森…と一口に言っても、自国である緑の国と、ここ、太陽の国では随分と様相が違うものだと、アーサーは馬車の窓から見える景色にため息をつく。
どちらかと言うと北に位置する緑の国の森を構成する針緑樹の線の細さと対照的に、ここ太陽の国の森は力強く葉を広げる広葉樹が中心だ。
それはあたかもその二国の力の強弱を表わしているようにも見える。
常に少し肌寒く霧が立ち込める緑の国…。
それがアーサーの故郷である。
大陸の中央よりやや北寄りに位置し、あまたの大国に囲まれている。
力で周りをねじ伏せるほど強くはなく、しかしひっそりと人知れず消えてしまうほど弱くもない。
自国よりもさらに小さな国を吸収しつつ、その時々で時に狡猾に大国に取り入りつつ、したたかに生き抜いてきた小国だ。
アーサーはそんな小国の王の子としては一番下の子で、同時に、本来は生まれるはずのない正妻の腹の子であった。
何故正妻に子が生まれないのか…それはこの大陸の結婚の生い立ちにある。
数多くの国が割拠するこの大陸では、それぞれの国が当たり前に手を組んでは離反し、また別の国と手を組んでいく。
そんな中で多くの国々は同盟の証としてそれぞれの王家の血をひく者の婚姻を繰り返すが、いずれ敵対するかもしれない相手の血が自らの王家の血に混じり、相手国の影響力が強まるのを潔しとしない場合も多い。
ゆえに決して子を産まぬ者…同性を正妻として迎え、子は自国の出の側室に…というケースも多々あった。
アーサーの母親もそういう同性の正妻のはずだったのである。
なのに後宮の奥深く…いつのまにか生まれていた子ども…それがアーサーだ。
側仕えは年老いた…とても子など成す事の出来ぬ年の老婆1人。
それより何より、落ち着いた色合いの金色の髪も新緑色の大きな瞳も、アーサーの全てがまさに正妻に生き写しであり、子の父親である王が自分と正妻の間の子どもだと言いきったため、そのような扱いをされるようになる。
実際のところを知るのは老婆と父王、そして正妻の3人きりだが、アーサーが生まれてすぐ正妻が…そのあとを追うように父王が、2年後に老婆が亡くなったため、そこで起こった真実を知る者はすでにいなかった。
しかしここで問題となったのが父親が国王であったという事実だ。
どういう事情があるにせよ、通常は正妻の子と言う事で第一王位継承権を持つ事になるのだが、元々正妻は緑の国の森の奥に住んでいた、不思議な力を持つと言う古の民と呼ばれる一族の生き残りではあるが、自国の王族や貴族ではない。
つまりは単に権力争いに明け暮れる貴族に嫌気がさした父王が癒しを求めて側に置いた一般人にすぎないため、自らの血を引く王子達を次期国王にと画策する貴族達に対抗しうる力は何もない。
そのため父王が亡くなってすぐ、虚弱を理由に廃太子とされ、有力な貴族の娘の腹の子が王となった。
だが現王に不満を持つ跡取り争いに敗れた者の中には正妻の子であるアーサーを正当な後継者として現王の正当性を否定しようと企む者のでてきたりと、現王にとってアーサーが目の上のこぶであることは変わりない。
ゆえにアーサーは自分の母親である正妻と同様に、他国の王の元に、子を産まぬ同性の正妻として送りだされる事になったのであった。
こうして白羽の矢がたったのが、緑の国から南側にある大国、太陽の国。
そこの若き王、アントーニョ・ヘルナンデス・カリエド…それがアーサーが正妻として嫁ぐ相手である。
元の大国が一旦は消滅寸前まで追い詰められたところから、この王の治世になって一気に再度大国にのし上がったと言う戦の天才で、今一番勢いのある国の一つだ。
そんな国の王が何故このような形の正妻を受け入れる事にしたのか、理由はわからない。
まあ、急激に国が成長した事もあって、少し状態が落ち着くまで、当座は近隣諸国との関係に安定性を求めたいと言ったところだろうと思う。
どちらにしろ、国情が落ち着くまでの緊急措置であることには違いない。
その落ち着かない状況が落ち着く日が来て自分の存在が不要になったら、いったいどんな扱いを受けるのだろうか…。
そんな不安を抱えつつ、さらにそれ以前にその日までそこで自分が絶対的強者である王の機嫌を損ねずにいられるのかもわからない状態の婚姻である。
当然ながら先行きは明るいとは言えないのは目に見えていた。
>>> Next (5月6日0時公開)
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