帰宅後に義勇にどうしてもと買い物を頼まれて、車で10分程の店に買いに行って戻ってきたら、リビングに置き手紙を残して義勇が消えていた。
とりあえず実家はないし、駆け込めるとしたらあそこか?
と、錆兎は一瞬また村田のアパートに凸するべきかと腰を上げたが、ソファに座り直す。
おそらく無理やり戻したところで、同じことの繰り返しだろう。
義勇はおそらく自分には本当のことを言ってくれない気がするし…と思うと、脳裏に浮かぶのはずっと一緒に育ってきた従姉妹。
大変不本意ながら彼女は自分よりもそのあたりの感情の機微というのに敏いし、義勇がおそらく駆け込んでいる先の家主、村田の直属の上司だ。
本人がわからなくても村田を介して聞き出させることができる気がする。
背に腹は変えられない…そう思ってスマホを手にしたとき、すごいタイミングでまさに今電話をかけようとしていた相手からの着信があった。
「真菰、ちょうど良かった。
お前に頼みたいことがあって…」
と、切り出すと、なんと相手は
『義勇君のことでしょ』
と、返してくる。
その切り返しに一瞬驚いて、しかし義勇が村田の所に転がり込んでいる可能性を考えると、真菰に連絡が行っている可能性もあるのか…と、納得した。
そうなれば話は早い。
「ああ。なんんというか…あれか?またあいつの所に転がり込んでるのか?」
と聞けば、真菰は電話の向こうで苦笑する。
『あたしの大事な部下をいじめないでよ?
今回は義勇君が微妙に元気なさそうだったって情報が入ったから、あたしが村田に連絡入れさせたの。
家出されるんでも、場所がわかってたほうが対処しやすいでしょ』
そう言われたらもう怒るに怒れない。
「で?電話したら転がり込ませてくれって?」
『悩んでいるようならうちで話す?って持ちかけなさいってあたしが指示したの。
暴走して変な場所で変な輩に絡まれでもしたら大変だし。
今回は村田のせいでは全くないわよ。
強いて言うなら、あたしの善意ってやつ?
あたしは常に可愛い子の味方だから』
という真菰の言葉を疑うつもりはない。
昔から真菰はそういう奴だ。
可愛い子…特に男の子が大好きで、それが高じて男同士の恋愛の話が好きな、いわゆる腐女子というやつである。
趣味と実益とほんのちょっぴりの従兄弟への情けで介入したと言われれば、納得できすぎるくらい納得できてしまった。
いつもいつも何かあるとそういう自分の趣味に巻き込みたがるので困り果てていたが、今回ばかりは真菰のその趣味に感謝する。
「もう背に腹は代えられないし、取り繕っても仕方がない。
全部話すから協力してくれ」
そう、義勇を取り戻すためなら、自分だけなら最悪真菰の趣味に付き合って遊ばれてやっても良いとすら思う。
とにかく一生に一度の恋で、最初で最後の伴侶なのだ。
錆兎が電話口で頭を下げると、見えはしないが気持ちは伝わっているのだろう。
『真剣に相手を想っている人間を茶化す気はないし、錆兎がうまく行けば、あたし的にもいろいろメリットはあるから、ドンと任せなさい』
と、返ってくる言葉が頼もしすぎて、錆兎は泣きそうになった。
とりあえず車を飛ばして一旦真菰の家に行く。
おしゃれな都会のマンション。
「入って。鍵閉めてきてね」
と言われて玄関に入れば、まるで別世界。
嫌な方向での……
たぶん錆兎は神経質すぎるのかもしれない。
が、余計なお世話とは思うが、真菰はもう少し神経を使ったほうが良いと思う。
「こんな時間に悪かったな」
と、言いつつ、自分のはもちろん、真菰が雑多に放り出したままにしている何足かの靴を、綺麗に揃えてから上がる錆兎。
外では綺麗なお姉さんだが、真菰は家庭内ではこの調子なので、自分よりも真菰の方が専業で主婦をやってくれるようなパートナーを探した方が良いと思わないでもない。
「座ってて。ミネラルウォーターでいいわよね?」
とキッチンへ向かう真菰。
通されたリビングの惨状に錆兎はまた真菰の脱ぎ散らかした服を一部はたたみ、一部はハンガーにかけて、散乱する雑誌はマガジンラックや本棚に並べて待った。
「錆兎ってほんっとうに綺麗好きよね」
と、そのあたりは一緒に育った従姉妹で慣れていることもあって、物を動かされても全く動じず、当たり前にミネラルウォーターのペットボトルを放り投げてくる真菰に、普段なら『お前これはもう人間の住処じゃない。少しは片付けろ』などというところだが、今回は協力してもらうためにこんな時間に訪ねてきたわけなのだから、その手の言葉は飲み込んで、
「いや…物がソファを占領してて座る場所がなかったから…」
と、ペットボトルを宙で受け止めると、錆兎は改めてソファに座る。
プライベートスペースの片付けとなると、絶望的な手際の悪さの真菰だが、そこで正面のソファに座った彼女から出てきた話は、思わず感心してしまうくらいの手際の良さだった。
「会社の部下からあんたが結婚したという話聞いてね。
義勇君どうしてる?って聞いたら、どことなく元気がない気がするって返ってきたから、同期の村田になら何か話すかなぁって思って、村田に義勇くんに連絡入れて、もし悩んでいるようならとりあえず自分の家に誘いなさいって指示したの。
だって、前みたいにふらっと出て行くのに、知らないところ行かれるより、居所わかってたほうが良いじゃない?
で、あたしは義勇君とも仕事で一緒して知らない仲じゃないし、なによりあんたの従姉妹で何か要求があるなら交渉しやすいと思うから、できればあたしも合流させてって打診しなさいって言ってあるから。
村田から連絡が来たらとりあえずあたしも話を聞きに行くけど、あんたが同行できるかどうかは状況次第ね。
でも悪い方向にはいかないように頑張ってみるね。
で?結婚したって誰と?
協力するんだから隠し事はなしだよ?
説得しようにもきちんと状況把握できてないと困るし、もし言ったことを秘密にしてほしいなら知らないふりしてあげるから、白状しなさい」
言われなくても全てを言うつもりだ。
というか、錆兎自身、恋愛経験がなさすぎて、どう動くのが正解なのかが全くわからないので、むしろ秘密にするし全てを知った上で協力するからという真菰の申し出は心底ありがたかった。
「話すと長くなる。
質問はあとで受け付けるから、とりあえず一通り聞いてくれ」
錆兎はそう前置きして、ネットゲーム上でのユウとの出会いから始まって、それと知らずに義勇と入社試験で出会ったときのこと、その他諸々を真菰に打ち明けた。
事実は小説より奇なりというが、黙って聞いている真菰の表情はまさにそんな印象を受けているような様子だ。
自分だって他人事ならそう思う。
話している最中ずっと真菰が目をキラキラさせていたので、
「一応言っておくが、これ他言はNG。プライバシーだからな。
俺だけならまだいいけど、義勇のことでもあるからな?」
と念の為注意。
それに対しては
「わかってるよ。
あたしが個人的に脳内で楽しんでるだけだからスルーして。
早く続きっ!!」
と、言う返事が返ってきて、ため息が出た。
こうして最後、いいよってくる女性社員避け&地元ではなかなか味わえない”お姫さん”との生活を楽しむために、義勇にユウっぽい格好をしてもらってバカンスを過ごしたこと。
そして、入籍したものの、それが女性陣にバレて攻撃されると怖いので、入籍したことが嘘でないこと、そしてその相手がみんなの知らない相手だと思わせるために、その時に撮った写真を使ったことなどを説明。
そしてさらに最後の最後に、
「これは俺の主観だけど…」
と前置きして
「写真を見せてる時に、一人が式の写真はないのか?と言ったあたりで、義勇がちょっと暗い顔をした気がするんだよな。
それで俺も気をつけようと思って一緒に帰宅したんだが、買い物頼まれて車で近所に買いに行ってる間に置き手紙残していなくなってたんだ…」
と、若干真菰の私見を問うような感じの言葉で締めた。
「直接的な原因はそれね。
なんとなく何故家を出たのかはわかった」
錆兎にしてみたら原因はわかっても理由はわからない、そんな状況なのに、真菰にはわかるらしい。
もし真菰が考えている通りの理由だとしたら、本当に尊敬に値すると錆兎は思った。
そしてその後は真菰のターンだ。
手にしたペットボトルから実に漢らしい仕草でぐいっと水を飲むと、説明してくれる。
「たぶんね、結婚式をあげていない、あげられない状況がイコール、本来なら大勢に祝福されて結婚できたであろうあんたの人生を自分のせいで暗いものにしてるって思って、自分を責めちゃったんじゃないかな」
「え?でも隠したいって言ったのは義勇で、俺は別に義勇が俺の伴侶だって世界の中心で叫んでも全然構わないと言うか、叫んで義勇に近づく奴ら全部追っ払いたいくらいなんだが?」
真菰の考えは本当に義勇の性格を熟知している錆兎でも納得できるようなもので、しかし状況的には自分は別に義勇との結婚を不幸だなどとは欠片も思っていないことを告げると、
「だからよ。
あの子、自己肯定感が限りなく低い子だから、それでなくても自分なんかが社内で有名なエリートのあんたとって思っているところに、自分の都合で結婚を隠さないといけないとか不自由をさせてて、本来だったらもらえる祝福の言葉とかももらえないとか、そんな感じかな?
あんたがどう思っているとかじゃなくてね」
「あ~~!!!」」
言われてみれば、もうその通りだと思う。
まさに義勇が言いそう、考えそうなパターンなのに、何故自分は気づかないのか。
「で…全部他人に教えてもらうとか、情けないし、本来はNGで、自分で努力するべきだと思うんだけどな?
俺は経験値が少なすぎて、色々試行錯誤してる時間が長ければ長いほど、義勇を傷つけて、下手すると潰してしまうから……
あとで絶対に埋め合わせする。
というか、そこはしとかないと、俺は伴侶持つ資格とかない気がするから、自分に足りない知識を与えてもらう分の埋め合わせは絶対にするから、どうすれば義勇を一番傷つけないですむか、教えてもらえないか?」
これまで本当に好きな相手以外とは恋愛はしないという自分の生き方に迷いは全くなかったが、今回はそれを心底後悔した。
せめて自分はしなくても、他人の恋愛、恋バナくらいは知識として積極的に耳を傾けておくべきだったと、錆兎は今、痛感している。
それに対して真菰は少し目を丸くして
「あんたが全面的に誰かを頼るのって珍しいわよね」
と、言ったあとに、ゴクゴクっとペットボトルの水を飲み干してドン!とテーブルに置くと、
「ま、いいわ。
報酬はあたしの仕事への協力かな。
目指すものは同じで一石二鳥だし?
大丈夫っ!真菰さんに任せておきなさい!」
と、実に頼もしい様子で、その願いを請け負った。
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