機械オタクの腐り方前編-青い大地の果てにあるもの番外8

それは…衝撃的な出会いだった。

クロウは整備士だ。
移動車両から施設設備まで、機械という機械、なんでも扱えると言う優秀な整備士である。


機械は裏切らない。
01、正しい手順で導いてやれば、確実に結果が残せる。

それに比べて人間と言うのはなんとファジーにして不確実なものだろうか。
言ってる事とやっている事、考えている事はしばしば違うし、どうにもわからない。
人づきあいというものは、これが完全な正解と言うものがないので苦手だ。

空気を読め?
空気は吸って吐くものであって、読み物ではない、そう主張したい。

そんな人間のファジーさについていけず、さらに機械にのめり込むようになったクロウについたあだ名は機械オタク。

変人と言われ続けて人間と協調して行くのを諦めて機械に没頭すること幾星霜。

いつのまにやら優秀なメカニックともてはやされ、自称世界の警察らしいブルーアースという組織にスカウトされた。

ブレイン…という事務方の研究部門。

そこは優秀だが一風変わった科学者たちのたまり場で、普通の社会で浮いていたクロウでも目立つ事はない。
むしろ大人しく目立たないくらいだ。

奇異の目で見られない。
それは随分と心地いい。
ここは住みやすい場所だ…と、機嫌良く日々を過ごす。

研究者たちは基本的に自分の研究以外にあまり興味を持たないため、仲間とかそんな関係性はあまり築ける事はなかったが、1人でいても気にされない、それが当たり前で揶揄されるようなものではない、そんな環境で底辺まで落ち込んでいたクロウの自己肯定感は満たされて行った。


気持ちに余裕が出ると、周りに目が行くようになる。

ブレインの多くの研究者達は休みは研究室に籠るか自室で何かをしているようだったが、クロウは機械全般好きなため、基地内を見て回る。

あれもあれば良いのに、これもあれば良いのに…と、あれば便利で作れそうな設備を無意識に口にしながら歩いていると、いきなり声が降って来た。

いわく
なあお前、制服からするとブレインの研究者か?



びっくりした、驚いた。
そしてびびった。

ここブルーアースに来てからは平和だったが、それは周りが変わっていすぎて目立たない、注目されないから奇異の目で見られないというだけで、なにも自分の極度の機械好きと人見知りでともすれば普通の会話をするにしては堅くぎこちない言葉遣いになるのを許容されたわけではない。

むしろ久々にかけられた声に、クロウは驚いて身構えた。

しかし声をかけてきた相手はそんなクロウの様子を全く気にすることなく、

「お前、良いとこ気づくよなぁ。
俺様もこれはこうなってたほうが便利だと思ってたんだよな。
なにより効率的じゃん?」

などと、続けてくる。


好意的な声音におそるおそる顔をあげてみれば、目の前にいるのはさらさらの銀色の髪に特徴的な紅い目のイケメン。
しかもイケメンなだけではなく、どことなく”デキル人間”オーラを漂わせている。

だいたいこの手の人間はいわゆるリア充とつるんでいて、クロウのように機械好きで話すのが苦手な人間の事を陰キャなどと呼んで馬鹿にしてくるので、非常に相性が悪い。

だからもう気分は外敵に出会ったハリネズミで、思い切り防御態勢を取っていたのだが、相手はいきなりクロウの目の前でパン!と両手を合わせて言ったのだ。

「な、お前ブレイン内部の人間なら、これさ、さっき言ったみたいなシステムに変えられるか、ブレインのメカニックに聞いてくれねえ?
俺様あそこがどんだけ忙しいか、頼んでる事がどんだけ大変なのかわかんねえからさ。
それ聞こうにもブレイン関係は本部長とその弟くれえしか知りあいいねえし、そのあたりから聞いてもらっちまうともう、忙しかろうと無理だろうと命令になっちまうだろ?
俺様はジャスティスだから俺様が言っても拒否権なしの要望になっちまうし…」

機械オタクのコミュ障に頭をさげるエリートリア充…初めて見た。

「これは…構造化されているシステムなので、これを変更する事によって他のシステムに影響する事はない。
したがって変更は容易である。
私が行うならテストも含めて10分で変更可能である。」

答えてから、”しまった!”と思った。


クロウが変人と揶揄される一因、それは機械オタクな事もあるが、その言葉遣いにもある。
あまり他人と話す事がないので、言葉がまるで機械のような言い方になってしまう。

『なに?コンピュータなの?』
『いや、昨今はコンピュータだってAI機能搭載されてるから、もうちょっと人間ポイぜ?』
『確かにっ!コンピュータより機械っぽいって、マジうけるーー!!!』

そんな過去の周りの言葉を思い出してクロウは俯いた。

あ…ダメだ…これはまた馬鹿にされるやつだ。
せっかく好意的に接触してくれていたのに……そう思うと顔があげられない。

だが、返ってきた言葉は歓声だった。

「すっげええーー!!10分で出来んのか?!マジ?!!
頼んで良いかっ?!
このあたりはジャスティスのエリアだから改造しても問題ねえし、費用+報酬だすからっ!!
すっげえ不便だと思ってたんだっ!!」

キラキラした目で見られた。
蔑みやからかいの目はよく見て来たから、それが本心からの態度かはなんとなくわかる。

彼は本気だ。
本当にすごいと思っているし喜んでいる。

「…別に…そのくらいたやすいことだ。
報酬は必要ない」

と、もうそれは今更すぐには変えられないつっけんどんな言い方も全然気にする風もなく、望む通りに変更してやったらそれはそれは嬉しそうに礼を言ってくれるので、クロウも嬉しくなった。

それが本部ジャスティス最強と言われる男だと知ったのは、その後のことで、それを知ったあとも、どこかですれ違えばギルベルトの方から声をかけてくるので、なんとなく親しくなって、その後も身の回りの設備の変更をちょくちょく請け負った。

そうしているうちに、優秀なメカニックなのに日常のシステムの依頼も受けてもらえるらしいと広まって、他のジャスティスからも依頼を受けるようになり、人間関係が広がっていく。

最初はジャスティスに媚びて…などとやっかみもあったが、クロウからすると別に最初に頼まれたのがジャスティスのギルベルトで、そこから依頼の輪がひろがったため依頼人がジャスティスだったというだけだ。

『…というわけで、依頼してくるのがジャスティスになっただけで、私は取捨してはいない。
あなたが何か依頼したいということなら、別にそれはそれで手が空いている時なら普通に請け負うが?』

と言ったら黙った。
むしろそこでは感情の揺れのない言い方と表情が役立ったようだ。


さらに普段世話になっているからとそこで梅が間に入り、

「クロウちゃんは優秀なメカニックだヨ。
私は通信機を羽付きにデコってもらったネ。
可愛いでしょっ」

と、普段は通信機として腕にはめていて、外の任務の時には偵察機として映像も取れる携帯機器を腕から外し宙に投げると、ベルトの部分が羽になってパタパタ飛ぶ丸い機械。

その可愛らしさにフリーダムの女性陣が歓声をあげた。
そして我も我もとクロウを取り囲む。


それは今までとは違い非常に好意的な接触で、それまでの人生の中で散々にからかわれてきたクロウの話し方さえ、
『やっぱ頭良い人は話し方も頭良さそうだよね~』
などと今までが嘘のように肯定されるようになった。


そうして基地内の人間、主に女性陣に囲まれるようになったクロウは、この180度変わった人生を振り返って思う。

ギルベルトさんはすごい。

彼との出会いが本当に自分の人生を変えたのだと思う。

女性陣に囲まれるようになって改めてその名をよく聞くようになったが、さすがにあそこまでのイケメンで仕事も出来て、しかも親しみやすい気さくな性格だと人気もある。
女性陣が彼を褒めそやすのをうんうんと自分の事のように嬉しく何故か自慢にすら思いながらも、クロウ自身は別にその横に自分が居たいと思わない。

何故だろう…と漠然と思いながらも、特に追及する事なくさらに月日は流れ、その日は医療班の女性のオーディオ機器の整備を頼まれていたクロウは、預かっていた合い鍵で部屋に入り、さっそくディスプレイ周りを点検する。

女性らしく柔らかな色合いで統一された室内。
大型のディスプレイが乗っているテレビ台も白ならその横の本棚も白。

自分の部屋をそうしたいとは思わないが、女性陣の部屋はそれぞれに柔らかい雰囲気で楽しい。

そんな中で楽しく必要な作業を終えて、さて、退出しようと思った時にふと目についた本棚の中の一冊の本。

【ルートヴィヒの憂鬱】というタイトルに、他が気楽に頼んでくるのと違って小さな事でも非常に恐縮して依頼してくるルートは、もしかして言えないだけで何かシステム的に不便な物を感じているのだろうか?と気になって、その本を取ってページをめくって……


──世界が開けたっ!!








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