寮生はプリンセスがお好き8章_04_漂着

救命ボートに移ってどのくらい経ったのだろうか
ザザン、ザザンと波の音がする。

雨音もまだ聞こえるが、少し小さくなった気がするが、どうだろうか
と、ギルベルトはアーサーをルークとフェリシアーノに預け、一人シートの隙間から外を見ている船員の元へ。

そうして止める間もなく彼の頭の上から外を見て、そして表情を固くした。

これ流されてるよな?」
というギルベルトの言葉に身を固くする船員。

船の近くにいるなら当然見えるはずの他の救命ボートの姿がなく、乗ってきたクルーズ船の姿もない。

あれだけの船が沈んだとしたらさすがに何らかの音や衝撃のようなものを感じるだろうから、結論としてこの救命ボートはクルーズ船やその他の救命ボートがいる位置からだいぶ流されていると考えるのが正しいだろう。

何故黙っていた
と、低い声で問えば
「言えば混乱するかと
と、返ってくる返事。

確かに流されていてもあの嵐の中、どうすることも出来なかっただろう。
そんな状況でそれを知れば混乱が起きると思うのはおかしなことではないかも知れない
…………

何かすっきりしない気分で考え込んでいるギルベルトに、船員は

「あ、あ、でもっほらっ!陸地が見えてきましたよっ!」
と、おどおどとシートの隙間から指をさした。

無言でその指さす先に視線を向ければ、確かに陸地が見える。
しかしながらそれは大陸ではなさそうだ。大きめの島。
砂浜の向こうには鬱蒼と生い茂った木々が見えるが、人が住んでいるのかはここからでは判断できない。


現在の位置はわかるか?」
とそこで問うと、船員はまた
「申し訳ありません」
とうなだれた。

「このあたりにある大きめの島とかは知らないか?」
とそれにさらに問うと、これにも首を横に振られて、ため息をつく。

それ以上あれこれ言う間もなく、船がザザ~!!と、波に乗って砂浜に打ち上げられた。
その衝撃で、皆異変に気づいたようである。

「どうしたんだっ?!」
と、口々に問う乗客たちに、
「この船はどうやら流されてクルーズ船からかなり離れてたらしい。
で、どこぞの島に打ち上げられたっぽいぞ」
と、説明するとあがる悲鳴。

一部の人間が船員に掴みかかるが、香がそれを止めて言う。

「ここで無駄な体力を消耗しても仕方ない的な?
沈むクルーズ船に巻き込まれて救命ボート自体が転覆するとか嵐で沈むとか、最悪な自体にはなってないだけマシな感じじゃね?
とりあえず船にトラブルが起きた時点で捜索が始まるだろうし、船のトラブルが外部に伝わらなかったとしても、船が予定通りに帰港しなければやはり捜索が始まるはず。
少なくとも、俺が知ってるあたりでもここには何人かちょっすげえお貴族様とかいるし、家人が血相変えて探すだろうから、今は島で飲み水確保したほうが良くね?」

「まあ、そうであるな」
と、そこでバッシュが立ち上がって、ザブザブとボート内にあったロープをボートにつないで引っ張っていった。
少し遅れてギルベルトも同様に船から飛び出すとそれを手伝い始める。

「男どもは手伝えよ?!」
と、声をかけると、さらに他の男性陣もそれに続いた。

ズリズリとボートをひきずっていって、一人がボートを繋いだロープを砂浜にある大きい岩にしっかりと結びつけると、女性陣も島に降りた。



日があるうちに水を探して補給して、夜には発とうぜ」
と言うギルベルトに、ルークが不思議そうな顔をする。

「救援ならここで待った方が良くないか?
水がみつかったとしても海上だと見つけてもらえるまで時間がかかるようだと足りなくなる可能性も高いし」

確かにそうだ。
そうなのだが……

ギルベルトは砂浜の向こうに見える森林を振り返ってフルリと身震いした。

嫌な感じがする……
なぜだかわからないが、とてつもなく嫌な感じがするのだ。

自分でも理由がわからないものを他人に説明しようがなくて、どう答えるか悩んでいると、

──なんかこの島、嫌な感じがする的な
と、同じ不安感を感じていたらしい、香がそう口にした。

「え?なに?猛獣でもいるような雰囲気?そういう系のこともわかるの?二人とも」

寮長2人が口を揃えてそう言うので、ルークはまた不思議そうに聞いてくるが、ギルベルトと香は顔を見合わせる。

「いやわかんねえけど。
ただなんとなくな、すげえ嫌な感じがすんだよ、この島
と、ギルベルトが眉を寄せると、

「同じく。俺は第六感とかって信じない方だし?
たぶん五感で無意識に感じ取ったもので分析した結果、経験がやばいとこだって告げてるんだろうけど、それがなんなのかわかんねって感じ?」
と、香も眉をしかめてみせた。


2人の言葉にざわつく一同。

皆が躊躇する中、それでも動き出したのはバッシュだった。

「嫌でも何でもとりあえず飲料水は必要なのである。
危険かも知れない場所ならなおさら、日が落ちないうちに川か泉、もしくは水分を多量に含んだ食物を探すのが急務であろう」
と、武器や傭兵で商売をしている家の者らしく、ふところから大きめのナイフを出すと、

「それでは正午にいったんこちらに戻るということで、吾輩は森を探索してくる。
アデル、行くのである!」
と、スタスタと森へと入っていく。

驚いたことにとても華奢でか弱く見えた妹アデルは、当たり前にスカートの中から小型の銃を出し、それを手にしながら
「はい。お兄様」
と、バッシュに続いた。


そこでギルベルトも切り替える。

確かにここに滞在するにしても海に戻るにしても物資は必要だし、バッシュの言う通り探索は日があるうちの方がいい。

ということで、

「む確かにそうだな。
ここを離れるにしても物資は必要か。
じゃ、同じく正午に戻るってことで、俺様も探索だ。
お姫さん、歩けるか?」
と、自分も当たり前に背負ったリュックの中からナイフを出して、それを
手にしたのと反対側の手をアーサーに差し伸べた。

「あ、待ってよ、ギルベルト兄ちゃん、俺達も行くよ!」
と、ルークの手を引っ張りながら駆け寄ってくるフェリシアーノ。

「あ、カイザー、俺たちも行きます!」
と、銀狼寮生3人組も当然のように寮長に従い、

「んじゃ、俺らも行く感じ?」
と、香がちらりと隣のアルフレッドに形ばかりの問いを投げかけると
「もちろんだよ!ヒーローは勇敢でないとねっ
と、アルフレッドは大きく頷いた。



森の中は木々が陽の光をさえぎって、午前中だと言うのに薄暗い。
道らしい道もなく、バッシュが先頭で時には生い茂った草を刈りながら、奥へ奥へと進んでいく。

そうして木々の中に足を踏み入れて数分…すでに脱落しかけている人間が一人

「ね、ねえっ!もう戻った方がいいんじゃないかいっ?!
迷って帰り道がわからなくなったら大変なんだぞっ!」
と、香の腕にしがみつくように歩くアルフレッド。

──俺は迷わねえし?戻りたきゃどうぞ?
と、いつもなら返すであろう香も無言。
厳しい表情をしている。

普段なら二人で小鳥のさえずりのようなおしゃべりを続けるフェリシアーノとアーサーも無言で互いのパートナーにしがみつき、先頭で道を切り開くバッシュが時折すぐ後ろを歩くアデルに磁石で方向を確認させる声だけが響いた。

そう、鬱蒼と茂った森の中なのに、鳥の声も虫の音も、動物の鳴き声もしない。
ただ時折ひらひらと綺麗な蝶が宙を舞っているのが目につくが、普段は綺麗に見える蝶もこんな薄気味悪い森の中だと、近くに飛んできて視界に入るたびぎょっとした。

空気がどこか重々しく、時折なにか、ウォォォオーーーンという気味の悪い音だけが聞こえてくる。

「音が聞こえてくる位置が動く気配がない。
特定の位置に何かいるなら動かないうちに先に確かめると良いであろう。
危険なものなら放置して無防備にしている時に襲われると危険なのである」

と言うバッシュの進言でその音の聞こえる方に進んでいるのだが、正直この森はギルベルトですら長居はしたくない。

しかしその音自体にはなんとなくこれと言って危険な空気を感じなかったので、その言葉に従った。


そうして日中でもさらに薄暗い森の中をどのくらい進んだのかしばらくすると不思議なことに直径20mほどの円型に木が途切れて草むらが広がっていて、その中央にはやはり円型で直径10mほどの石造りの半円型の建築物がある。

表面は蔦やら苔に覆われているが、どう見ても人工物で自然に出来たものではない。

なんだ、これは……
と、ギルベルトが呟いた瞬間、建物の中から先程から聞こえているウォォォオーーーンと音が聞こえてきた。

それに驚いて香にしがみつくアルフレッド。
フェリシアーノもルークに抱きつくが、アーサーは建物の上方を見て、

「あそこに風が通る穴があって、風が吹くとドーム内をそれが吹き抜けて音が鳴ってるんだ…。
ちょうど大きな笛みたいな感じだな」
と、指を指す。

言われてみれば、確かに風を取り込むようにドームの上には円柱を半分に割ったようなパーツがついていた。


なるほどなお姫さん、よく気づいたな。
とりあえず中に何があるか調べてくるけどもうひとりそうだな、香ついてきてくれ。
ルークとバッシュ、それに3人組はお姫さん達の護衛を頼む」

ギルベルトがちょいちょいと香に手招きをすると、香は力技でアルの手を外してかけよってきて、バッシュは

「わかった、ここは任せて気をつけていくのである」
と、ドームと他の人間を挟むように後方に回って警戒態勢に入った。



こうしてギルベルトは香共に正面に開いた大人が普通に立って入れるくらいの大きさの入り口から中に入った。

ウォォォオーーーン、ウォォォオーーーンと中は風の音がとてもうるさい。

頂上とその入り口以外は石壁に覆われているので、中は暗かった
なので、二人して懐中電灯を灯して一瞬ぎょっとしてナイフを構える。

ちょうどギルベルトの懐中電灯が照らした正面の壁にはなにやら緑色の大きな人型の何かが描かれていた。
と言えなくもないが、それにしては開いた真っ赤な口からは尖った牙が生え、異様に長い4本の手でところどころ食いちぎったような人間を握っている。

思わずそれに目を取られている間に、香はグルっと壁に描かれている絵を確認したらしい。

ギルベルトの上着の袖をクイクイっと引っ張って
「これ何かの物語みたいな?
こっちが始まりじゃね?」
と、入り口から向かってすぐ右に描かれた絵を見上げた。

それはピンポン玉くらいの大きさの真っ赤な円形の石の絵だった。
その石にはうっすらと黒い影が浮き上がっている。

それをギルベルトが見たのを確認して、香は明かりでその右側を照らす。

そこには隣に描かれていた石のようなものからさきほどの化け物が赤い何かに包まれて飛び出してきたような絵。

それをギルベルトが見たのを確認して、香は明かりでその右側を照らす。
そこにはギルベルトが最初に見た人が喰われている絵

そのさらに右側にあるのは人間を追い回している緑の化け物の前に立ちふさがるように飛ぶ蝶の絵。

その右側は緑の化け物に無数の蝶が群がっていて、その隣は入り口を挟んで最初の絵に戻る感じだ。

ギルベルトは一応全部の絵をスマホで順番に写真に収めておく。
そうしておいて、広くはないドーム内を確認するが、他には何もない。

「…なんなんだろうな、これ……」
「さあ?でもやっぱりこの島に長居はしたくない感じが強くなった的な?」

まあそれについては同感である。
そうと決まれば何もないドームで時間を潰している場合ではない。
さっさと水なり食べ物なりを探さねば…

そう判断すると、二人は急いで外に出て、皆に中の様子を伝えてさらに探索を続けた。


途中、アデルとアーサーが怪我をした小鳥を拾って手当をしてやったり、風音に驚いたアルが駆け出して激突した木から大量の果物が落ちてきたりと色々あったが、なんとか少しばかりの食料は確保。

バッシュがきちんと調べて進んだ方向を今度は反転。
迷うことなく森を抜けて、砂浜に戻ったのはどうやら最後のようだった。
そしてそこでは思いがけない事が起きている。

残ったり他の方向に行って戻ったりした面々が頭を抱えて泣きわめいたり怒鳴ったりの阿鼻叫喚。

理由はひと目でわかった。

これどうなってるんだ……

波間に浮かぶ、元救命ボートだったものの破片。
一部赤くそまっているのは、おそらく最後までボートに残っていた船員だろう。

ボートが爆発でもしたのであるか?」
と、クルーズ船の事故から今まで実に冷静に成すべきことをこなしていたバッシュもさすがに青くなった。
その問いに、砂浜にへたり込んで泣いていた1人が言葉もなくウンウンと頷く。

するとジッと波間を凝視していたバッシュは
「ギルベルト、姫と一緒にアデルを頼むである」
と、言うなり、ザバザバと破片が浮かぶ波間へと足を踏み入れる。

「お兄様、危ないです」
と、それを追いかけかけるアデルの気配に

「吾輩は大丈夫である。でも濡れるからお前はそこにいるのである。ギルっ!」
と、声をあげ、促されたギルベルトは視線はバッシュの方へと向けながら、
「大丈夫。爆破物があったとしてももう全部海水に浸かってるから」
と、アデルの腕を取って、アーサーの方へと押しやった。

そうしてしばらくバッシュは色々と回収していたが、数分で砂浜に戻ってきて

「どうやら吾輩達は流されたわけではなく、意図的にこの島に連れてこられたようである」
と、ドサっと回収した物を砂浜に放り出す。
その中にはスクリューやらモーターと思われるものも混じっていた。

「制御できる状況だった……ってことか
シートで外が見えない状況で船員だけに任せていたのはうかつだったな
シートも目くらましとあとは雨音を大きく響かせてモーター音を目立たなくさせるためだったか

自分の迂闊さに苛立ちながらそう言うギルベルトの横ではバッシュも同様に苛立ちを感じているようで、眉を思い切りしかめている。

俺達どうなるんだよっ!」
と、叫ぶ者も出始める中、ギルベルトは周りの動揺でやや冷静さを取り戻し始めた。

「とりあえず事故が起こったと知らされたのは2050分。
各自部屋に寄って救命ボートに乗ったのは21時半くらいだ。
で、この島にたどり着いたのは4時過ぎ。
てことは、クルーズ船から離れて6時間半ほど。
移動速度はモーターで動いてたとしてもあまりスピードを上げると気づかれるから、せいぜい速さは5ノット以下くらい。
クルーズ船が止まった位置から60キロくらいしか離れていないはずだ。
今日の午後の時点で俺様が帰らなければバイルシュミット家から捜索隊が出る。
このあたりにどれだけの島があるかはわからんが、まずは片っ端から調べるだろうし、運がよければ2,3日、悪くても1週間くらいで救助が辿り着くんじゃないかと思う」
と、そんな予測をたててみると、バッシュも

「吾輩の会社ならもっと早いと思う。
なにしろ現役の傭兵をいくらでも投入出来るのでな」
と、言い出して、周りがその言葉に少し落ち着きを取り戻す。

「とりあえず寝場所の確保と探索で収集した物の確認が先であるな」
とのバッシュのさらなる言葉に、

「あ、なんか泊まれそうな建物みつけたんだけど
と、知り合い同士らしく固まっていた2人グループの青年達が手をあげた。

「この島、無人島とかではないっぽいぜ?
少し行ったところに家があった。
人は住んでないみたいだけど、井戸もあるし、もしかしたら別荘なのかもな」
とそのグループの別の青年が言うと、歓声があがる。
やはりみんな何もない砂浜での野宿は避けたい。

「ではそちらに移動して確認作業を行うのである」
バッシュがそう言うと皆同意して移動を始めた。



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