オンラインゲーム殺人事件14_錆兎(8-9日)─冨岡義勇の場合

錆兎はいつも怒っている…でもそれは義勇のためを思ってのことで、その行動はいつも優しい。


このゲームのプレイヤーの1人が殺されて、姉が殺された時の事を思い出して泣いていたら、錆兎が来てくれる事になった。

現金なもので、どんなに気持ちが塞いでいようと、今の義勇にとってはすごくすごく特別に大切な錆兎に実際に会えると思うと、それはそれで楽しみになってしまって、錆兎からの電話でエントランスの鍵を開けて、部屋のドアを開けて待っていた。

エレベータは並んで二台あるが、そのうち一台が動き出す。
錆兎がこれに乗っているんだ…と思うと、ドキドキした。

ランプが1階から2階、2階から3階に移って、チン…という音をたてて止まると、エレベータのドアを凝視する。

開くドア。
まず目に飛び込んでくるのは鮮やかな宍色の髪。

そして…まるでゲーム内のキャラをそのままリアルの人間にしたような、男らしく整った顔。
口から頬にかけてうっすらとある傷さえも、ゲーム内のキャラ用かと思えば実際にあった。

更に言うなら、どことなく感じる頼れる男オーラさえもそのままで、なんだかびっくりしてしまう。


そんな義勇に、即駆け寄ってきた錆兎は
「お~ま~え~は~~~!!!!」
と、若干声を荒げるが、なんだかそんなところも錆兎っぽくて、思わず口元が緩んでしまった。

錆兎…錆兎なんだ…
と、ほわほわとした気持ちでいると、その男らしく大きい手が義勇の腕をつかんで部屋の中へと促すと、後ろ手に鍵をかけた。

そして、こんな時に1人でドアを開けて立っているなんて危ない真似をするなと怒られる。

義勇のことなんか誰も心配していない中で、錆兎だけはそうやって心配して怒ってくれるのが、嬉しい。

その後、休む間もなく、義勇が危険にさらされないようにと家の戸締まりチェックをしてくれて、それが終わってようやくリビングに落ち着いたかと思ったら、今度は義勇が泣いたあとちゃんと水分を摂っているかまで心配してくれる。

出したミネラルウォーターをコップに注いだかと思うと、コップの方を義勇に飲むように差し出して、自分はペットボトルから直接水を飲む。

そんな仕草や態度さえも錆兎は男らしくカッコいい
かっこよすぎてワタワタとしていたら、また、ちゃんと飲め、水分を摂れと叱られた。

錆兎に叱られるのはなんだか心地良い。
大切にされている感じがする。
もう随分と長いことそんな風に感じたことはなかったのだけれど…

水をチビチビ飲みながら、そんな事を考えつつ錆兎を盗み見る。
まず顔が良い。
普通は顔に傷があったりするとどこか損なわれた感があるものだが、錆兎の場合、それを含めて完璧に男らしくカッコいい。

ペットボトルを持つ半袖のシャツの袖から覗く腕はすごい筋肉だし、ひょろっと細い義勇なんかと違って身体全体筋肉質なのが服の上からでも見て取れる。

さぞやモテるんだろうな、カッコいいなぁ…と、思いつつ、義勇と違って交流関係も多いのであろう錆兎がこうやって義勇のために時間を割いてくれるのをありがたく思った。

ましてやこんな時期だ。
リアルで接触を持つのは危険だと言っていた錆兎が、みずからその危険を冒して来てくれた事は本当に嬉しいが、錆兎自身は大丈夫だったんだろうか…

そうしてそれを聞いてみて、返って来た答えは…なんと錆兎は剣道空手柔道の有段者で、それぞれの大会で優勝しているくらい強いとのこと。

うあああ~~~!!!と思った。

ゲーム上だけじゃなくてリアルでもものすごく強かったのか…
感動する義勇に、錆兎はそれを自慢することもなく、あっさり自分のことはどうでもいい、問題はお前の安全だ。明日は防犯ブザーを買いに行くぞと言い放つ。


明日は…という事は、今日は泊まって行ってくれるということだな、と、それが嬉しくてまた顔が緩んでしまった。

その後、買い物のことから普段の食事のことになって、そのことから、よくこんな危機感も家事も出来ない子どもを親は置いていったものだと呆れられた瞬間、現実を思い出して泣いた。

両親は自分の顔など見たくはないと思っているのだ…俺が姉さんを殺したから…と、そんなことを言いながらいきなり泣かれて、錆兎も絶対に困ったと思う。

こんな面倒くさい気味の悪い人間なんて構う気もしなくなるだろう…そう思ったのに、逡巡したのもほんの一瞬で、錆兎はすぐ義勇を慰めるように抱きしめてくれた。

そうして、事情を聞いて良いか?ゆっくりで良いからなどと言うので心底驚く。

本当にどれだけ懐が深い男なんだ。
普通引くだろう…と、義勇本人ですら思うのに、錆兎はそのまま本当に随分と長い時間をかけて語る義勇の話を全部聞いてくれただけではなく、義勇を大切に思っている、自分が義勇の兄ならやっぱり義勇を守ってやりたいと思うし、それで自分が死んだとしても、義勇にはそれを思って悲しむよりも、そうまでして守りたかったのだということを思って幸せになれるよう努力をしてほしい。
と、そんな事を言ってくれた。

今まで他に言われたように、姉の死をしかたのなかったことだとも言わず、ただ自分なら大切な相手にのぞむことを伝えてくれる。

それに随分と癒やされた。

姉さんも…そんな風に思ってくれているのだろうか…
俺は…幸せを望んでも良いのだろうか……


その夜ベッドに並んで寝て、思わずそう漏らすと、夜は強くないという錆兎はウトウトしながらも

──少なくとも…俺は…義勇の幸せを望んでいるぞ…

と、寝落ちる寸前と言った感じの掠れた声で言って、頭を撫でてくれた。




…義勇…義勇、起きなさいね。ご飯できてるから……

懐かしい夢を見た。
朝、蔦子姉さんがいつもなかなか起きられない自分を起こしにきてくれる夢…

台所からは味噌汁の匂い。
パンの時もあったけど、姉さんの作る朝食は圧倒的に和食が多かった。
義勇が姉さんの作るふわふわと甘い卵焼きが大好きだったから…

それに前夜のおかずだった鮭大根を少しだけ朝食用にとっておいたものを添えて貰えれば、朝が弱い義勇でも飛び起きた。


それがなくても優しい手で頭を撫でられて、それに、いつも

──おでこにおはようのちゅうをしてくれたら起きる
と、言うと、

──義勇はいつまでも甘えん坊ね…
と困ったように笑いながらも額に降ってくる優しい口づけ1つで、毎日しあわせに起きられたのだが…


今日もいつものように
──おでこにおはようのちゅうをしてくれたら起きる…

というと、返ってきたのは姉の優しい言葉ではなく、一瞬の沈黙の後のため息。

そして額に唇の感触がしたかと思えば、

──ほら、これで満足か?朝食できてるから起きてこいよ

と、苦笑交じりの言葉と、くしゃりと頭を撫でる姉よりも大きく固い手の感触…



え??と、それで一気に覚醒した。

バチっと目を開けて飛び起きると、そこには男らしく整った顔。

「ようやく起きたか、このねぼすけめ。
顔を洗ってこい。
朝食よそっておくから」
と、驚く義勇を残して、錆兎がくるりと反転して寝室を出ていく。

うああ~~!!!やらかしたっ!!!
と、その後ろ姿を見送って、義勇は恥ずかしさのあまり真っ赤な顔で頭を抱える。

それでも錆兎が食事を待っていてくれると思えば、あまり長く待たせるわけにも行かない。
義勇は大急ぎでパジャマから普段着に着替えると、タオルを持って洗面所に駆け込んだ。



そうして顔を洗ってダイニングに入っていくと、錆兎が味噌汁をよそいながら
「おはよう、義勇。席についておけ」
と、言う。

それに
「おはよう、錆兎…」
と、返しながら、義勇は今日に限ってあんな夢を見た理由を知った。

そうだ、味噌汁の匂いだ。


一人暮らしをするようになってからは、全部レンジで温めるプレートで済ませていたので、そう言えば味噌汁を飲んでいない。

「さ、食ったら店が開く時間までは少し勉強だ」
と、錆兎は当たり前に味噌汁とご飯、塩鮭と香の物、そして卵焼きを並べて言う。

え?と思う。
義勇が自分の疑問を口にする前に、錆兎は言った。

「ランニングをするのに外に出るため、悪いがかかっていた鍵を借りたぞ。
ついでに通りがかりのコンビニで米と味噌、野菜と玉子と鮭を買ってきた。
ああ、台所も勝手に使って悪かったな」

「…それは別にいいけど……」

いただきます、と、2人で手をあわせて食べる食事。
すごく美味しい。
姉さんが作ったものに負けずとも劣らぬくらいには…

「うち…自炊しないから炊飯器なかっただろう?」

そう、包丁や鍋はもしかしたらレトルトを温めたり果物を切ったりすることくらいはあるかもしれないと用意してあったが、飯は確実に炊かないので炊飯器はない。

何故ここに白米がある?と思いつつ聞くと、錆兎は当たり前に

「鍋で炊いたに決まってるだろう。
米1合に水200、それをといで30分。
鍋で沸騰するまでは強火。そのあとは弱火で10分。最後にそれを10分蒸らす。
それだけだ。
炊飯器で炊くより早くて旨いぞ」
などと言う。

それに義勇は驚きのあまり固まった。
米って…鍋で炊けるものなのか…初めて知った。
姉さんですらご飯は炊飯器で炊いていたと思う。

錆兎はすごい、料理までできるのか…すごすぎると思う。

しかも美味しい。
本当に美味しい。
すごく美味しい!!

その感動を思わず口にすると、そりゃあ良かった、と、錆兎が笑う。
いつもの自宅のいつもの朝の時間なのに、そこに錆兎がいるだけですごく温かくて幸せだと思った。


食後…一緒に並んで洗い物を済ませると、リビングで勉強。
ここでも義勇は錆兎に驚かされることになる。

正直義勇は勉強だけは出来る。
なにしろ家族もいないし友人もいない。
趣味らしい趣味もないとなると、もう帰宅後は勉強しかすることがない
だから普通よりは若干偏差値の高い高校で入学以来ずっとトップの成績だった。

…が、まあ勉強というのは暇つぶしなので、それほどそれにかける情熱はない。
そんな気持ちが思い切り表面に出ていたのだろう。
そのせいでさらにいけ好かない奴と遠巻きにされた。

だから勉強が出来るというのは、義勇にとってあまり自慢出来るようなことではなく、むしろ隠しておきたいもので、でも察しの良い錆兎にあとでバレても嫌な思いをさせるかもしれない…と、ハラハラする。

結果…

「錆兎は…勉強はできるほうなのか?」
と、もしかしたら自分を余計追い詰めることになるのではないかと気が回らずに口にすると、錆兎からは

「おそらく日本の現役高校2年生の中ではトップクラスだと思うぞ」
と、またどきっぱり肯定されて、言葉に詰まった。

それは…信じて良いんだよな?
だって錆兎だし。錆兎の言うことは絶対に正しい…
と、戸惑いながらも宗教のように脳内肯定することにしたが、それは本当に誇張ではないと証明される。

「ほら、これが今通ってる学校な。
うちは試験の成績を1位から最下位まで貼り出すんだが、中等部の頃から総合1位から落ちたことはない
と、投げてよこされた生徒手帳。

黒地に金の文字で刻まれている校章の下、綺麗な飾り文字でKaiyoの名。

え……

私立海陽学園高等部…それは幼稚舎から大学まである一貫校で、T大合格率日本一、つまり日本で一番賢い高校と言われている。

そこの…トップ?!!!

もう完全に完璧な人間というのがこの世に存在するんだ…と義勇は言葉も出ないまま錆兎を凝視した。
むかし蔦子姉さんに借りて読んでいた少女漫画の主人公並みの人間が今目の前にいるということに驚きを禁じ得ない。

「錆兎…海陽の学生だったのかっ!」
と、名門学校の名に驚いて顔をあげると、片手で頬杖をつきながら義勇を眺めていた錆兎は笑顔で

「幼稚舎からな。今は生徒会長やってるから、学校に問い合わせればすぐわかる。
ということで、身元はしっかりしてるから、安心しろ」
と、さらに驚くべき情報を追加した。


そりゃあ…そんな人間なら、ネットゲームなんて楽勝だろう。
一気に脱力する思いだ。

「まあ、そういうわけで、普通の高校生レベルの問題ならまずわかるから、宿題でも何でも聞いていいぞ?」
と言われたわけだが、普通よりは賢いとは言っても義勇の通う学校は海陽なんかとはくらべものにならないし、そんなすごい相手に聞かなければならないような宿題は出ない。


「海陽って…やっぱり勉強とか難しいのか?」
「ん~どうなんだろうな?俺にはそれほど難しくは感じないが…」
と、言う錆兎の答えに、心の底から愚問だったと思った。

だってそれを難しいと感じていたら万年トップなはずがない

ああ、でも、そのトップに宿題じゃなくて受験勉強を教えてもらうという手もあるか。
大学のこととかは全く考えたことがなかったのだが、今から頑張れば海陽の大学に行けないだろうか…と、ふと思った。

錆兎と少しでも一緒に居たいから…なんて動機は不純だが、勉学に励みたいからとかそんな純粋な動機で大学を選ぶ学生の方が少ないだろうし、それで良い気がする。

まあ…下手すれば国公立よりも入るのが難しいと言われる日本一レベルの高い私立大を目指す者としては、間違いなく頭がおかしい動機だとは思いもするが……

そんな事を思いながら見上げると、今度は錆兎が逆に義勇に聞いてくる。

「義勇の方はどうなんだ?勉強。
わからないところとかないのか?」

「聖月の2年だけど…学校の…ではわからないところはないな。
海陽とは元が全然比べ物にならないけど、一応学年トップではあるから」

「ほお…」
「意外…そうな顔をされてるか?もしかして」
「いや、悪かった。あまりガリガリと勉強をするタイプにも見えんし、正直、中間くらいかと思ってた」
「あ~…うん。まあ家に帰るとやることないから勉強してたらこうなっただけだし、ある意味その印象は正しいのかも。
でも…ちゃんと受験勉強とかしようかなと…。
今から頑張ったら大学、海陽行けたりしないかな…」

義勇がそう言うと、指先でペンを回していた錆兎の手が止まった。

「…海陽…来たいのか?」
「うん。そうしたら錆兎と一緒にいられるかなと…」
「ふ~ん。聖月レベルのトップなら、なんとか出来ると思うぞ。
なんなら編入するか?
「え??」

「うちは生徒会の力が非常に強い学校でな、下手な新米教師よりも権限がある。
で、生徒会長推薦枠というのがあってだな、生徒会長権限で1任期に付き1人だけ編入試験を受けさせる事ができる。
もちろん試験はあるから果てしのない馬鹿だと無理だが、普通に受けるよりはだいぶ入りやすいし学費免除のおまけつきだ。本当にやる気があるなら、夏いっぱい勉強見るぞ。試験自体は今夏休みだから9月になるけどな」

「や、やるっ!!」
「ん。なら、この夏はゲーム以外は泊まり込み勉強合宿だな。
場所はここで良いか?」
「うん!!」
「じゃ、買い物のあとは俺の荷物と勉強道具取りに、いったん家に寄るな」

錆兎とずっと一緒にいられるなんて、嘘のようだ……


まあ編入の話については9月の試験が終わって結果がでないとなんとも言えない話ではあるが、錆兎が夏休みいっぱい付き合ってくれるのは決定事項だ。

それだけで義勇は幸せだ。

そのあとは錆兎と一緒にメグに提出するフリーメールのメルアドを作って、ちょうど良い時間になったので、2人で防犯グッズを買いに行く。



買い物自体は家を出て商店街を抜け、電車で5駅の少し大きな街へと向かうことにした。
その間も商店街まで出る道で、当たり前に義勇の肩に手を置いて、自分の左側に誘導する錆兎。

改札を通る時も当然のように義勇を先に通し、階段では当たり前に手を取ってくる。

電車の車内はすいていたが、義勇を座らせて自分はその前に立つので、
「座らないのか?」
と聞けば、これまた当たり前のように
「正面の方が義勇の顔見て話せるだろ」
と笑うので、もう顔が赤くなるのを隠せず、困ってしまった。

それが全て自然体なので、きっとそれは錆兎にとってはスタンダードなのだろう。


思わず
「錆兎って…モテるだろ」
と顔を見られないままに言うと、錆兎は珍しくその質問の真意はわからなかったらしい。

「否定はしないけど…男子校だからな?」
と大変複雑な顔をしてみせた。




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