――お前なら王の心をとらえる事が出来る!
父はそう言ったし、マルガリータもそう思っていた。
彼女は幼い頃から聡明で美しい事で有名であったし、他の妃候補の娘と違って王がどんな妻を求めているのかを考えつつ行動するくらいの理性がある。
苦境の中で王位に付き、今なお戦い続ける王に必要なのは、可愛らしく愛らしいだけの姫ではない。
実際…他国から男の正妻を娶った後、後宮の妃達の元にはお渡りにならず正妻と戯れている王に妃達が詰め寄る中、マルガリータは冷静に、どうやら王が気に入って弟のように可愛がっているらしい正妻を気遣う事で、王の信任を得ている。
嫉妬するなどバカバカしい…とマルガリータは思っていた。
なにしろ相手は少年だ。
王は元々少年を相手にする趣味はなかったし、本来なら気を許せぬ他国の人間ではあるが、自国の貴族の方がより信用できないと感じている王にとって、少年はこの国の王位継承に対して全くの第三者であると言う事が、むしろ心を許せる要因となっているのだろう。
そういう意味で気を許せる相手と言えばバイルシュミット将軍の子息で王の腹心のギルベルト・バイルシュミットもいる事ではあるし、それが1人増えたところで競う意味もない。
自分の目的は飽くまで国母となることだ。
みな“正妻”という言葉に惑わされて、その正妻が少年で、王が例え彼に心を許したところでそれは自分、女に対するものと同等ではありえないことに気づいていない。
まあ、気づかない方がやりやすいわけではあるが…。
そんなわけでマルガリータは飽くまで後宮内の王の唯一の相談役としての立場を確保しつつ、正妻の少年の話の聞き役となっていたわけなのだが、この立場から一歩踏み出そうとすると、王はなかなか手ごわい。
まず自分は少年のことを話しても、マルガリータの方の個人的な話は一切聞く耳を持たない。
マルガリータが話す事で聞いてもらえるのは、飽くまで少年に関するアドバイスだけだ。
それでも…遠目に見ていた頃と違って王が近くなると見えてくる事がある。
まず気付いたのは、権力の象徴としてしか認識していなかった王が意外に魅力的な人物である事。
マルガリータの周りにいた貴族の子弟のように洗練されてはいるがただそれだけの人間達と違って、精悍でどこか強烈な光のようなモノを感じる。
強い意志を持って戦場を駆け抜け、自分の手で国を取り戻した英雄だけがまとう空気。
黙っていれば精悍で、しかし正妻の少年の話をする時は目尻が少し垂れ、照れくさそうに笑う様子がまた魅力的なのだ。
元々王妃となるべく育てられてきたマルガリータは非常に上昇志向が強く、恋愛などは一過性の気の迷い、愚かで無駄な事だと思ってきたが、ここにきて初めて年頃の娘らしい感情を知った。
ありていに言えば、便宜上ではなく、感情を伴った形で王と添い遂げたい、女として妻として愛されたいと思うようになったと言う事である。
そうと意識してからは、若干感情に揺れが起こった。
愛されたい相手に自分より大切に思っている相手がいる……
いままでは王と自分をつなぐネタだったそれにイラつきを覚え始めた。
しかしながらそこはダテに物ごころついてからずっと妃教育をされてきたわけではない。
マルガリータはその、成熟した大人でもしばしば持て余す“嫉妬”という感情を完璧にコントロールした。
王の前では正妻の少年について否定するような事は決してしなかったし、今まで通り気にかけ心配をするフリをして王の相談に乗りつつ、少しでも王に近づこうとする努力を続ける。
例え日々自分の前にいても全く自分を女としてどころか、感情のある人間として認識しない想い人に、ストレスで胃を痛くしようともだ。
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