とある白姫の誕生秘話──脱走完了

──メンバーを入れる時も、最初にアリアさんにご意見を聞いたうえで吟味します

ギルドマスターがストーカー化したら、自分を救うために新たなギルドが出来て、マスター本人以外全員移動した……

そんなすさまじい状況に動揺するアーサー。
そこで素直に喜べないあたりが、彼はまだまだ“”になりきれていない、苦労人である。


それからしばらくはレベル上げ以外はたいていギルがついていてくれたので、特にそれについて何か起こる事もなく、平和な時が過ぎていく。

新たなギルドに移って1週間ほどしたころ、たまたま1人で街の競売を覗いている時にケイトに出会って、少し話がしたいというのを断りきれずパーティの誘いを受けてパーティ会話で話した事はある。

普通にギルドメンバーを引きつれて抜けてしまったのだから大激怒だろうと戦々恐々とリアルで身をすくめる中、言われた第一声が

『今日はギルと一緒じゃないの?』
で、少しホッとする。

そして
『ええ、ギルさんはいつもインしてくるのがもう少し遅い時間なので…』
と、答えると、チャットなので音声ではなく文字なのに、ひどくピリピリとした空気を感じた。

『あいつは本当に腹がたつ!
始めから信用できない奴だったけど、私を陥れるつもりだったんだ』

ひぇ…と、いきなり始まる怒りにアーサーは言葉もない。
正直怖い。

刺激もしたくないが、同意もしたくない。
なので、どうしよう…と思いつつ黙っていると、ケイトはそのまま続けた。

『ああ、今はもうアリアには全く怒りとかはないから、安心して。
最初はまるでイスカリオテのユダのごとき裏切りに思った事もあったけど、良くも悪くもアリアは純粋だからね。
ギルみたいな奴が周到に騙そうとしたら騙されちゃっても仕方ないよね』

…怒っていないと言われても、イエスを売り渡した弟子に例えるとか、もう言い回しがすでに怖い。
泣きそうだ…。

と、そんな時、なんともタイムリーに

──お姫さん、もしかしてケイトに絡まれてたりするか?
と、救いの神、ギルから送った相手にしか見えないtellで言葉が送られてきた。


本当に、本当に…何故いつもこんなにまさに居て欲しい時に来てくれるのか、わからない。
わからないが、頼もしすぎて泣けてくる。

…実は……と、一瞬もためらうことなく状況を説明するtellを返すと、ギルは一瞬も間のあと、

──わかった。お姫さん、すぐケイトのパーティ抜けろ。無言で良い
という。

え?ええ??それはいくらなんでも???
と、戸惑うアーサーにギルはさらに

──俺様が全部説明するから、安心して抜けて良い。で、うちのギルドハウスにでも駆け込どけ
と続けるので、言葉通り即抜けして、ワープしてギルドハウスの自室に駆けこんだ。

それからずっと部屋で震えていると、自室のドアがノックされ、ノアノアが入って来た。

最初のギルドの穏やかなサブマスターにして、現ギルドのマスター。
物腰からするとかなり年配のように思える。

「ギルから状況を聞いて、アリアさんの方のフォローを頼まれまして」

にこりとブラックメイジ系がメインのプレイヤーが良く使う幼児のように小さなポックルという種族のノアノアはそう言って自分よりも背が高いアリアを見あげてきた。

ああ、ケイトとのやりとりを引き受けてくれるだけじゃなく、自分のメンタルまでも心配してくれるとか、もう色々至れり尽くせりだ。

どうぞ、と、椅子を勧めるとぴょん!と飛び乗って、ポックル族には大きすぎる椅子の上で足をぷらぷらさせている様子は愛らしい。

それでもなんとなく年上の気がするのは、その穏やかな物言いのためだろう。


「一応説明しておきますね。
今回のギルド結成と移動については、ギルがあらかじめギルの意志としてケイトのアプローチに困っているアリアさんとケイトの距離を置かせるため、私にギルドの作成をさせ、アリアさんを説得の上連れて行ったとギルがケイトに説明しています。
他がついてきたのは自己責任ということで。
だからケイトの怒りのようなものがアリアさんに向かう事はほぼないと思いますので、大丈夫。
今もギルはアリアさんが怯えて可哀想だからという方向で彼を説得しているものと思います。
もともとケイトは困った形ではありますがアリアさんには好意を持っているので、それが一番効果的でしょうしね」

ということで、私と一緒にギルを待って、今日はクエストアイテムでも取りに行きましょうか…と、何でもない事のように言うノアノア。


そしてそれから10分ほど後、戻って来たギルの口から出たのは

「今の状況でケイトが話かけるとお姫さんが怯えるから、要件は俺様を通せと言っておいたから大丈夫。
まあ俺様にはケンケン文句は言ってたけど、お姫さんに怖い思いさせるのは翻意ではないからと、そっちは了承したから安心しな」

という言葉で、それからは本当に一切ケイトに悩まされる事はなくなった。
ここに、最初の逃走は完了したのである。

まあそれは、新しい伝説の始まりに過ぎなかったのではあるが……





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とある白姫の誕生秘話始めから


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