「義勇君、お~ね~がいっ!!」
「いくらレディのお願いといえど、嫌ですよ。勘弁してください。
どうしてもなら、課長補佐にお願いしてください。
課長補佐だって綺麗な顔立ちはしていらっしゃるでしょう?」
「え?俺かっ?!!」
「だって約束違いますっ!
なんとかしてもらえないなら…り……」
「ちょっと待ったっ!!なんとかするから離婚だけはっ!!」
こんな開発部のフロアでちょっとした名物になりつつあるやりとりを遠目に見つつ、村田は真菰の手腕にひたすら感心する。
義勇に迫っているのは錆兎のファンも含む女性社員達。
要求は女装。
そう、例の”鱗滝課長補佐の嫁”の写真が女装した義勇だということは、すでに社内では広まっていた。
ついでに入籍したのは義勇だということも……
なのに義勇本人や錆兎が危惧したように義勇に対する攻撃が一切来ないのは、ひとえに真菰の根回しによるものだ。
いわく
「錆兎がね、断りにくい筋からの縁談に困って、義勇君に土下座したらしいのよ。
縁談避けに入籍してほしいって。
で、これが嫁って見せられるように女装して写真を撮らせてくれって。
もちろん義勇君に好きな相手でもできたら即離婚して相手に入籍した理由も説明するし、生活の面倒は一生見るからってね。
それ聞いた時にね、あたし、あんたが家事してくれるなら入籍くらいしてやっても良かったのにって言ったら、本当に好きになれる女じゃない限り、形だけでも結婚はもちろん、恋愛もしない主義だから却下って言われてね。
まあ、それ以前に地球上に自分以外の人間がお前しかいなくなっても、お前だけはありえないとか言うから、竹刀でどついておいたんだけど」
そんな話をさりげなく多少付き合いはある程度のおしゃべりな女子社員に流したら、あっという間に会社中に広まったというわけである。
錆兎はそういうわけで義勇には頭が上がらない。かかあ天下なのだ。
と真菰が言えば、多少錆兎が過剰に義勇に尽くしていようと、義勇が多少それに甘えていようと、周りはなるほど、と、納得した。
女性ファン達にしても、この関係が錆兎に本気の相手ができるまでの保険で虫除けだと思えば、むしろ歓迎しているようである。
下手にフリーでいて変な女に引っかかれるより良いということらしい。
さらに真菰は
「まあ、義勇君可愛いしね。
彼女とかできて捨てられたら、うちの村田貸してあげるわよって言っといたんだけど…」
などと村田の名前を出してくれたおかげで、便宜上という信憑性が増したのと、義勇だけに注目が行くこともなくなった。
まあ…村田はだんだん“モブ生活”を満喫しにくくなってきてはいるが、恩人のためと思えば仕方ない。
たとえ鱗滝課長補佐のファンの女性陣に
「あなたが村田?………ふ~~ん?」
と、ジロリと上から下までチェックされた挙げ句に
「ま、錆兎さんの隣に立つなら、モブ坊やより、義勇君の方が絶対に良いわね。
さすがにあなたの女装写真とかは見たくないわ」
などと暴言を吐かれたとしてもだ。
あとはまあ…これで義勇の安全に必須な存在になったので、鱗滝課長補佐に粉砕される危険性が激減したのは、村田にとって何よりのメリットだとも言える。
「錆兎さ~ん!今日良ければ飲みに……」
「悪いっ!俺は一応新婚だしな?
嫁さんの胃袋を掴んどかないと離婚されると人生終わるからっ!」
と、錆兎が女性陣の誘いを義勇を理由に断っても、納得してくれるし、
「嫁さん大事にしろよ~」
と、周りも面白がって笑いながらノッテくれる。
更に言うなら…男性化粧品のヒットを機に一般女性向けの化粧品にも手を出し始めたローズコーポレーションの依頼で、男性化粧品の第二弾と同時に男装した真菰と女装した義勇のペアでのポスター撮りと販売依託を請け負うことになって、仕事的にも成果をあげているあたりが、本当に本当に、自分の上司はすごい人だと村田は思った。
全ては解決、ハッピーエンド。
そう…たとえ顔を合わせるたび鱗滝課長補佐に
──…お前なぁ…真菰よりは竹刀が出てこないだけマシかもしれねえけど、そういう意味ではやっぱりないな…
と、マジマジと顔を見られて心底嫌そうに貶されるとしても、恩人の悩みが解決すると同時に命の危険性がなくなった時点で、村田的にはハッピーエンドなのである。
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