私みたいに可愛くない女でも幼馴染だって言うだけで心配してくれるくらいに…
わかってる。
私みたいに可愛くない女に彼氏の1人もいないなんて当たり前で、それが可哀想過ぎて見ていられないっていう天元の優しい気持ちは。
でも…でもね、ごめんね、身の程知らずだって言うことはわかってるの。
でも私が好きなのはあなただけ。
つきあいたいなんて大それた事は考えてないけど…でも他の男と付き合うのは嫌なのよ。
ある日突然来たそんな短いメールでアオイは舞い上がった。
だって好きな相手からのメールだ。
──ええ、もちろんよ。
と、大急ぎで返事を返すと、じゃあ…と指定されたのはオシャレなカフェ。
1歳年上の幼馴染天元はアオイみたいな冴えない女の子との待ち合わせだとしても、クラスの男子達みたいに手軽にマックなんかで済ませたりしないのだ。
オシャレで優しくてカッコいい天元。
アオイと義勇の双子が生まれた時には隣に住んでいた優しく素敵な幼馴染。
そして…現在進行形でアオイの初恋の相手である。
サラサラの長めの銀色の髪にとても珍しい綺麗な紅い瞳。
おとぎ話の王子様のように美しい。
ファッションセンスだってすごく良くて、私服はもちろん、制服だってオシャレに着こなしている。
そんな素敵な相手とオシャレな店で待ち合わせ…
女の子なら浮かれないわけはない。
だけど……
はぁ…と、アオイは我が身を振り返った。
親の趣味で双子の兄の義勇と揃って放り込まれた、制服が可愛いと評判のミッションスクール。
真っ白なブラウスと、裾に金の刺繍の入ったAラインのハイウェストの黒いジャンパースカート。
それに黒いケープを羽織って、頭にはベレー帽。
男子は同じ色合いのシャツにジレー、それにスラックスだ。
が、正直、その可愛らしい女子の制服は自分には似合わない…と、アオイは思っている。
むしろ双子の兄の義勇の方がよほど似合う。
義勇は可愛い。
アオイは可愛い兄が大好きだが、同時に可愛い兄が好きではない。
彼はアオイの自慢であり、コンプレックスなのだ。
そもそもが双子と言っても2人は男女の双子なので2卵性。
だから、似ているがそっくりというわけではわけではない。
髪の質からして、義勇は少し跳ねやすいがさわり心地の良い柔らかな髪だが、アオイの髪は性格を模したようにまっすぐな硬い髪だ。
瞳の色は唯一似ていて二人共深い青色だが、切れ長で吊り目がちなためキツく見えがちなアオイと違って、義勇は優しい丸い目をしていた。
そう。同じ色なのに、義勇はどこかふわりと柔らかく優しげで、アオイは意志が強そうな印象を受ける。
睫毛だって長く濃いのは2人とも同じだが、義勇のは何もしていなくてもクルンと綺麗なカーブを描いていてお人形さんのようで、きりりと直毛気味のアオイは凛々しい若武者のようだ。
身長だけは同じ165cm。
女の子にしては高く、男の子にしては小さい。
だから新しい制服が届いた日、義勇に無理を言って着てみてもらったら自分より遥かに可愛らしかった。
アオイはそれに秘かにショックを受けて、その夜はそれを着て学校に行くのが嫌すぎて泣き明かし、その気持は今でもアオイの心にどんよりとした影を落としている。
その時は、今更…そう、今更じゃない…と、立ち直ったはずだったのだが……
なにしろ性別差などほぼない幼少時は、双子ということもあって母親はアオイと義勇にお揃いの服を着せるのが大好きで、たまに義勇はアオイと一緒にドレスを着せられていたりしたのだが、お揃いだと余計に兄の方が可愛いのが目立っていた。
まあ別に他は良いのだ。
物ごころついた頃から義勇は可愛かったから、アオイも慣れっこだった。
「男女の双子ちゃんなの?え?うそ。こっちが男の子??
お兄ちゃんの方が女の子みたいね」
などと心ない言葉をかけてくる大人はたくさんいたし、アオイだっていちいち傷ついてなど居られない。
だから容姿がそうだったのもあって、せめてお利口にして親の気を惹こうといつもいつもお行儀よく、賢く、きちんとするように努めていた。
可愛いは義勇に取られてしまうなら、せめてアオイは賢い良い子ねと言われたかった。
それで確かに良い子ねと言われるようにはなったが、そのせいか、両親はすぐ目を潤ませる義勇には甘かったが、アオイに対してはあまり甘やかしたりしなくなった。
──アオイは大丈夫よね?お利口だもんね。
いつもいつもそんな言葉で放置される。
それは自分で望んだ結果とはいえ、ずいぶんと寂しい気分になった。
そんなアオイを唯一義勇に対するのと変わらずに心配してくれたのが、お隣に住む賢くカッコいい年上の幼馴染で、アオイがそんな相手に淡い思いを寄せたのは極々自然な事だったのである。
そう、アオイは天元に恋をした。
だが当たり前だが天元はその優しさ細やかさからアオイに同情はしてくれたものの、そんな素敵な天元がアオイに同じ思いを向けてくれる事はない。
彼はいつも友人や綺麗な女の子達に囲まれていたし、アオイと一緒に居る時にそんな知人達に会うと、決まって
──隣の家の子だよ。俺の妹みたいな感じか。仲良くしてやってくれ。
と、紹介する。
明らかにアオイは子どもで妹で、異性、女としては見られていなかった。
それでも唯一彼にだけは可愛い女の子と思われたくて、アオイは母が可愛いドレスを着せてくれるたび、彼に見せに走り続けた。
そのたび彼は
──綺麗なドレスだな──と、口にした。
そのたび感じる違和感。
“綺麗なドレス”と服装に言及しても、“綺麗なアオイ”とか、“アオイに似合って可愛いよ”とか、アオイに対して言及する事はなかった。
それに気づくと、それが彼の褒め方なのか、それとも意識して“服だけを”褒めているのかが気になった。
そしてある日のこと、答えを知ってしまったのである。
それは本当に偶然だった。
いつもドレスを着せられると義勇はさすがに恥ずかしがって家に籠っていたが、ある時たまたま庭に出て、その姿をたまたま天元が目撃したらしい。
天元はその姿に微笑んで、そして言ったのだ。
「義勇、すっげえ可愛いな、お前。もう理想の少女像って感じか?」
と。
その言葉でアオイの小さな“可愛い”の世界が崩れ落ちた。
やっぱり…私は可愛くない。
年齢や立場じゃない。
だって天元は義勇には可愛い、理想だって言った。
優しい天元にとってすら、私は男の子の義勇ほどにも可愛くない女の子なんだ……
実はそれは天元にしてみたら、性別とは違う服を着ている義勇に対する軽いからかいの言葉だったわけだが、幼いアオイにそんな事がわかるはずもない。
ただただ悲しくて切なくて…しかし可愛くない自分が悪いのだと、そこで思ってしまったのだ。
天元は悪くない。
だって天元は優しい。
そんな優しい天元が可愛い義勇を理想だと言うのなら、大好きな天元が喜ぶように、義勇が可愛い義勇で居られるために、私が頑張るのだ。
この時からアオイはさらに色々自分を律するようになった。
一生懸命勉強をし、運動だって頑張って、言いにくい事は全て義勇の代わりに自分が言うようにした。
しっかり者だけどキツイ女。
そんな事をしているうちにそんな評価を得るようになったが、かまいやしない。
だって、可愛くもないのに“可愛い”を目指して否定されるくらいなら、しっかり者として信頼を得る方が良い。
邪魔な髪はゆるふわとか洒落っ気を出さずにきっちりと2つに結ぶ。
母が好きな手芸やヌイグルミ収集には心を惹かれたが、それは義勇に。
自分は父親と一緒に剣道やジョギングにいそしんだ。
小等部では学級委員、中等部では風紀委員長、進学したばかりの高等部では、中等部の頃に風紀委員で一緒だった先輩に誘われて生徒会の会計に。
エスカレータ式の学校なので、それぞれ近い学年の生徒や先生達は知り合い。
怖いが頼れる鉄の女として、将来の生徒会長とまで言われるようになった。
そんな風に“可愛い”を捨てたはずなのに、別の学校に通う初恋の幼馴染が関わると、アオイはあの頃のまだ柔らかい心を持った少女に戻ってしまう。
メールをもらってから慌ててトイレに駆け込んで鏡に移してみる自分は、当然、年頃の同級生達のように可愛らしくない。
自分でも馬鹿だと思うし無駄だとわかっているのに、天元と会うと思うと少しでも可愛らしくなりたくて、駆け込んだ先は双子の兄義勇の所だ。
「義勇っ!放課後までに少し女子高生らしくなりたいのだけど…」
と、そんな言葉で彼には全てがわかってしまう。
義勇はアオイが天元を好きだと言うのは知っていて、しかし彼がアオイにそういう気持ちがないのも幼馴染だけに気づいているが、アオイの気持ちは否定しない。
だから義勇はため息をついて、ちゃんと夕飯の時間までには帰宅する事、と、まるで母親のような事を言いながら、きっちりと結いすぎたアオイの髪を解いて、ふんわりと可愛らしく編み込みをしてくれた。
さらにいつも持ち歩いているソーイングセットから鋏を取り出し、もうアオイの事は諦めて、それでも自分の趣味はやめられない母親に半ば強引に持たされた小物に縫いつけられたリボンをいくつか丁寧に外すと、それをピンで編み込みの間に散りばめる。
そして最後に乾いたアオイの唇に
──本当は色つきの方がいいのかもしれないけど、さすがにそこまでは持ってないから…
と、リップクリームまで塗ってくれた。
もうアオイどころかそんじょそこらの同級生の女の子達よりも女子力が高くて感心してしまう。
“可愛い”を諦めたあの日から、双子の兄の義勇はアオイにとっては自分が望んだ“可愛い”を自分の代わりに体現してくれる“可愛い”の塊で、コンプレックスではあるのだが、それ以上に癒しで、最愛の相手である。
「さすが私の義勇っ!大好きよっ!」
と、抱きしめて頬にキス。
そう、天元は“アオイの天元”ではないが、義勇は“アオイの義勇”なのだ。
そんな自慢の可愛い義勇に着飾ってもらって、アオイは放課後、大急ぎで学校を出る。
目指すは待ち合わせのカフェ。
向こうはそう思ってはいなかったとしても、天元のデートである。
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