その繊細なチュールは無遠慮な他人の視線からアーサーを隠すにはあまりに薄く…しかしそれでも自国よりもはるかに高い気温の中で被り続けるには厚いそれは、それでなくてもあまりないアーサーの体力を確実に奪って行った。
ぜぇぜぇと足りない呼吸を取り込もうと呼吸を繰り返すが、上手く吸えない。
そこで視覚から涼を取り入れようと窓の外の森の木々に視線を移すが、涼やかに細い葉を揺らす自国の森と違って、太陽の光をしっかりと受け止めようと広い葉を伸ばす木々の合間から強い日差しがギラギラと目を焼いて、かえってクラリと眩暈を覚えた。
やがて森を抜けて石畳の道へ。
少し窓から顔を出して見れば、遠くに荘厳な城がそびえ立つのが見える。
辺りを見回せる小高い山の上に幾重にも連なった堅固な城壁。
一度は国土のほとんどを他国に侵略されてなお、国として生き残る事が出来たのは、この攻めるに難しく守るに易しい城のおかげだろう。
自国の者にとってはおそらく頼もしいであろうその強固な砦は、しかし実質人質として差し出されたアーサーにとっては、ひどく恐ろしい牢獄のように見えたし、事実そうなるのであろう。
こうして辿りついた太陽の国の城。
従者が正面で鐘を鳴らせば、ガラガラと大きな音をたて、山の上のため水のない空掘に橋がかけられる。
そしてアーサーが乗る馬車とその護衛の従者達の馬が通り過ぎると、再びガラガラと音をたててあげられる跳ね橋。
最後にガタン!とそれが完全にあげられた音が響くと、その音の大きさと、それが暗示するように感じられる恐ろしい環境に、アーサーはビクリと身震いした。
城の正面玄関に止められた馬車。
ドアが開くと階段が用意される。
着慣れないドレスの裾を踏まないように気をつけながら一歩一歩それを降りて行ったアーサーの前に並ぶのは、まがりなりにも花嫁の出迎え役というにはあまりに華のない兵士達。
もちろん王の姿はない。
「国王陛下が謁見の間でお待ちです。」
と、他とは若干服装の違う、おそらく隊長なのであろう男がそう言ってアーサーの横に付くと、それを合図に前後に二人ずつ、兵士が並んで中へと促していった。
カツン、カツンと足音が響く大理石の床。
広く大きく…しかし飾り気のない長い廊下。
花嫁の護衛と言うより囚人の護送のようだな…と、アーサーはベールの下で小さく息を吐きだした。
まあそれも自分の境遇を振り返ってみれば、当たらずとも遠からずといったところなのだろう…。
暑さと緊張で朦朧とする頭。
目前に広がる現実から逃れるように俯けば、ひどく震える自らの手が見えて、耐えるように両の手を重ねて握り締めた。
悲しいのも寂しいのも幼い頃から当たり前すぎて、今更そんなものを感じることなどありえないと思うのに、何故か視界が潤む。
ぽろり…と、頬を涙が伝って、それが白くなるほど握り締めた小さな手を濡らし続ける。
そんな中で前を進む兵士の足がピタと止まった。
「……せやから、会う必要なんてないやん?!
なんで親分がわざわざ顔見せたらなあかんねんっ!
どうせ向こうかて、こっちを利用するため来とるんやろうし、こっちも同じ、形式的なもんやろ?!
普通にそれなりの部屋与えてそこに放り込んでそれなりの飯食わせて死なへんように預かっとけばええやんっ」
独特なイントネーションのハリのある声。
こんな時でなければ…こんな状況でなければ、それはずいぶんと耳心地の良い、男らしく美しい声だった。
言葉からすると声の主はおそらく太陽の国の王…つまり、形式上アーサーの夫となる人物なのだろう。
好かれてはいまい…そうは思っていたが、ことさら悪意をぶつけるよりは放置をしたい、近づきたくないという王の考えの方向性に、正直ホッとする。
こうなってみると、廃太子となった正妻の子として疎んじられ、使用人からさえ虐げられてきた自国の生活よりは、形ばかりとは言え正妻としての生活と体裁を整えてはくれる気はあるらしいこの国の生活は、期間限定とはいえ悪いものではないのかもしれない…。
ここに来るまであまりに続いた緊張。
それが部屋から漏れて来た王のその言葉で解けた瞬間、足の力が一気に抜け、アーサーの意識は闇の中へと落ちて行った。
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