ツインズ!錆義_06_義勇視点-満員電車は危険がいっぱい


義勇達の学校は今日は開校記念日で休みだが他の学校や会社員には当然ながら全く関係ないので駅は通学や通勤の人でごった返していた。

そんな人混みに揉まれながら、普段学校へ行くときはアオイと二人でくぐる改札を今日は一人でくぐる。

ラッシュの人混みで義勇にことさら注目する人もいない。
そのことが女装していることを周りに気づかれるのが怖い義勇をホッとさせた。


それでも早くアオイと合流したくて駆け足で階段をあがり、ホームに来た電車に飛び乗ると、ぎゅうぎゅうと人の波に押されて、奥へと詰め込まれる。

相変わらずの満員電車。
慣れたそれにどこか心細さを感じるのは、普段は隣にいる片割れがいないこと以上に、今の格好に起因している気がする。

可愛い服を着るのが楽しかったのは確かだが、外に出るのはやっぱり怖い。
男だとバレたなら本当にただの変態扱いだ。

女の子なら男の格好をしていても許されるのに逆は引かれるのは不条理だ。
そう思うものの、それを主張する勇気はとてもではないがない。

まあ、ここまで人が多いと義勇のことを気にする相手もいないだろう。

と、思ったのは甘かった。


最初は気のせいかと思った…
揺れた瞬間、後ろから誰かが密着してきた気がしたが、何しろ満員電車でのことだ。
わざととは限らない。

ところが次の揺れで後ろから抱きつくように回される手。
尻に何かがあたる感触
押し付けられているものは同性だからこそわかる。

はぁはぁと荒い息。

え?まさかちかん??!!!

普段あきらかに男の格好をしていてもしばしば遭うのだが、こんな女装をしているときにまでと、義勇は青くなる。

パッドを入れた胸元をケープの上から掴まれた程度だが、これいくらパッドを入れていてもブラウスごしに触られたりとか、下半身に手がいったりしたら、さすがにバレるんじゃないだろうか……

そう女装していることがバレたら……

ちかん自体よりもそれが恐ろしくて義勇は青くなった。

そもそも普段はちかんがいてもアオイが注意してくれていたので、どうして良いのかもわからない。

どうしようどうしようどうしよう……

下手に注意して逆上させて掴みかかられた拍子に女装がバレてなんて事になっても目も当てられない。

とりあえず次が降りる駅なので、そこまでなんとかやり過ごせば良い

そう思ってうつむいて唇を噛み締めてときがすぎるのを待っていたが、そんな時に限ってとんでもない事が起こるものである。

ガタン!と大きく揺れる列車内。
止まる電車。

そして無情に響き渡るアナウンス。

『ただいま線路内で不審物を発見。確認のため列車をしばらく停止いたします。
皆様お急ぎのところ大変ご迷惑をおかけします』


目眩がした。
もうダメだ……

いつ復旧するかわからないような状況で、このまま触られてたら絶対に男だとバレる。
しかもそれを言いふらされても、この状況では逃げることもできないのだ

そう思うと恥ずかしさと情けなさで涙が出てきた。
死にたいと思う。

そもそもが母親は義勇が可愛らしい趣味を持ったり可愛らしい物が好きだったりするのに理解があったが、父親にはいつも気持ち悪そうな目で見られていた。

なさけない、覇気がないと言われるのは日常で、最後は

──妹のアオイはこんなにハキハキしてて何でもできる子なのに!

で締められるのが日常だ。

体調を崩すたび面倒な子供だと言われ、父親にそういう目で見られること嫌さに体調不良を隠して悪化して入院すると、怒られた。

今回だってこんな格好をしていてちかんに遭ったなんて知られた日には、また父親に気持ち悪いと罵られるのが目に見えている。

もう好かれたいなどというのはとっくに諦めたが、気持ち悪いものを見る目で見られるのは避けたい。

だけどだけど、もう無理だ

色々でいっぱいいっぱいになって、ただ迫る未来に震えていると、そこで急に義勇の胸を触っている手や尻に押し付けられていたブツが離れていった。



え??

驚いて顔をあげると、後方で誰か…──おそらくちかんだろう──、が離れていく気配と、左方向から誰かが近づいてくる気配。

そして…横方向から来たのは…

うあ……すっごくカッコいい……

と、思わず見とれてしまうほどの美青年。

珍しい宍色の髪。
背は義勇より頭半分ほど高く、気遣わしげに見下ろしてくるきりりと切れ長の目は、こちらも珍しい藤色だ。

色合いはそうして派手なのに、顔立ちは凛々しく精悍で、一瞬、満員電車に揉まれている不快感も忘れて見とれてしまった。

しかしその青年に
(…あいつ…もしかして、ちかんか?)
と小声で聞かれたことで、我に返る。

見られてたこんなにカッコいい人に、女装姿でちかんにあったなんてみっともないところをみられてた

そう思うと、一応その質問にうなずきながらも、恥ずかしくてまた涙が溢れてくる。

しかし青年は少し困った顔をしたものの、父親のように嫌悪感を見せるわけでもなく、
「これ…使え」
と、ポケットからハンカチを出して涙を拭いてくれた。

いや、それだけじゃない。

義勇の体を腕の中に引き寄せてかばいながら、

「ちょっとすみません。通して下さい。
気分悪くなった人間いるので」
と、周りに声をかけつつドアのところへ移動。

「ごめんな。本当は座席譲ってもらえたら良いんだけど、この状況では難しそうだからな。
でもこうやってたら変な奴はこないから。
もう少し辛抱できるか?」

そう言うと、義勇をドアを背に立たせて、両側に手をついてスペースを作ってくれた。

なんだ?一体なんなんだ?
見知らぬ相手にここまでしてくれるってどんだけ紳士なんだ!!

もしかして王子かっ?!おとぎの国の王子様かっ?!!

カッコいい。
容姿だけじゃなく、性格までカッコいい!

幸いなのかあいにくというべきなのか、列車はすぐ復旧して動き出したが、駅につくまでの時間は本当に至福だった。

彼はあくまで通りがかりの人助けの域を超えることなく、義勇の名も聞かず、自分の名も言わず、ただ時折、義勇が沈黙に気まずくならない程度に

「ほんと、事故もこんなラッシュ時に起きなくてもいいのにな」
とか、
「この時間は反対方向の電車は空いてて羨ましくなるよな」
とか、あたりさわりのない話題をふってくれる。

そのたび相槌を打ちつつ見上げる顔は、どのくらい見ていても飽きないくらいに端正で、しかも精悍さに溢れていた。

自分が本当に女の子だったならこんな恋人がいれば幸せだなと思う。

漠然と自分が女の子ならと思った事は何度もあるが、それがすごく残念に思えたのはこのときが初めてだった。

そうしているうちにさきほどまでの心細さなんて霧散してしまって、あっという間に駅についてしまう。

そして開くドア。

「…ありがとうございました…私はここで……」
と、名残惜しく思いながらも義勇がそう言ってお辞儀をして降りようとすると彼は一瞬考えて、

「1人で大丈夫か?」
と、声をかけてくれる。

ただ助けるだけじゃなく、アフターフォローもばっちりか。
本当に至れり尽くせりだなと、その気遣いに思わず笑みがこぼれ落ちた。

そして

「はい。…い…兄と駅のホームで待ち合わせているので…」

と、一瞬、妹と口からでかかったのを慌てて飲み込んで、兄と、と言い直しつつもそう伝えると、彼はそれまでは降りる様子もなかったのに、迷わず自分も電車から降りて、義勇に並んだ。

そして
「……?」
と首をかしげる義勇に言った言葉が、

「兄貴と合流できるまでは付き合う。
さっきの痴漢野郎とか別の変な奴とか来たら怖いだろ」
で………

王子様かあぁぁーーー!!!!

義勇は心の中で叫び声をあげた。

いや、少しおこがましいが、この場合はむしろ自分が姫で彼が騎士様なのか?


こうして並んで歩き始める二人。
はぐれてしまうのが怖くて彼が見えるように1歩後ろを歩いていたが、人混みですぐはぐれそうになる。

時折離れすぎないように慌てて人混みをかきわけていると、彼はぴたりと歩を止め、

「あのさ…もしかして人見知りだったりするか?
兄貴いるって事は、男ダメとか言う事もないだろうし…」
と聞いてきた。

ああ、なんか横について歩くこともできない面倒な人間だと思われた?
こんなに優しい相手にそう思われたかもと思うともう泣きそうで、

「ご、ごめんなさいっ…」
と、謝ると、彼はちょっと考えてフッと笑みを向けてくれる。
綺麗で温かい笑み。

どうやらそういう意味合いで言ったわけではなかったらしい。

なんと
「ああ、別に不快とかじゃなくてな。
人多いしあんまり離れて歩いてるとはぐれたら困るだろう?
だから、ほら、どうぞ?
お姫さんの方から掴まるだけだったら、嫌になったらすぐ放して距離とれるから
と、腕を差し出してくれた。

そこまで義勇が負担にならないような距離感というのを考えてくれていたのかと思うと、もう驚くのを通り越して感動ものだ。


こうやって女の子に気遣うのに慣れているくらいに周りにエスコートする女の子が溢れているんだろうなと、少しチクンと痛む胸。

いやいや、おかしいだろ。
別にたまたま親切に助けてくれた相手に彼女がいようといまいと、自分には関係ないはずだ。
そもそも同性だし

そう心の中で慌てて否定しながら、義勇は
「…ありがとう…ございます…」
と、そこは遠慮せず腕を貸してもらうことにした。



その後…無事アオイと合流すると、彼は

「あのな、妹さん電車でちかんにあって泣きそうだったから保護して、ちかん自体は逃げてしまったから、ここまで来るまでにまた粘着されたりしたら危ないし、送って来たんだ。
俺はこれから学校だから、もう行くな?
じゃ、2人とも気をつけてな」
と、アオイに簡単に説明をしてくれて、本当に名も告げずにヒラヒラと手を振って元来た道を走っていった。


そこで義勇も気づいた。

そうだ。彼はちかんから助けてくれただけじゃなく、通学途中にわざわざ降りる予定もない駅で義勇のために降りてくれたのだ

「最初は義勇が赤い目をして知らない男に連れられてきたから何事かと思ったけどいい人だったね。学校間に合うといいね」
と、他人にシビアなアオイも言うくらい良い人だった。

ああ、本当に。
名前の一つでも聞いてお礼すべきだったか

でもお礼なんて良いからと言われそうな気もする。
かっこよかった、優しかった。

通学の電車は一緒だからまた会えたりしないかな
でもその時は自分は自分の制服きてるから無理か……

そんな風に少しがっかりしながらも、義勇はアオイに連れられるまま、開店前のカフェに並ぶのだった。



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