しかしどうやらお茶の時間になっていたらしく、珍しく時間が出来たのか、ティーポットとカップ、それにフルーツの籠やケーキやクッキーの皿を載せたワゴンを持参して離宮に戻っていた王は、バルコニーのドアが開く音にはじかれたように駆け寄ってきて、すっかり血の気を失ったアーサーを見て顔色を変えた。
「ちょっ、寝ときっ!!顔真っ青やっ!!」
と、アーサーをベッドにうながすと、あわてて医師を呼ぶために続き部屋のリビングへと飛び出していく。
王は…知ってる?…知らない?
知っているなら…隠されている?
まだ愛されているように思ってしまうようなその態度に、アーサーは悲しくなる。
気づかないふりをしていれば、この関係は続いていくのだろうか……。
いや…ありえない……
ずっと互いに気づかないふりでなど居られるはずがない。
涙で潤んでゆがんだ視界の端に止まるワゴン。
その上には食べ物飲み物と一緒に果物を切るために添えられた果物ナイフ。
アーサーはそれに手を伸ばした。
ツ…と、その先端を指先で触れれば、ぷつりと刺さって傷ついた指先に赤い血の粒が膨らんでいく。
大きくなっていったそれは指先に収まりきらず、ぽとりと白い長衣の膝先を赤く染めた。
その赤い雫を追うように、大きな眼からこぼれ落ちた透明の雫が赤い染みのすぐ側に染みを作る。
いったん好きだと愛してると言ってもらえたとしても、あれだけ多くの美しい妃に囲まれている王のことだ。
自分のように美しくもなければ気の利いた会話が出来るわけでも女性達のように触れると心地良い柔らかい体を持っているわけでもない貧相な子どもがいつまでも興味を引いておけるはずもない。
そう遠くない将来に疎んじられる日が来ることはわかっていた。
しかしそれがこんな早くこんな形で訪れるとは……
まだそれを笑顔で受け止める…今まで幸せでしたと感謝の気持ちを伝えて引く覚悟など出来てはいない。
ましてや裏切り者と罵られる覚悟など……
気づかないふりが終わる前に…愛しているふりが消えて優しかった王に嫌悪を向けられる前に…幸せな夢が覚める前に……
それはアーサーに唯一残された不幸にならないための選択だった。
ぎゅっと力の入らない手に精一杯力をこめてそのよく切れるナイフを握り締めると、その刃先を自らに向けて力をこめて引き寄せた。
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