嫌な予感…というのはギルベルトの希望に反して、大抵は当たってしまうものである。
このところ国境付近の動きがやけに活発化してきた雲の国の動向を水面下で探らせていた間者が持ってきた報告書。
自分の直属の…極々少数の信頼出来る部下にのみ与えた印で厳重に封蝋されたそれを丁寧に愛用の銀のペーパーナイフで開封したギルベルトは、中身を確認して頭を抱えた。
いつかはこんな日がくるとは思っていたが、あまりに時期が早い。
森の国が秘かに雲の国と通じている…。
部下から受けたその報告はつまり、王と王の最愛の正妻との関係の破綻に他ならない。
元々は王が自分で伴侶を選択できる権力をその手に掌握するまで王の正妻争いを先送りするために仮の正妻を娶ったのだ。
出来れば雲の国を叩き潰してその脅威を取り去り、それによって雲の国とこっそり通じている厄介なあたりの貴族を粛清する事で完全に権力の掌握を成すつもりだった。
そう言う意味では時期尚早。
そして…さらに悪い事に、こうなると雲の国を叩き潰すのに森の国も同様に潰さねばならなくなるわけだが、正妃を溺愛している王はそれを潔しとしないだろう。
むしろ正妃を傷つける事を恐れて、打って出られなくなる可能性が高い。
そうなれば権力の掌握どころか逆に奪われかねない。
色々状況が悪すぎて泣きたくなる。
キリキリと感じ始める胃痛を押し込めるように、ギルベルトはグラスに水差しから水を注ぎ、胃薬と一緒に喉に流し込む。
ああ…どうするのが一番なのだろうか…。
同盟を強くするための婚姻相手というより、人質の色合いの強い正妻だ。
本来なら戦闘に入る前に自国の正当性と相手への不実を主張し、自国の士気高揚と相手国への見せしめの目的に公開処刑をするのが正しい。
王が正妃に心を移していなければ、ギルベルトは迷うことなくそうするだろう。
しかしそうするには王は正妃を愛しすぎていた。
となると、次善策としては、森の国へ送り返すというのが一般的なのか…。
しかしそれも王は了承すまい。
元々森の国の正妃の腹の唯一の子なのだが、正妃亡きあと後ろ盾もなく、後ろ盾のある側室の子が王位を継ぐのに邪魔になるからと廃太子とされ、自国で冷遇されてきた王子だ。
森の国へ帰れば帰ったでとても幸せになれるとは思えないし、そもそもが王は一度気に入って懐にいれた相手を手放すと言う事自体ができない人間だ。
――あ~あ…これがせめて女ならなぁ……。
ギルベルトはグラスをテーブルに置くと、大きく肩を落として息を吐きだした。
自国を滅ぼす…その事自体が正妃を傷つけるだろうから王は良い顔はしないだろうし、自分の実子や縁のある娘を正妃にしたい貴族も煩いだろうが、最悪森の国の正統な後継者が自国の正妃であると主張すれば、現在の森の国の王を王位簒奪者として討つという名目で森の国を攻め滅ぼし吸収するという事も可能だと思う。
だがそれは、将来的に“森の国の血も継いだ子どもが王となる”という事が大前提だ。
子を産まぬ前提の男の正妻では意味がない。
両国の血が混じらぬ以上無意味なのだ。
さあ…どうする、ギルベルト。
考えろ…どうすれば一番良いのか考えるんだ。
どんな最悪な状況でも必ず打開策はあるはずだ……。
なかなか効いてこない薬に痛む胃を押さえながら、ギルベルトは部下からの報告書を凝視しつつ唇を噛みしめた。
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