炎の城と氷の婚姻_第一章_6

SideアーサーⅢ


太陽の国について5日目の朝。

正直…アーサーはパニックを起こしていた。



『……せやから、会う必要なんてないやん?!
なんで親分がわざわざ顔見せたらなあかんねんっ!』


アーサーが太陽の国に到着して謁見の間に挨拶に向かった時、確かにそう言っていた太陽の国の王は、今アーサーの目の前でベッドの上で半身起こしているアーサーの口元に匙を差し出している。


逆らうなんて出来ようはずもなく、アーサーがおそるおそるその匙を口に入れ、その中身を咀嚼して飲み込むと、


「ん、昨日よりはだいぶ食べられるようになってきたな。ええ子やな。」

と、満面の笑みで頭を撫でてくる。


そう、ここ数日ずっと食事は王の手ずから食べさせられていて、起きている間中どころか、眠って起きた瞬間にはそこに王がいる。

たぶん…ずっと付きっきりなのだと思われる。


「…あの……」

「…ん?」

「…陛下は…何故ここにずっといらっしゃるんですか?」


とりあえず即手打ちにされたりする様子はなさそうだ…。

ここ5日でさすがにそう判断したアーサーは、思い切って聞いてみた。


すると王はあっさりと

「そりゃあ…貰いたての可愛え嫁さんと少しでも一緒に居たいからやで?」

と、笑顔で答えてくれる。


いやいや…そういう意味じゃなくて……可愛い嫁さん…と言うのは、おそらく愛情表現過多なところのある太陽の国の人間特有のリップサービスなのだろうから、置いておいて…なんと言えばいいのだろうか……。


アーサーはブランケットをぎゅっと握りしめて考え込む。

ああ、そうだ!
「えっと…仕事とか?あと睡眠とか?どうしていらっしゃるんです?」


アーサー付きの小間使いじゃあるまいし、いや、小間使いだとしても睡眠くらいは取るだろう。

一国の王ともあろうものが下手をすると一日24時間くらいここにこうしているのは明らかにおかしい。

そう思って再度そう付け加えると、


「お姫さんは親分の心配してくれとるん?優しいなぁ」

と、また嬉しそうに微笑まれてしまって、アーサーはさらに困惑した。


太陽の国の王、アントーニョ・ヘルナンデス・カリエド陛下は黙っていると武人出身者らしく精悍な風貌で、その笑顔は太陽のように明るくキラキラしい。


それでいて、時として浮かべる甘い表情は男くさい色っぽさがあって、しかも経歴から判断するに、非常に強いらしいし、実際、戦場によく出ていたためか、王族に似つかわしくないほどしっかりと筋肉のついた褐色の体躯は、男性美に溢れていた。


性格だって戦場では苛烈な一面もあるらしいが、基本的に人懐こく、お忍びで街中に足を運んで庶民と親しんだりもするらしく、その親しみやすい性格から国民からも愛されているらしい。


人間として男として完璧だ…と思わないでもないのだが、惜しむらくは言葉が微妙に通じないと言うか、思考性が少しばかりずれているように感じる。

意思の疎通がなかなかできない。


違うのだ、自分はそんな強者である王を気遣っているわけではない。優しいわけではないのだ…と声を大にして言いたい。


単に不安なのだ。

何故、そんなすごい王が、関わりたくないはずの自分の側にずっといる?
嫌がらせ…というわけではなさそうな気がするが、そもそもが今まで人間関係が希薄すぎて、どの程度が正しい他人との距離感なのかもわからない。

これは、仕方なく政略結婚をした相手との距離感としては実は普通なのか?
そんな事を聞けるはずもなく押し黙るアーサーに、今日もアントーニョ陛下は満面の笑顔である。


「でもな、仕事は別に数日くらいギルちゃんに任せても大丈夫になっとるし、睡眠はまあここのソファで仮眠取るくらいで大丈夫やで。」

「お部屋には…戻られないんですか?」


と、こうして流れのままに聞いた一言に、王からはとんでもない答えが返ってきた。


「いや、部屋におるよ?ここ親分の寝室やし。」


えええええーーーー??!!!!!
びっくりした…なんてものじゃないっ!
アーサーの人生の中で堂々の第一位に入る驚きだ。


「…っ…な、なんで……っ……」


ぷるぷると震えながら口をパクパクしていると、王は


「ん~。お姫さんいきなり倒れたから心配やったし、看病がてら付きそうんやったら自分の部屋の方が手っ取り早いと思ったさかいなっ。」

と、テヘっと頭を掻いた。


テヘっじゃないだろぉぉーーー!!!
と内心絶叫する。


ああ…どうしよう…まさか王の寝床を占拠してたとは……

アーサーは頭を抱えたくなった。


もうダメだ、もうダメだ、もうダメだ……


王自らが運びこんだ等と言う事実は脳内からとっくに消え去って、アーサーはひたすら動揺する。


そんなアーサーを現実に引き戻したのは、こちらもちょくちょく顔を見せる王の腹心の部下の声だった。


「ま、最初は状態も悪かったし動かすのもあれだと思ってそのままにしといたが、もう熱も下がってきたし、そろそろ移動してもいいんじゃね?」


王ほどテンション高く好意的な空気を前面にまといもせず、かといって自国の後宮内の人間達のように悪意や嫌悪も感じない。

淡々とごくごく普通に必要事項を述べる軍務大臣を兼ねる将軍、ギルベルト・バイルシュミット。


何故そんな人物までここに入り浸っているのだと言うと、王の幼馴染だから…らしい。

王に対して言いにくい事もズバズバ言える関係性のため、軍事関係以外でも何かと王へのメッセンジャーとしてぱしられている気がする。


今回ここに来たのもそれらしい。


「えー、もうこのままでええんちゃう?」

と、口を尖らせる王に、ギルベルトは厳しい顔で眉を寄せた。


「良いわけねえだろっ。一応妃は皆後宮に住む規則なんだし…」

「また、規則規則って、ギルちゃん、ほんま規則好きやなぁ。」

「そういう問題じゃねえっ!」


と、そんなやり取りの末、なんと王の襟首をつかむ。


え?ええ??大丈夫なのかっ?!!
と、びっくりしたのはアーサーだけで、王は平然としている。


「…他国から正妻を迎えた意味…わかってんのか?」

と、まるで恫喝するような口調で言うのに不敬も指摘せず、驚いた事に王の方が小さく息をついて

「…わかっとるわ。しゃあない、食事終わったら移動やな。」

と、譲って話が終わったようだ。


どうやら必要な説得が終わって一安心というところらしい。


ギルベルトは次にアーサーに視線をやり、鋭い光を放っていた紅い目にふと笑みの形を作って


「驚かして悪かったな。別に喧嘩してたわけじゃなく、俺らの間だとこれ普通のやり取りだから気にすんな。」

とくしゃりとアーサーの頭を撫でて来た。

クールなようでいて、どこか空気を気にしているような、不思議な男である。


ともあれ、食事を終えたところで王が用意してくれた服に着替え、後宮の奥に正妻用に用意された離宮に移動する事になった。


真っ白なジョーゼットのふんわりとしたドレス。

ところどころに金糸で刺繍がしてあり、明らかに自国の兄王が用意させてくれた物より高価な物な気がする。


「国から持ってきたもんも向こうのクローゼットには入れておいたけど、もう少し着やすい物の方がええかな思うて、とりあえずこっちで何着か作ったもんも入れてあるから、好きなモン着とき?
足りひんようやったら、いくらでも作らせたるし…」



後宮は本来妃のための場所なので、そこだけはギルベルトと言えども王と医師以外の男は入れない。

そこで王自らが手を取って案内してくれる。


一応正妻と言えども男性である王と同性の正妻用には、後宮の奥深くに離れが用意されていて、そこは万が一にも間違いがないように、丈夫な囲いで他の妃の住むエリアとは隔たれていた。


その囲いの鍵は王と世話役の付き人のみが持っていて、正妻本人と言えど勝手に出る事は叶わず、逆に他の妃が入り込む事も出来ない。


最奥のそのエリアに向かう渡り廊下であちこちから向けられる明らかに悪意に満ちた視線。

それどころか、


――王にお手数をおかけするなんて…妃として如何なものかしら?
――体調不良を装って、ずうずうしくも王の寝所に泊まっていたとか?
――子も産めぬくせに、なんとあつかましい事。


など、あちらこちらからひそやかに囁かれる言葉の数々に、アーサーは血の気が引く思いだ。

確かに…自分でも太陽の国に到着してからの諸々は本当にありえないと思う。


「…あ…あの……」

「ん?」

「…これまでは本当に申し訳な……」

「ストップ。」


震えながら口にしかけた謝罪の言葉を、王は指先でアーサーの唇に触れる事で制した。


「あれは親分がそうしたくてしたことやさかい、お姫さんが気にする事やないよ?
外野がうるさくて堪忍な?
でもお姫さんの離れは囲いで守られてるさかい、親分とお姫さん付きの使用人以外は入れへんから、安心したって?」


アーサーに困ったように言う王の微笑みは飽くまで優しくて温かくて、そんな風に接して来られた事のないアーサーはその視線を避けるようにして俯いていたので気づかなかった。


…王の視線が驚くべき苛烈さを持って、周りの女達を睨みつけていた事を…。



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