寮生はプリンセスがお好き8章_08_血塗られた男

ガサガサガササっ!!!
と、草をかき分けてくるその音に、最初に気づいたのは香だった。

風に乗って漂ってくる血の匂いに、香は上着の内側に仕込んでいた鉄でできた三節棍を手にとって構える。
その動きでギルベルトも近づいてくるそれに気づいて大振りのナイフを構えた。
残るフェリシアーノはギルベルトの後ろへ。


そうしてちょうどそれが近づいてくる方向、海岸方面に移動すると、そちらから血まみれの男が髪を振り乱して走ってくる。

伸ばされる手。
それに思わず悲鳴をあげかけるフェリシアーノ。

香とギルベルトはそれぞれに武器を構えるが、

──た、助けてくれっ!!
と発せられた声で、それが海岸に戻った青年の1人であることに気づいた。


「どうしたんだっ?!もうひとりはっ?!!」
と、ハッとして辺りへの警戒は香にまかせて、自身の武器は収めて駆け寄るギルベルト。

その騒ぎに他の小屋からも皆が顔を出す。


その中には非常時と見てアデルとアーサーとモブースを起こしたらしいバッシュもいて、フェリシアーノは皆が出てきたどさくさに紛れてアーサーのもとに。

それにバッシュが問いかけるようにギルベルトに視線を向けるので、大丈夫だからそのままにしておいてくれと言う意味を込めてギルベルトが頷くと、

「アデル、ここで4人待っているのである」
と、小屋の入り口に4人を置いて、自分はギルベルト達の方へと駆け寄ってきた。


「ギルベルト、どうしたのであるかっ」
と、バッシュから声をかけられ、

「わかんね。
今、香と今後について話しあってたら、いきなりこいつが飛び込んできて助けを求められたとこだ。
話はこれから聞く」

そう言いつつ、ギルベルトは青年に手を貸して荒縄のこちら側に招き入れると、青年はボロボロ泣きながらついてくる。

辺りを漂う血の匂いと薄暗闇に浮かぶ血だらけの姿。
それに怯える女性陣は近づけないほうが良いだろう。

そう判断して、ギルベルトは自分達の小屋にはアーサーとアデル、それにフェリシアーノと同室のアンを集めてルークとモブースを護衛に、カップル二組+ボブは一つの小屋なのでそのまま小屋に待機するように指示したが、そのうちの一組の女性が事情がわかるまで待つ方が怖くて嫌だと言うので、そちらはCPで参加で、もう一組のほうだけギルベルト達の小屋の待機組に追加とあいなった。

こうして待機組以外は中央の東屋に集合。
逃げてきた青年は怯えて混乱してはいたが、衣服が破れていたりはしないので、どうやら怪我はなく血は本人のものではなさそうだ。

「…それはあんたの血じゃないよな?
もうひとりの方の血か?」

とりあえず聞きたい事は皆たくさんある。
だが青年は動揺しすぎていて話せそうにない。
だからギルベルトは皆を制して二択で答えられるように淡々と質問をしていく。

まず最初の質問に青年は頷いた。

それで助けに行ってくれと言わないと言うことは死んだということかと脳内補完をして、ギルベルトは可能性を探る。

「あんたが殺ったわけじゃないよな?」
と言う言葉にも頷く。

まあ自分で殺したなら助けを求めてはこないだろう。

「獣か何かに殺されたのか?
それとも人間か?」

少なくともギルベルトが森を探索した限りでは、大型の獣の餌になりそうなくらいの大きさの動物はみかけなかったがと思いながらも聞くと、青年は大きく目を見開いて叫んだ。

「化け物だっ!!獣でも人間でもないっ!!」

化け物?」
怪訝そうに眉を寄せるギルベルトの周りで、他の面々がざわめく。

「化け物だっ!!なんか気味の悪い緑色でっ腕がすげえ長くてっっ!!
あいつ、喰われたんだっ!!!」

泣き叫ぶ青年。
まわりであがる悲鳴。

そして顔を見合わせるギルベルトと香。

緑の体で腕が長くて……それは昼間にドーム型の建造物の中で見た絵に描かれていた謎の生物の特徴だ。

夕方にここに移動してきた時にこの東屋で全員に撮ってきた写真は見せたので、何人かは思い当たったようである。

「まさかあの壁画の?
いや、でもバケモンなんて本当にいんのかよ!」

とりあえず青年が逃げてきた海岸側に面した方向は、バッシュとルークが残って警戒を続けている。
だが全員の視線が不安げにそちらに向けられた。

ガサガサっと風が草木を揺らすたび、ビクッと皆に緊張が走る。
そこにずっと聞こえるウォォォオーーーンという音が響いて、中には恐怖で耳を塞ぐ者も出てきた。


とりあえずそいつは獣みたいに武器で倒せたりするのかな
と、どこからともなくあがる声に

「倒せたとしても誰が倒すんだよっ。
相手は人を喰う化け物だぞ」
と、別に誰かが答える。

これは本当に化け物なのだろうか
前の寮対抗イベントの鎧のように、そう見せかけた何かではないんだろうか

ギルベルトは考え込んだ。

少なくともその化け物について描かれていた建造物に関しては、そう新しいものではなかった。
蔦の絡まり方、苔の生え方そして建造物の少しかけた部分の劣化の様子どれをとってみても偽装とは思えない。
本当にかなりの年月の経ったもののそれだと思った。

現実主義者のギルベルトからすると、人外の化け物というのもにわかには信じがたいところではあるが、少なくともあの壁画が描いているように、この島には人外に見える何かがいるのは確かなのだろう。


とりあえずもしそいつが追ってきたらどうする?」
と、1人が言うと、あたりがまたざわめいた。

そしてその中で1人が
こいつが血の跡とか残しながらここに来たから、この場所も化け物にみつかる可能性があんじゃね?!」
と言い出したあたりで、さらに大騒ぎになる。

「どうすんだよっ!!勝手にここが嫌だって海岸に戻ったお前のせいでみんな道連れかよっ!!」
と、逃げてきた青年に対して掴みかかろうとする面々を止めつつ、香がギルベルトに視線を向けた。

そこでギルベルトが
「うるせえっ!!!」
と、叫ぶ。

「今言っても仕方ないことで騒ぐなっ!!
もし相手が本当に人外なんだとしたら、ここの荒縄と御札がそいつに対しての結界か何かなのかもしれないだろ。
とりあえず今晩は相手が追ってくるかどうか、追ってきたら荒縄で止まるかどうかを確認する。
荒縄を超えてくるなら、俺と香で対応。
俺らがヤバそうならバッシュがタイミングみて撤退を促すからそれまでは無駄な体力使うなっ!
こいつが逃げて来ようが来なかろうが、ここは離島だ。
いずれは遭遇しただろうし、それならいきなりよりはそういう奴がいるってわかっただけマシだ。
とりあえず、そいつには誰か着替え貸してやれ。
血だらけでうろつかれたらお姫さん達の精神衛生上に悪い」

大変偉そうに上から言われたわけなのだが、こういう時は命じてくれる人間がいたほうが皆落ち着くらしい。

「あカイザー、じゃあ俺の着替え持ってきますっ。
とりあえず井戸の水で体洗えば?」
と、マイクがそう言って小屋に戻った。

それを合図に桶で井戸の水を組む者、逃げる可能性があるならと、一旦は小屋の中に広げたのだろう、荷物をまとめに行く者と、それぞれが必要なことをし始める。

その様子に香が、ふ~っと大きく安堵の息を吐き出した。

そして
「さすがカイザー。一時は化け物以前にここで殺し合いかと思った
と言うのに、ギルベルトは
「お前もカイザー(寮長)だろ」
と、答える。

が、それに対しては
No,No!俺はお城の雇われ店長で器じゃねえから」
と、香は苦笑した。

「命令するように育ってねえし?
たぶん俺が命令しても皆聞かない。
命令を聞くのは命令をすべく生まれ育ってるやつの命令だけな。
You See?

言われてギルベルトは少し困ったように眉尻をさげた。
出来ればあまり抱え込みたくはない。
アーサーの身の安全を図ることだけに集中をしたいのだが、どうやら周りはそうもさせてはくれないらしい。



こうして血のついた服を脱いで体を洗い、マイクの服を着てさっぱりした青年は震えながらも東屋のベンチで休んでいる。


──な、ギル

二人していつでも飛び出せるように海岸の方を睨むように見ていると、唐突に香が口を開いた。

──なんだ?
──例の化け物な
──おう。
──たぶん武器じゃ倒せない
──…っ?お前正体知ってんのか?

飽くまで隣にいる互いにしか聞こえないトーンで淡々と話していたのだが、わずかにギルベルトの視線が揺れる。

それに敢えて他の注目を浴びないようにと香は笑みを浮かべて続けた。

──…第六感とか虫の予感とか本当は信じてねえし不本意な感じだけど
──…ああ?
──ここに来る前、夢で見た。
──夢?
──ん。なんか気味の悪い緑色の腕が長いバケモンと戦ってたんだけど、急所に突き入れて頭割っても生きてた
──マジか
──ん~。ただの夢にしては特徴一緒すぎて壁画を見た時から気になってはいたけど
──………

ギルベルトも本来はその手のものは信じない主義だが、上陸する前からギルベルト自身もこの島に対して底しれぬ嫌な空気を感じていたので、否定しきれない。

むしろこうやって得体のしれない化け物について色々聞いてみて、ストンと納得できてしまうものがあった。

しかし納得できたからといって、解決策が浮かぶわけではない。

万が一、香が言うことが本当だったとして武器で倒せないとしたら、見つかったら最後ということなのだろうか

今日漂着して、もしこの漂流が故意でクルーズ船側が隠しているとしたら、バイルシュミット家にしてもツヴィングリ社にしても救助に動くのは今日の午後以降。

そうするとここに辿り着くのは最速でも明日。
遅ければそれこそ一週間くらいかかる。

幸いにして先程までの話だとギルベルト達の他は一般人だ。
巻き添えにしてとことん追求すると考えられるのは、ターゲットのアルフレッドの養父である王を除けば、ギルベルトのバイルシュミット家とバッシュ兄妹のツヴィングリ社くらいだ。

あとは実家はギルベルト達ほどまでではないが、せいぜい銀竜寮組か

もし敵側が化け物をコントロール出来ているとすれば、そのあたりで囲んでいればアーサーも巻き込まれずに済むはずだが、果たしてコントロールが出来ているのかもわからない。

さらに言うなら、香を見捨てるわけにも行かないので、最悪バッシュ兄妹にアーサーを預けて自分はサバイバルだ。

武器で倒せなければ何かで拘束して動きを封じて逃げるくらいしか出来ないのか
まあ自分と香なら持久力もあるしそれも一つの手だが、アルフレッドはそこまで持久力はないし、では抱えて走るかと言っても重すぎる。

「…一応…ウェイト落とすよう朝と晩は食事も気をつけてたんだけど…学校行ってる間に食われたらどうしようもなくて…マジSorry

と、同じことを考えていたのだろう。
隣で香が本当にすまなさそうに太い眉を八の字に寄せた。

「あ~あれはなぁ難しそうだよなぁ
と、ギルベルトは苦笑。

本当にアルフレッドの食欲については、もし自分が香の立場だったとしてもなんとか出来ている自信はない。

「食はもうな、中等部の校舎内はどうしようもねえよな。
だからもし無事帰れたら筋トレさせたらどうだ?
なんなら俺様毎朝筋トレとランニングしてるから、一緒に鍛えてやってもいいぜ?」
と言うと、
「ギルっ!!マジおまGOD!!本気で頼む!!
なんなら俺もトゥギャザーする!!」
と、香がそれに必至な様子で手を合わせた。

「それにはまず、武器攻撃が通じねえかもしれない化け物相手にどうするかだよなぁ
と、最終的にギルベルトが口にした時

──あのぉそのことなんですがぁ……

と、いきなり聞こえてきた声に、ギルベルトは香と二人、驚きのあまりあげそうになる悲鳴を飲み込んで、後ろを振り向いた。

え?ええ??気配に敏いはずの二人なのに全く気配に気づかなかったっ!!!

驚きに鋭くなる視線に、後ろに控えていた3人組は、こちらは、ヒィィッ!!と、素直に小さな悲鳴をあげて一歩後ずさる。

そう、そこに居たのは銀狼寮の寮生3人組である。


すみません、すみません、モブの分際でお二人のお話の邪魔をしてすみません!!

頭を抱えながら謝罪の言葉を繰り返す3人。

香はまだ驚きのあまり3人をガン見したまま固まっているが、ギルベルトはそこは彼らの寮の寮長だ。

「いや、何かあったのか?」
と、なんとか穏やかな笑みというものを貼り付けて尋ねた。

すると、やはり自寮の寮長ということで敬意のような気持ちを持っているのだろうか。
ホワァァとキラキラした目を向けてくる3人。

ギル、まじ寮生に好かれてる的な?
と、その3人の様子に隣でつぶやく香。

そんな中、
「あ、あのもしすでに色々考えていらっしゃったら、本当に余計なことで申し訳ないんですが
と、3人の中の1人、ギルベルトと同じ小屋の寮生、モブースがおそるおそるギルベルトを見上げて口を開く。

「お、俺ら話してたんですけど、ゲームとかだと、結構昼間のアレが敵の倒し方とかだったりするよなって……いや、ゲームと現実は全然違うってわかってんですけど…」

昼間の……アレ……
言われた言葉を繰り返しながら、ギルベルトは脳内でその言葉を消化する。

昼間…ドーム内で見た壁画…か…

「「それかっ!!」」

香と顔を合わせてそう叫ぶと、ギルベルトは

「偉いぞっ!よく思い出してよく気づいたっ!!
さすが銀狼寮の寮生だっ!!
モブなんて謙遜することないぞっ!」
と、くしゃくしゃと3人の頭を交互に撫で回したが、3人は嬉しそうにしながらも、自分達はモブしかも無害で目立たない白モブでいるのが好きなのだとおかしな主張するので、

「そうか~。じゃ、お前たちは白モブ三銃士だなっ!」
と、なんとなくノリでそう言うと、なんだかとても喜ばれた。

その後、そこでギルベルトがスマホを持ち出して、壁画の検証を始める。


壁画は5枚。
スマホで写真を撮った入り口から向かって右の絵から順番に

1. うっすらと黒い影が浮き上がっているピンポン玉くらいの大きさの真っ赤な円形の石の絵
2.その赤い石のようなものからさきほどの緑の化け物が赤い何かに包まれて飛び出してきたような絵。
3.緑の化け物に人が食われている絵
4.人間を追い回している緑の化け物の前に立ちふさがるように飛ぶ蝶の絵。
5.腕を振り上げた緑の化け物に無数の蝶が群がっている絵


これ普通に考えると、赤い石から化け物が生まれて人を喰って、さらに人間を追い回してたところに人間を助けに来た蝶に倒されたとか、そういう感じっすか
と、3人組が話し合って最終的にギルベルトにそうお伺いをたててくる。

確かに
俺、なんであそこから音が出るようになってんのか気になってたんだけど、もしかしてあそこに倒し方が記されてるって知らせるためじゃね?
確か幼馴染3人組が蝶塚みつけたって 言ってたし、それ正解的な?」
と、香もそう言葉を添えた。


蝶塚だけではなく、そう言えばこの島はあまり動物はみないが、あちこちにひらひらと蝶が飛んでいる。
それが化け物を倒すキーなのか……

 と、そんなことを考えていたときだった。


来たかも?」
と、香がクンと鼻を鳴らして海岸方向の荒縄のあたりで待機しているバッシュの方に駆け出した。

ガチャッ!とバッシュが銃を構える。
その視線の先の草むらがわずかに揺れた。

二人共気づくのが早すぎだろうっ!と思いつつも、ギルベルトもナイフを手に警戒を強める。

暗い森の中で巨体から伸びたアンバランスに長い腕がガサガサと草むらをかき分けて近づいてきた。

「白モブ三銃士、1人は全員にいざとなったら退避できるように荷物をまとめて置くように伝えろっ!
あとの二人はまだ待機っ!
化け物が荒縄を超えてくるようなら、さらに1人が全小屋に退避のために東屋集合の伝達っ!
残り1人はその後のイレギュラーのためにさらに待機。
実際の退避の指揮は俺が取るから同行しろ!」

ギルベルトの指示に、らじゃっ!とマイクが抜けて駆け出していく。

「あ~最悪俺が引きつけて引き受けるけど、うちのゴリプリよろっ」
と、それに香が軽く手をあげた。

「それでは吾輩とルークは香を援護しつつ撤退。
十分な距離が取れるようなら銃で香の撤退も援護するである」
と、バッシュもそこで自身の動きを確認するように口にする。

そんなやりとりを口早に交わしている間も、謎の巨体はズルリ、ズルリ、と、近づきつつあった。

フシュー、フシューと声だか息遣いだかが漏れる口からは、茶色く変色した血をこびりつかせた牙と、長細い赤い舌がのぞく。

生臭い匂い

近づいてくるほど高まる悪寒。
この島にたどり着いた時に感じた漠然とした不安はまさに目の前の存在のために湧き上がったものだったのだと、ギルベルトは思う。

プシュッ!プシュッ!とバッシュがその眉間にあたる部分を撃ち抜くが、打たれた衝撃で一瞬足が止まるものの、すぐ何事もなかったように進んでくる。

ずるり…ずぅるりと敵が進む分、いざとなった時に退却できるよう少しずつ後ずさるバッシュ。

ルークもバッシュからの借り物のナイフを手に、バッシュに合わせて後ずさった。

そうして荒縄まであと1mほどに迫ったあたりで伸ばされてくる長い腕。
長く鋭い爪は血で染まり、抜けた人間の髪のようなものが絡まっている。

その様子にこの化け物と対峙した大学生組の1人が喰われた図を想像したのだろう。
ルークが青ざめて後方に駆け出していくと、どうやらもどしているような声が聞こえた。

よどんだ緑色の顔に2つ開いた穴には眼球はなく、暗いのもあってよく見えないのだが、ただ穴が開いているだけのように見える。


そうして移動しつつ前方に伸ばした手は、しかしちょうど荒縄の位置で止まった。
まるでそこに壁でもあるように、髪が絡みついて血だらけの赤い手で虚空を撫で回していたが、やがてそこを叩きつけるように、手を前後に振る。

すると不思議な事に何もないはずの場所から、固いものを叩いたように、バン!バン!と音がした。

そこで香が少し肩の力を抜いて
「やっぱこれって結界っぽ?」
と、息を吐き出して言う。

それにギルベルトも
みたいだな……
とりあえず、様子見か
と、大きく息を吐き出した。



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