炎の城と氷の婚姻_第二章_5

Side アーサーⅤ


寂しい……そんな感情は今まで感じた事がなかった。

だって一人ぼっちなのはいつもの事で、誰も自分を必要としていないどころか、皆が自分を疎んじている。


誰しもに嫌われる存在だから…自国ですらそうだから…



――普通にそれなりの部屋与えてそこに放り込んでそれなりの飯食わせて死なへんように預かっとけばええやんっ


この国に来た当初のその言葉は疎んじられている相手の言葉としてはかなり優しく寛大だとホッとしたものだった。


この国では与えられた部屋の中でジッと邪魔にならないように静かに暮していれば、誰も自分を気にしない。

嫌な顔をされる事もなく静かに過ごせるのだ…。


それは随分と素晴らしい待遇のはずだった。

それ以上なんて決して望みはしていなかった。

望めるはずもなかったのである。


ところがそんな矢先、自分は失敗した。

体調を崩して部屋に放り込んで放置という事が出来ない状況を作ってしまい、王に迷惑をかけた。


なのに王はいつも優しい。

それはおそらく外交的な責務に過ぎなかったのだろう。

例え小国と言えど、一応森の国は現在同盟国で、太陽の国としては、その実質的な人質である自分を死なせるわけにはいかない。

飽くまで太陽の国の王族の仕事の一つとしての対応。

だが、これまで誰かに笑顔を向けられた事などないアーサーが、まるで自分を家族や友人など大切な相手の1人として迎え入れてくれたと勘違いしてしまうくらい本当に優しかったのだ。


運び込まれたのが王の寝室で、王の笑顔しか目に映らなかったから、それだけがこの国におけるアーサーの世界で、それだけが事実のように思ってしまった。

が、実際に後宮に移って他の綺麗な女性の妃を見て、それがとんでもない思いあがりだったと言う事に改めて気付いた。


王にはあんなに綺麗な大切な妃がたくさんいる。

自分と違って政治的な意味合いで関係を築かないとならないなんて理由ではない相手だ。


王が好きで側に置いているレディ達…。

そんな中に入って、政治的な意味合いを失くしたら王の関心などひけるはずもない。


それでも、例え勘違いだったとしても、好意を向けられるという心地よさ、温かさを知ってしまうと、一生そんなものを手に入れる事が出来ないと言う事が、絶望的なまでに寂しく悲しい気分になってくる。


寂しい…寂しい……

泣いてもどうしようもない事がわかっていても止まらない涙を流し続けるうちに、いつのまにか眠ってしまっていたようだ。


気がつくと身体の節々が痛かった。

この感覚は知っている。

熱がある時の関節痛というやつだ。


ああ…また女官に怒られる…と、寝ぼけた頭でそんな事を考えて、ああ、ここは自国じゃなかったんだ…と思いだす。


迷惑をかけないように寝てるだけなら、あの優しい王なら嫌な顔もしないでくれるかも…そんな事を思いつつふと目をあけると、ここ最近はすっかり見慣れた顔。


ああ…王だ……と、ぼーっと見あげて、しかしその王の表情を見て血の気が引く思いがした。


今までに見ない険しい顔。

ついに王の外交上の堪忍袋の緒が切れかけているのかと青くなる。


ああ、確かに面倒をかけすぎだ。

ようやく手を離れたと思って後宮に連れてきたら即熱を出すなんて、面倒すぎてやってられないと思われたのだろう。


どうしよう…どうしよう…怒っているっ!!!
悲しくて怖くて心臓が爆発しそうだ。


飛び起きて謝罪を口にしようと思ったら、目の前がくらくらと揺れて、なんだか空気も吸えなくなる。

苦しくて苦しくて、でももうこのまま死んでしまった方がいいのかもと思うと涙がこぼれた。


王が何か叫んでいる。

…怒ってるのか……。


離れて行く体温に心が引きちぎられそうになりながら、それでもされるまま大人しくベッドに横たわる。

そして老医師に促されるまま、吸って…吐いて…吐いて…と繰り返した。


だいぶ息が出来るようになったところで、老医師にそのまま休むように言われて目を閉じる。

怖くて王を見る事なんて出来ない。

あの優しかった王に嫌われた…それだけでもう死んでしまいたくなった。

胸がズキズキと痛む。

ぎゅっと固く目をつむって眠ってしまえば、何もかも忘れられるのだろうか…。


幸いにして熱でぼーっとしている事もあって、眠気はすぐに襲ってきた。



Before <<<     >>> Next (5月16日0時公開)


0 件のコメント :

コメントを投稿