寮生はプリンセスがお好き8章_02_アクシデント

「ほら、お姫さん、これも美味いぞ」
と、ギルベルトがプレートに綺麗に取り分けた料理を彼のプリンセスの小さな口に楽しげに放り込んでいる様子を見て、香はホッとした。

そう、今回アルが勝手に彼のプリンセスを巻き込んだことで、翌日の学校で香は彼にめちゃくちゃ怒られたからである。

まあ、プリンセスの身の安全を第一に考える寮長カイザーとしては当たり前の反応だ。
しかもそれを超えたレベルでギルベルトは自寮のプリンセスを溺愛しているからなおさらである。

それに対しては香はもう平謝りをした。
学校外で他寮の人間が、寮長がきちんと安全を確保したもの以外にプリンセスを連れ出そうとするなど、下手をすればその寮に対しての敵対行動と取られても仕方がない。

金狼寮はプリンセスがもう絶望的にプリンセスではないこともあってベストプリンセス争いからは遠いので、少なくとも銀狼寮と対立したり攻撃したりという無駄な事はしないと公言していたこともあって、これは重大な裏切り行為だ。

もちろん例え勝ち目がなくても参戦しても良いのだし、化かし合いも上等な環境ではあるのだが、金狼寮の寮生の総意、そのプリンセスの立場であるアルフレッドの意志、そして何より香自身の意志として銀狼寮…特にギルベルトを敵に回したくはない。

正直むしろその傘下になれるなら傘下に入っても良いと思っているくらいだ。

なにしろ香の一番は寮の勝利よりアルフレッド個人の身の安全を図ることにある。
そしてそのためには信頼出来る上に強い味方が欲しい。

そういう意味では元騎士を発端とする貴族の家柄で武術に長け校内屈指の強さで他の追随を許さないうえに、人柄的にも信用のおけるギルベルトは誰よりも適任だ。

というわけで、絶対に嫌われたくはない。

なのでとにかく謝って謝ってそして言った。

自分の側も可能な限り銀狼寮のプリンセスの身の安全は図るし、なんならそれによって彼の養い子であるアルフレッドのためにもなるのだと、今回の船旅で同席予定の王大人にも特別な配慮を願い出ると。

それで少し怒りが緩和したようだ。

彼曰く、銀狼寮のプリンセスは一般家庭の出身で後ろ盾がないため、その安全を軽んじられる傾向にあることを心配しているらしい。
だからお姫さんに何かあれば、バイルシュミット家が全力で動く事を内外に知らしめている最中で、そこに王財閥も加わってくれると言うなら、ということらしい。





こうして1週間後、船旅の当日を迎えた。

彼のプリンセスが初めての船旅を満喫していることで、おそらくギルベルトの怒りは完全になりを潜めたようで香は心の底から安堵する。

プリンセスの自覚も、プリンセスという存在が与える影響についての知識や気遣いも全くない自寮のプリンセスであるアルフレッドはスーツ姿だが、そこはきちんと自覚のある今回同行した銀狼と銀竜の二人のプリンセス達は、例え校外にいてプリンセス稼業が本来はオフな時間だとしてもきちんとプリンセスらしくドレス姿だ。

どうやら二人して今日のために色違いで用意したらしい淡いピンクと白のワンピース。

二人共校内でも小さく華奢で愛らしいと評判のプリンセスだ。
声変わりもまだなのもあって、そんな姿をしていると、外部の人間にはおそらく本物の少女にしか見えていないだろう。


船にはもちろん自分達だけではなく乗客は数百名にも及び、食事の会場もいくつかに分かれている。
年齢別ということなのだろうか、香達の広間はわりあいと若いあたりが集まっていた。

当然そこには王の姿はないが、乗船してすぐ船員から『我は仕事で少し部屋にこもるから、21時くらいになったら部屋にくるアル』
という王のメッセージを託された香は、それまではそれぞれ食事を楽しんでもらおうと思い、それを告げた。

21時までだねっ!しっかり食べないとっ!!」
と、目を輝かせるアルフレッド。

彼のしっかりは恐ろしい。
せっかくここまで摂生させたのが一気に無駄になりそうだ。
王大人のそのあたりのこだわりのなさには本当に泣かされる。
と、そんな事を思い、ため息。

それでもこれが一族の主の意志なのだとすれば、アルフレッドに食うな!とは言えない。
休暇が終わったら筋トレのメニューを増やそうと、香は頭の中で予定を組み立て始めた。


そしてそれとは別に、銀竜寮組は良いとして、銀狼寮組のご機嫌はチェックしておく。
今回の旅行に乗り気ではなかったギルベルトの機嫌だけは損ねたくない。

が、杞憂だったようで、彼の大切なプリンセスが楽しんでいる時点で彼も楽しいらしく、機嫌が良さそうだ。

食事はバイキング形式だが贅を尽くしたもので、崩れやすいもの、取りにくいものは、係の者がとりわけている。

そんな中で彼のプリンセスのお気に入りは金魚や花など可愛らしい形をした点心の数々らしく、銀竜寮のプリンセスと二人で各々の護衛役の寮長を従えて、俗に言うキャッキャウフフをしていた。
良家の子女の図そのものである。

同じテーブルにいても一人で皿に目一杯積んだ料理をものすごい勢いで胃に流し込んでいる自寮のゴリプリとはすごい違いだと、香は半分諦めて苦笑した。
しかしそれについてはもう割り切って、自分も滅多には食べられない高級料理に舌鼓を打つ。

この時点でも香は何も疑問を感じていなかった。
本当に自分でも不思議なくらいで、後に思い出すとあまりの危機管理のなさにこの時の自分を殴り倒したい気持ちになるほどである。



それでも食事も半ばとなった頃、香はふと違和感を感じた。
何か嫌な感じ

ちょうど外でポツリポツリと降り出した雨が激しくなって、嵐のようになってきたせいだろうか

雷まで鳴り出して、プリンセスたちはそれぞれカイザーにしがみつく。

何か不吉の予兆のような空気だと思ったのは正しかったようだ。

それから少しして、ドン!!と衝撃がある。
広間の電気が明滅した。

あがる悲鳴。
ここで香は初めてアルフレッドのカバーに入る。

…と言ってもこの状況でも彼は食べ物を放すことなく、ただ視線だけせわしなく動かしていたのだが…。

──…どうなってるの?
と、不安げに呟いたのはフェリシアーノだ。

──雷でも落ちたのかな?
と、彼の護衛役の銀竜のカイザー、ルークは自身もどこか心細げに首をかしげる。

ギルベルトは無言。
怒っているのかと思いきや、何か考え込んでいるようだった。

そんな状態で数分も経った頃、ようやく明かりがつく。
バタバタと慌ただしく係員が行き来していて、その中でもおそらく現場の責任者であろう男性が、皆様と、広間にいる客に向かって呼びかけた。

「大変申し訳ございません。
この嵐で避雷針が折れたところに雷に直撃され、当船はエンジン部分に深刻な被害が出ております。
復旧の見込みはたたず一部浸水の恐れもございますので、速やかに救命ボートの方にお移りいただければと思います」

……と、その言葉にざわめく室内。
小さな悲鳴もあがる。

「救命ボートは人数分ございますが、一斉に詰めかけると危険ですので、一部の要人を除いて、お若い方から順にご説明ご案内をさせて頂いておりますので、どうかお静かに移動をお願いできればと思います」
と、その言葉にシンとする室内。

ここで騒いで他の広間に知られることとなれば、避難が遅れるだけでなく混乱が起きて危険が増すということを暗に言われている事に、皆さすがに気づいたからだ。

──香、ちょっとだけお姫さんを頼む
と、そこでギルベルトがアーサーを香に託して少しその場を離れて、やがて戻る。

そして戻ってすぐくらいに広間から客室、客室から甲板への移動が始まった。



救命ボートが用意されている甲板に出ると、船の一部から煙が出ているのが見える。
遠洋航海用の船ではないので救命ボートも大きいものではないが、それでもおそらく定員30名くらいのものだろうか。
それに客室に寄って取ってきた最低限の手荷物を積むために余裕を持って20数名乗船し、乗り終わったボートは海へと降ろされた。

ボートには念の為にと一人ずつ船員が乗船していて、雨避けと防寒にと船を覆ったブルーシートの合間から外の様子を伺っているが、他の乗客達からは外の様子は見えない。

まあ見えてどうできるものでもなし、不安を煽られるようなものは見えない方がいいとの配慮なのだろう。

確かにプリンセス達とそのほか数名乗っている女性陣は青ざめた顔をしていて、その一部はそれぞれの連れにしがみついて震えているので、ある意味その気遣いは正しいものなのかもしれない。

「お姫さん、俺様がちゃんと天候まで気をつけとくの忘れてたから心細い思いさせてごめんな?」
と、寒くないように自分のコートの中に抱え込んだアーサーを見下ろしながらそう言うギルベルトのちょうど横では、

「アデル、吾輩がきちんと天候を確認して安全確保に務めるべきだった。すまないのである」
と、なんだか同じようなことを言いながら小柄な少女に自分のコートを羽織らせて言う青年。

「いいえ、天候が悪くても船の故障までは予測がつきませんし、お兄様のせいではありませんわ。
それよりお兄様、ご自分のコートはご自分で着て下さいまし。
お兄様がお風邪をひいてしまいます」
と、言う少女はどこか青年に似ていて、言葉からすると兄妹らしい。

少女の方はとても愛らしくて、気遣い合う兄妹の微笑ましい様子に、アーサーもギルベルトも思わず笑みがこぼれてしまう。

妹の方はアーサーとさして変わらないほどだが、兄の方はギルベルトほどには大きくないため、体格差的にアーサー達のように相手のコートに一緒にということは難しいようだ。



船内に響き渡るシートに叩きつけられる雨の音。
それが今の緊急事態の深刻さを耳から直接心のなかに叩きつけてくるようで、どうにも気持ちが沈んでくる。

そんな中、アーサーはふと思い出して船から持ち出したカバンの中をまさぐった。
そして中から出したのは色とりどりのまあるいキャンディの袋。
薄暗い中で準備の良いギルベルトが持参していた懐中電灯で照らしてくれたそれはふんわりと明るく浮かび上がって、憂鬱な気分を少し癒やしてくれる。

「ギル、口開けて?」
と、声をかけて開けたギルベルトの口に取り出したメロン味のグリーンのキャンディを放り込むと、自分自身の口にはイチゴ味の紅いキャンディを放り込む。
その上で銀竜寮組、ルークとフェリにもそれぞれ勧め、もちろん金狼寮の香とアルにも。

そしてこうして少人数でボートに乗って初めて気づいた、どうやら同じクルーズ船の旅を楽しんでいたらしい自寮の寮生3人組にも勧めてみたら、──プリンセスからの賜り物なんてっ!!と、随分と感激される。

そうして身内に一通り勧めた後、アーサーは隣の兄妹にもニコリと
「もし宜しければいかがですか?」
と、勧めてみた。

その言葉に妹は少し目を見開いて、次にほわりととても可愛らしく微笑む。
そうして少し嬉しそうに兄を見上げると、厳しい表情だった兄の方も少し表情を柔らかくして
「うむ。頂くと良い」
と、妹に頷いたあと、
「気遣い感謝するのである」
と、妙に堅苦しい言い方で、それでもこちらに頭を下げた。

「ありがとうございます。
では、わたくしとお兄様の
と、楽しげにキャンディに手を伸ばす妹。

グリーンのキャンディを2つ取ると、
「お兄様、お揃いです」
と、嬉しそうにその一つを兄に手渡した。

言うことやることがいちいち微笑ましくも可愛らしくて、
「仲がよろしいんですね」
と、思わずアーサーが声をかけると、妹の方が
「はいっ。お兄様はとても優しい方で大好きなのです」
と、笑顔で頷く。

こうしてなんとなく知り合いになった兄妹。
兄はバッシュ・ツヴィンクリ、妹はアーデルハイド。

アーデルハイド、アデルは話していくうちにアーサーと同じように刺繍を始めとした手芸が趣味とわかって、二人で色々盛り上がる。

それにフェリシアーノも加わって、そこだけキャッキャウフフのお花畑。
それぞれの連れだけではなく、周りがみんな和やかな目でそれを見ていた。

可愛い……
ああ、可愛いな)
(なんだかあの一帯だけふわふわと花が飛んでる感じだな)
(連れの3人のうち2人の目つきがめちゃ怖いけど……

などというつぶやきが漏れるなか、ギルベルトはふと思い立ってアデルの兄、バッシュに声をかけてみた。

「ぶしつけな質問で申し訳ないがツヴィンクリって警備会社のツヴィンクリと何か関係があるのか?
あ、ちなみに俺はドイツのバイルシュミット侯爵の嫡子なんだが

「ああ、吾輩はツヴィンクリの会長の孫で、父が早逝しているので跡取りである。
バイルシュミット侯にはよく我が社員を使っていただいている。
今後もよろしく頼むのである」

ギルベルトが知っているツヴィンクリは古くから続く傭兵や武器の手配を生業とする会社で、その質の高さからバイルシュミット家も数百年に渡る付き合いをしている。

なるほど。
若く見えるのにやけに隙のない身のこなしだと思えば、そういうことかと、納得。

とりあえず嵐が通り過ぎるまでは何も出来ず、時間は嫌になるほどある。

なのでふわふわとお菓子と刺繍とぬいぐるみの話で盛り上がるお姫様達の横で、2人は武器の話に興じ始めた。



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