それが目を覚ましてまず思った事だった。
確か自分は意識を失って…次に目を覚ました時にはそれだけはしっかり抱きしめていたはずの元恋人に模したクマのぬいぐるみギー君が無くなっていて…
そして今、再度気を失って目を覚ますと、その元恋人が目の前にいる。
いやいや、それはありえない。
ありえるはずがない。
いくらアーサーが望んだところで、映画の撮影の役作りのために始まった疑似恋人関係は、撮影が終わった瞬間に終了したのだ。
もしかしたら…もしかしたら、アーサーが倒れていて病院に担ぎ込まれたとかなら義理で身元保証人くらいにはなってくれるかもしれないが、こんな、まるで大切な恋人を前にしたような様子で付き添っているわけはない。
…とすると、これはなんだ?夢?
今、何か泣きながら自分の名前を繰り返し呼ぶ、元恋人の姿をしたこの男は一体誰?
今自分の目の前にいるのは、まさかギー君が人間になった姿だったり?
などと現実離れした事を考えて、
──ギー君?
と、かけてみようとした言葉は、いきなり抱き寄せられて押し付けられた、相手の厚い胸板に吸い込まれて行った。
ぎゅっと顔を押し付けられたまま、すん…と、息を吸い込むと、一瞬キリッとしたクールさが漂うも、すぐにどこか包み込むような甘さが広がっていく……
この1年嗅ぎ続けたギルベルトのフレグランスと体臭の入り混じった、安心する匂い…。
ハテナマークでいっぱいだった頭は、その安堵感にほわっと飽和状態になった。
が、一気に力の抜けた身体をその逞しい腕に預けている間も頭上で聞こえる嗚咽。
アーサーの知っているギルベルトはいつだって強くて頼もしくて色々な事に余裕がある男だったのに、今自分を抱きしめながら子どものように号泣しているこの男は一体…?
それでも…頼もしくて強いギルベルトと同じくらい、今ひどく傷ついた子どものように泣く相手が愛おしかった。
だからしっかりと抱きかかえられて身動きの取れない状態から、もごもごと少しだけ拘束を解いて身体の自由を取り戻すと、アーサーは初めてその銀色の頭に手を伸ばす。
そしてそっと撫でつけた髪はやっぱり見た目通りさらさらで手に心地よかった。
ギルベルトはいつもいつも何かあるたびアーサーの頭をこうして撫でてくれたものだが、こうやって自分よりも強く大きな相手を撫でていると、ぎゅっとアーサーを抱きしめている腕に力がこもる。
好きだな…やっぱり自分はギルが好きなのだ……
泣いていても笑っていても…その不在で自分の人生の全てが無価値になってしまうほどには……
でも…好き…と心の中から湧き出てくる感情は言葉には出してはいけない…
単に仕事熱心で、大勢の人に期待される役者として完璧を期するためとはいえ、アーサーがそんな感情を持つ原因を作ってしまった役作りのための疑似的関係を申し出た事で、ギルベルトは責任を感じて困ってしまうかもしれない…。
0 件のコメント :
コメントを投稿