とある白姫の誕生秘話59_エピローグ


──義勇、今日夕飯何が食いたい?
──課長補佐、社内でじゃれつくのはやめてください。食事はシュニッツェルが食べたいです。

終業時。
後ろから抱きついてくる錆兎を軽く交わしながら、それでも夕飯については真剣な様子で考えて伝える義勇に、女子社員も含めたフロア内の社員たちが微笑ましげな視線を送っている。

錆兎からの執着と善意を示されながらも、それを周りが責める様子はない。
そんな本当に思っても見なかった平穏な日々。

むしろ本来なら怖い顔で迫ってくると思われた女子社員達が、

──義勇君可愛いわねぇ
──やっぱり錆兎さんの隣にいるのは義勇君じゃないとねっ

などと、錆兎と一緒にいる事に誰よりも肯定的なのが不思議だと思う。



それは1週間前のあの日…錆兎に誰にも歓迎されないような結婚生活を送らせるくらいならと、別れる決意をして二人の家を出て同期の村田の家に転がり込んだあの日…

村田に説得されて同席と事情を話すのを了解したので足を運んできてくれた真菰に、入籍と写真の事について公にしても大丈夫と太鼓判を押されて、もしそれで問題が起きたら自分が全責任を取る、義勇が好奇や敵対の目を向けられるようなら、自分がそれ以上に注意を引くようなことをやらかして、注目は全部自分に向くようにするし、それでも嫌なら、社長を脅して影響の及ばない遠くなんなら他国の支社への転勤ができるようにさせるなど、説得された。

錆兎からはすでに今回の件は絶対に他言しないようにと念押しをされた上で全ての事情を知っているという彼女は熱心にそう勧めてきて、どうしてそこまで熱心なのかという義勇の問いには

「ん~~錆兎がね、本気だから?
あたし達は正確にはいとこ同士だけど、精神的兄弟みたいなものなのよね。
互いの事を誰よりもわかってるし、普段はね、喧嘩ばかりだけど、実はたぶん自分の伴侶くらいの人間を除いたら、世界で一番潰れてほしくない相手っていうか互いが健在な事で安心できるっていうか
ただね、恋愛感情とかじゃないのよ。
そういう目で見ろと言われると、すごく気持ち悪い。
錆兎もあたしも、世界で人類が二人きりになったとしても、伴侶的な意味ではお互いだけはありえないって断言できるしね。
今回、あたしはお似合いだと思うけど、もしも世界中が義勇君と錆兎の関係を認めなくて敵に回ったとしても、あたしだけは二人の味方だよ?
だって、27年間、本当に好きな相手以外とは恋愛しないって律儀に貞操守ってきたくらいだった錆兎の本気の恋愛なんだもん。
たぶん、義勇君が錆兎の事いやだ、離れたいって言っても、あたしはその原因を聞いて錆兎に直させることはすると思うけど、最終的には離れたくないっていう錆兎の意思を尊重して味方すると思う。
なんでも協力してあげるし、なんならありとあらゆる人脈使ってでも二人に危害が及んだり嫌な思いをしないようにはしてあげる。
だから悪いけど、錆兎から逃げるっていうのだけは諦めてね」
と言うと、にこりと笑った。


嫌なわけがない
それで錆兎が困るようなことがないなら、一緒にいたいに決まっているじゃないか。

──逃げたいから離れるわけじゃない

そう言って泣いたら、

「なら大丈夫。真菰さんに任せなさい。
世界で一番、安心安全強力な大船だよ?」

と頭をなでてくる手が、自称兄弟だけあって?なんだか錆兎のそれと同じような温かさだった。



こうしてカミングアウトは真菰がするからと言うので任せていたら、翌日の夕方には錆兎のファンの綺麗どころが血相を変えてシステム部に駆け込んできた。

真菰いわく、錆兎の縁談避けに錆兎から提案して、現在はもちろんのこと今後ずっと一定のレベルの生活を保証すること、義勇に一緒になりたい相手ができるまでという条件での入籍、写真も入籍相手がちゃんといると見せかけるために義勇が女装したものだという事にしたのだと広めたということでで、そんなので本当に矛先がかわせるのかと思ったら、なんと思い切りかわせたらしい。

びびる義勇の手をガシっと掴んで

「義勇君、錆兎さんをよろしくねっ!しっかり見張ってねっ!
怪しい女とかうろついたら、言ってね!あたし達が全力で追い返してあげるからっ!!」
と、勢い込んで言ってきた。


彼女たちはどうやら、自分以外の女に取られないように、牽制のために義勇に錆兎の側にいてほしいらしい。

それとは別に、そういう意味では今まで錆兎にも義勇にも特に近寄ってきたりはしなかった、美女軍団よりは若干地味めの女性達が、

「お似合いだと思うっ!二人のこと応援してるねっ!!」
と、キラキラした目で言ってきた。

男性社員達はみんなの兄貴的な錆兎が、なんだか可愛い新入社員に弱みを握られて尻に敷かれている図というのが面白いらしくて、錆兎の嫁さん怒らせて離婚されたら人生終わる発言をネタに楽しんでいる。


女装に関しても、今度、真菰が男装で女装した義勇と一緒に男女を超えた美しさをテーマにポスター撮りをするということもあって、からかわれることもなく、驚くほどあっさりと色々なことが社内で当たり前に受け入れられた。



こうして平和な一日が終わって週末。

もうバレても問題がなくなったのもあり、週に1日は錆兎の希望でお姫さんになって過ごしているので、帰宅後、ドレスに着替えて夕食を摂る。


メインは義勇のリクエスト通りシュニッツェル。
サクッとした衣を噛みしめると、中から子牛の肉のジューシーな肉汁がじわっと口に広がる逸品だが、グラスに注がれた赤紫の液体を口にして、アレ?と思った。

いつもなら週末の夕食の飲み物はアルコールなのでてっきり赤ワインかと思ったら、グレープジュースだった。

グラスを手に一瞬止まる義勇の肩を少し抱き寄せて、そのこめかみにちゅっと軽く口づけを落とすと、錆兎が言う。

「今日な、久々にギルドの面々とギルドイベントやろうって事になっているんだ。
だから、飲みたかったら0時過ぎてログアウトしてからな」

そう言われて、なるほど、と、思う。


義勇がユウでインした時にはそんな話聞いていなかったが、義勇はこのところ仕事に必要な勉強が忙しくて毎日インしていたわけではないので、いない時にそんな話になって、ウサに言えばユウに伝わるということで、言われなかったのかもしれない。

「じゃ、今日はお菓子持参で錆兎さんの部屋?」
「だな。食器片付けたら悪いけどタンブラーに紅茶淹れてもらっていいか?
あれだけはお姫さんが淹れたのが一番美味いし」
「わかりましたっ!じゃあ錆兎さんはPCセットしておいてくださいね」

と了承して、義勇は食後にお姫さん仕様の真っ白なフリルのエプロンをつけて、鼻歌交じりでキッチンへ。

錆兎が焼いておいてくれた菓子は大きな物は切り分け、小さな物はそのままで大皿に並べ、見た目も綺麗に整える。

そうして9時少し前にそれらが乗ったワゴンを押して錆兎の部屋のドアをノックした。

「錆兎さん?入りますよ?」
と、声をかけると、ノブに手を伸ばす間もなく、錆兎がドアを開けてくれる。

それに礼を言って、ベッドラックに並んだ二台のPCの間に菓子を、紅茶が入ったタンブラーはそれぞれPCの外側においた。

「あウサさん、もうインしてたんですね」
と、すでにゲームにログインしている錆兎のキャラを横目に、自分もログイン。

すると一応週末なこともあるのか、ギルドメンバーがほぼ勢揃いしていた。

『ごきげんよう。全員集合って珍しいですね』

ユウでログインして挨拶をすると、みんな口々に挨拶を返してくれる。
そのやりとりが一通り終わると、ノアノアがユウの部屋を訪ねてきて、

『これ、みんなで素材を集めて合成スキルの高い俺が作ったんだぜ。
受け取ってくれ』

と、トレードされて、なんだろうと思って受け取ると、なんとドレスだ。

『え?え?ドレスですか?』
と驚いている間にまたトレード。

今度はヴェール。


それらはイルヴィス婚をすると無料でもらえる物と同じデザインで、しかし普通に作るには希少な素材と高い合成スキルを必要とする。

何故そんな物を??と驚いていると、どんどんトレードされる、靴、花束、アクセサリ。

『全部つけてみてくれや』
と言われて

『え?でも
と戸惑うが、

『頼むから』
と言われて、おそるおそる全てを身につけると、ほぼイルヴィスウェディングの花嫁の格好だ。


『じゃあ、ついてきてくれ』
と言われて飛ばされるパーティの誘い。

促されるまま外に出ると、ノアノアはいきなりワープする。
そしてついたのは空中庭園というダンジョンの入口あたりにある空の神殿。

扉を開いて中に入ると、いきなり鳴らされる大量のクラッカー。

『ええ???!!!』

飛び散る紙吹雪の向こうの祭壇の前には、胸元に大きな十字架の模様の入った神父っぽいヒーラーの長衣を着たメンバー。

そして…その前にはやはりまるでイルヴィスウェディングの花婿のような格好をしたウサがいて、ユウに向かって手を差し伸べた。

『さあ、花婿が待ちくたびれてるぜ?』

と、ノアノアに促されて、バージンロードを歩く花嫁とその父よろしく、ノアノアに付き添われてウサの元まで行くユウ。

ウサの隣までたどり着くと、クラッカー第二弾。

『これは一体……
と、周りを見回すと、

『サプライズウェディングだよ。
イルヴィスウェディングのように公式のものじゃねえけど、ギルドメンバーみんなで二人の門出を祝えたらなぁと思って、手作りの結婚式をあげようとみんなで色々頑張ってみたんだぜ?』

「俺達が籍入れたの知って、リアルで集まることはできないから、せめてネットで祝いたいって言ってくれたんだ。
で、どうせならお姫さんには秘密にしてサプライズパーティにしようってことになった」

と、リアルで隣の義勇に告げる錆兎。

大勢の友人に祝福された結婚式……
それは全てが丸く収まっているリアルでも望めないことで……

絶句している義勇。
ディスプレイの向こうのユウは無言で硬直。

『誓いの言葉、始めて良いですか?』

との神父役のメンバーの言葉に錆兎は苦笑して

『ちょっとだけ待ってくれ。
お姫さん、リアルで感極まってボロ泣き中だから』
と、キーに指を滑らせると、義勇を抱き寄せて、涙を拭いてやる。

「ネットってな、匿名性があるから、良くも悪くも本音が出るんだよ。
嫌なら縁切ってしまえば良いから、リアルでは絶対に口にできない暴言を吐く輩も多ければ、こうやって損得勘定なしに、心から祝いたい気持ちを持って祝ってくれる奴らもいる。
社交辞令の必要ない世界で、あいつらは年齢、性別、職業、全部関係なしに、俺とお姫さんは本当にお似合いだと思ってくれているんだ。
俺らは確かに祝福されるだけのお似合い夫婦ってことなんだよ」


そう言われてまた涙が溢れ出て、中断すること10分。
なんとかキーボードが打てるくらいに涙が止まったところで、

『おーけぃ、そろそろ永遠の愛を誓えそうだ』
という錆兎の言葉で、式が始まった。

永遠の愛を誓ったあとに二人はディスプレイの向こうとリアルで口づけ。


そして……

こうしてオンライゲームで知り合った二人は、花婿がストーカーに悩まされる花嫁を助けた事で距離を縮めそしてオンライとリアルでこうして結ばれたのでした……

って、やっぱりリアル結婚式でスピーチしたいよなぁと、ディスプレイの向こうで同じ場所に集いつつ、つぶやく魔法使い。

リアルでは魔法使いになれる条件をとっくになくしているが、オンラインゲームでのクラスは魔法使いの男がそうつぶやいて、この物語は幕を閉じたのであった。

──完──


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