それは、これまで敵が攻めて来た時に防衛という形を取っていたのを、こちらから敵の基地を叩きに行くという形に戦略を変更したために、長距離になるジャスティスの移動を支える、新戦略の要となる乗り物である。
当たり前だが本番は敵の基地についてからなのだから、それまでの長距離移動でジャスティス達を疲弊させてはならない。
なので部屋の快適さはもちろんのこと、シャワー、小型キッチンなども完備。
そのために小型浄水システムや太陽光を使用した電熱システムなど、世界各国から集まったブルーアースブレインの優秀な科学者達が作成した技術の集大成とも言えるものである。
基礎設計はロヴィーノが自分がやった。
エンジン回りはその専門家に振って…内装その他もまたその専門家に振った。
一応試作も繰り返し、あとは本格的な製作に入るだけだ。
ということで実際その本格的な製作作業に入る前に、それぞれの製作者を集めての会議で確認。
それにはブレインからは本部長であるロヴィーノと設計のチーフ、現場に同行するフランソワーズ、ジャスティスからはギルベルトとエリザ、フリーダムからは本部長のアントーニョと今回同行するスタッフのチーフ、ベルが参加する事になっている。
そして会議前…ロヴィーノがまずギルベルトとアントーニョをこそりと呼んで、神妙な面持ちで口を開いた。
「…あの…な、これから会議なんだけどな、先に言っておく。
驚かないでスルーしてくれ」
「へ??」
「なんなん?いきなり…」
不思議そうな顔をする2人に、ロヴィーノははぁ~と息を吐きだした。
「えっとな…今日会議に同席するチーフ、すっげえ優秀な技術者だ。
優秀なだけじゃなくて、よく働く」
「…?ええんちゃう??」
「もしかしたら働かせすぎなのかもしれねえけど…」
「過重労働は良くねえぞ?」
「ああ、それはわかってる。でもあいつがいねえと色々回らねえんだ」
「後進の育成が大事だな」
「………」
「………」
「……?」
「…で?結局何が言いてえんだ?何をスルーするって?」
と、要点が掴めず眉を寄せるギルベルト。
それに対してロヴィーノはやや困ったような複雑な表情を見せたが、やがて何かふっきったように言った。
「ハッキリ言う。
そいつは時々…いや、ちょくちょく?奇声あげるかもしれねえけど、気にしないでくれ」
「「はあ???」」
「なんなん?それ??」
「えっとな…いつも…作業中だろうと会議中だろうと、いきなり『無理~!!』とか『しんどい~!!』とか悲鳴あげるわけなんだ」
とのロヴィーノの返事に、ギルベルトは眉間にしわを寄せて小さく首を横に振った。
「おい…それ働かせすぎだろ。
居なきゃ回んねえっていっても、過労死したら永遠に居ない状況になるんだからな。
休み取らせてやれ、休み!」
全部署中、ブレインの研究部は他からは見えないブラックボックス的なところがある。
その中でも一番一目に触れやすいロヴィーノの働き方を見ていても傍から見ると過労気味だと思うのに部内では働かなすぎだと言われているのだから、他はどれだけ働いているんだと正直思う。
やばいんじゃないか?
突然奇声あげるのがスタンダードだとするなら、もう本気で色々やばいんじゃないか?
そう思っていったわけなのだが、返ってきた言葉は
「俺もそう思ったんだけどな…本人に言うと『大丈夫、気にしないで下さい』って言われちまうんだよな…。
でも、そうかと思うと、今度はいきなり『無理っ!しんどい!!』とか言った直後に『尊い!!』とか全然無関係の叫び声あげるし……」
で、それを受けたアントーニョもさすがに眉をひそめて
「それ…もうフランのとこに強制的に放り込まなあかんレベルの過労案件ちゃうん?」
と言うが、ロヴィーノいわく、すでに相談はしたのだが、フランシスは
『あ~、それは大丈夫。むしろ放置してあげた方がいいよ』
と、苦笑いで返してきたと言う事である。
だからもうお手上げだと言うロヴィーノ。
確かに奇声をあげるのみで実害はないので、仕方なしに放置しているということだ。
そして…ブレイン内部ではそれがスタンダードになりすぎて誰も気にしなくなったのだが、知らない人間は驚くだろう、そう思っての事前通告らしい。
直接の上司が手を打とうとしてその状態なら、部外者がどうこう言える問題ではなさそうだ。
単に叫びだしても気にしない、そういう方向性で行くと言う事で、ギルベルトもアントーニョも納得して会議に臨むことにした。
そうしてその日の午後に始まる会議…
「え?ギルベルトさん来てるのにアーサー君いないんですか?」
全員が席についた瞬間にいきなりそれがあり得ない事のように驚いた顔で発言する女性。
「頼むから~~!!!今日だけは大人しくしててくれっ!!!」
と、その女性の隣でロヴィーノががっくりと肩を落としているところを見ると、それが例の奇声の女性らしい。
ブレイン本部開発室チーフ設計士ルカ。
今回の長距離遠征用自動車の設計部門責任者とのことである。
本部長のロヴィーノをして、こいつがいないと設計部門は回らないと言われるくらいの人材とのことだが、見た目はスレンダーな極々普通の女性である。
しかしひとたび今回の遠征車の説明に入ると一変、非常に効率良く素人にもわかりやすく機能その他を紹介していく。
移動について、食事やトイレ、風呂などの日常に必要なものに関してのシステムについて一通り説明を終えた後、
「ではお待ちかねの私室についてですがっ!!」
と、何故か最後にそこでそれまでの淡々とした様子から急に眼がキラキラして声のテンションがあがった。
「一応2階建ての大型バス程度の大きさになるので、最初の説明にもありましたが、食堂兼リビング、シャワー室、キッチンなど共有のスペースに関しては1Fで、2Fは全てプライベートスペースになります。
で、シングルの部屋が2室と、ギルベルトさんとアーサー君の部屋で……」
というところで、
「ちょっと待った~!!!」
と、ギルベルトの手があがった。
「なんで俺とタマだけ同室?!
いや、いいんだけどよ、なんで俺らだけ同室?」
別に誰かがいると眠れないとかいうほど繊細でもないし、それが恋人であればよけいに…なのだが、問題は…自分の理性だ。
さすがにこんな狭い空間ですぐ隣にエリザやルートがいる中でやるわけにもいかないし…と思っていたら、そんな心の声を何故か察知したかのように、
「大丈夫っ!!ギルベルトさん達の部屋の壁だけは放送室なみの防音にしてありますし、狭いけどシャワーも室内に完備してますっ!!」
だからやっても大丈夫っ!!と露骨に言わんばかりのルカの言葉に、さすがのギルベルトも絶句する。
そして
「さすがねっ、ルカさんっ!!」
と、親指を立てるエリザを見て悟った。
奇声ってのはもしかしてあれか?
エリザの周りの女性陣と同じ理由での奇声か??
そうだとするなら…そういうお嬢さん達を部下に持っていて詳しいフランシスが苦笑いですませたのもうなずける。
周り…ロヴィーノやアントーニョなどの生温かい視線が痛いが、まあいいか。
確かに長期に渡る遠征で恋人がすぐ側に居るのにこの先ずっと禁欲は辛い。
そう割り切ると、ギルベルトは苦笑しながらも
「まあ…どういう意味かは敢えて聞かねえけど…気づかいはありがたくうけとっておく。
ありがとな」
と、言うに留めるにした。
遠征まであと半月。
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