病院に着くと運転手に礼を言ってタクシーを降り、病室へと急ぐ。
エレベータを待つ時間も惜しく、2,3階くらいなら階段をかけあがりたいところだったが、あいにく7階の特別室なのでどう考えてもエレベータの方が早いと、イライラと足踏みをしながら待った。
頼むから…待っててくれ……
祈るように念じながらようやく降りて来たエレベータに飛び乗って7階へ。
エレベータを降りると部屋数は多くはないのでほんの数秒で着く病室。
ドアを開けた途端鳴り響く警告音。
まるで現実感がない。
正面の寝台に横たわる最愛の恋人が力なく伸ばす手を取ろうと駆け寄って…
それはまるでスローモーションのようだった…
伸ばされた指先に触れようとしたまさにその直前…その手は力を失ってパタンとベッドのシーツの上に落ちて行った。
きしむ心臓…
「…アルト……いやだ……」
自分のものではないようなかすれて弱々しい声が遠くに聞こえる。
一気に視界が絶望に薄暗く塗りつぶされていく。
慌ただしく動く医師や看護師。
そんな中でギルベルトは呆然と立ちすくむしか出来ない。
気づけば止まらない涙で滲む視界。
アーサーの命を助けようとしてくれている人達の邪魔にならないように…それだけが唯一自分に出来る事だと、目の前に横たわる恋人を抱え込んでしまうような行動に出ないように、理性を総動員して身体中にグッと力をいれて耐える。
それでも耐えられなくて…耐えきれなくて、これは映画の中の事なのだ…と自分に暗示をかけた。
手を伸ばしたくてもディスプレイで阻まれて、手が触れる事はできないのだと…
ああ、これがフィクションの物語だったらどんなに良いだろう。
OKのサインが出ると、アーサーが起きあがる。
――死んだ役なのに途中で少し動いちゃって…
なんて不安げにギルベルトを見あげてきて、自分はそれに対して、
――監督のOKが出たんだから大丈夫っ!俺様から見たらまるで本当にアルトが死んじまったみたいで、泣きそうになっちまったぜ
なんて抱きしめるのだ。
そう…これがフィクション(撮影)だったなら……
まるで現実感がない…そう、現実感がなさすぎて……
――現実じゃねえなら生きるために呼吸をする必要もないんじゃね?
なんて思った瞬間、周りから空気がなくなった。
ひゅうっと喉から変な音が出た。
呼吸が…できない……
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