオイは緩む頬を必死に引き締めながら、
「何かしら?」
と、聞く。
恋心を自覚して十数年。
よもや実る日がくるなんて思わなかった。
女に生まれて…天元の隣の家に生まれて…恋心を捨てないで良かったっ!!
アオイはこの瞬間、心の底から神様に感謝した。
挫折だらけの彼女の人生のとんでもない大逆転だと思った。
…が、次に天元の口から出た
「実はな、アオイに紹介したい奴がいるんだよ」
という言葉で、アオイの中の時間が一瞬止まって…そして輝かしい世界がガラガラと音をたてて崩れ落ちていく。
「…紹介…したい……ひと?」
聞き間違いかもしれない。
今自分が考えている事とは別の意味でかもしれない。
そんな一縷の望みに縋って聞き返したその言葉だが、大きく頷いて続ける天元の言葉は、アオイの希望を粉々に打ち砕いた。
「そうそう。なんかアオイお年頃になっても彼氏の1人も作る様子ないだろ。
せっかくの学生時代に寂しい気もするしなぁ。
アオイは俺の妹みたいなもんだから、もうちっと色のある楽しい日々を過ごして欲しくてな。
ちょうど俺のクラスメートにな、すっげえ良い奴がいんだよ。ホントおススメっ!
でな、紹介してやりたくてっ!
容姿は俺ほどじゃねえがかなり整ってて、スポーツ万能。
鍛えてるからすごくスタイルも良いし、なんと2年間ずっと学年トップをキープし続けてる秀才だっ!
頭の良いアオイとは話も合うと思うぜ?
性格もちょっと硬いところはあるけど、誠実で良い奴なんだ。
マジ優良物件だからっ!」
テンション高く連ねる天元の言葉など、ほぼ入って来ない。
つまり…他の男と付き合わないかとすすめられてる?
アオイはテーブルの下でぎゅっと拳を握りしめた。
ここで泣きだすのはみじめ過ぎる。
「…急にそんなこと言われても困るわ…。
私、そういうの興味ないし……」
かろうじて感情を抑えてそう言っても
「もう相手の方はOKもらっちまったからさ、会うだけ会ってみてくれねえか?
もちろん、会ってみて合わないなと思ったらしかたないし断んのもOKっ!
会ってないとわかんねえだろっ?!」
と、引いてくれる様子はない。
そんなにその男と交際させたいのか…と思えば、本当に泣きそうだ。
ダメだ…このままだと泣く。
「わかったわ。会ってみるだけね。
待ち合わせが決まったら、時間と場所をメールして」
それが限界だった。
「じゃ、私ちょっとこのあと用があるから」
と、アオイはコーヒー代を置いて立ち上がると、急いで店を出た。
そうしてまっすぐ帰宅する気も起きなくて、なんとなくぶらつく街中…
…天元は悪くない…優しいだけ。
…彼氏の1人も作れないのだろう幼馴染にとびきりの友人を紹介してあげようと思っただけ…
容姿端麗、スポーツ万能、頭脳明晰な性格も良い1歳年上の学生。
そう、女の子が夢見る理想の彼氏像じゃないか。
おそらく付き合いたいと言う子もたくさんいるだろう。
アオイのためにそんな友人に、約束を取り付けてくれたのだ。
天元は本当に優しいのだ。
優しい…本当に優しくて、心のそこからアオイを心配してくれている。
でも…それはアオイが望んでいるのとは全く違う優しさだ。
彼氏がいないアオイを見て彼氏を作った方が良いと思っても、じゃあ自分が…とはならなのだ。
それなら要らない…とアオイは思う。
天元が手に入らないなら女の子でいても仕方ない。
…なんで…私は女の子に生まれて来たんだろう……
いっそのこと義勇と性別が逆だったら良かったのだ。
勉強もスポーツも努力をすれば成果が出るが、可愛さだけはどうしようもない。
自分が義勇みたいに可愛かったら…義勇みたいに天元に『すごく可愛いな。理想の少女像だ』と言ってもらえたのに……
それくらいなら逆に自分がいっそ男だったら天元をいつまでも追ったりする事もなかったのに……
男の子だったら……
外で泣くまいと必死に堪えて早足で歩き続けた時、ふと目に入った美容院。
発作的に入ってアオイは言った。
「髪…短く切って下さい」
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