心配すぎる事がある…
そんな時はひとは他の事に身が入らないものだ。
ギルベルトは自他共に認めるほど理性的な人間で、さらに物ごころついた頃から芸能界で役者をしているため、仕事となれば自分の感情をとりあえず置いておくくらいはお手の物なはずだったが、今は無理だった。
さすがに休んだ方がいいのでは?と勧められたが、そんな暇はない。
一刻も早く撮影を終わらせてアーサーが入院している病院に戻らなければならないのだ。
そんな思いから強硬した撮影。
感情の割り切りなど出来るはずもなく、蒼褪めた顔のまま悲壮感が漂った演技…
普通ならNG連発なところだが、非常に幸いにして、今日撮るラストシーンは、恋人を目の前で殺されて絶望した主人公が仇である敵を殺したあと、恋人のあとを追うというものだったので、事情を知らない面々からは、なるほど、ギルベルトのこの酷い状況は役作りの一環だったのか…と、納得されたくらいである。
こうして全てのシーンを問題なく撮り終えたところで鳴るメールの着信音。
差し出し人が自分が不在の間に病床のアーサーの付き添いを頼んでいるフランシスなあたりで、手が震える。
震えの止まらない指先でメールをタップすると、普段はくだらない修飾や冗談で埋め尽くされるフランシスのメールとは思えないほど短い文面…
『撮影終わった?終わったなら急いで病院に来てっ!!!』
その切迫したような短い文に、演技を終えて止まっていた涙がまた溢れ出た。
今は運転はまずい…
絶対に事故を起こす。
自分が冷静でないと言う事だけ、かろうじて残った理性で判断して、笑顔で挨拶を交わし合うスタッフに一言もかけないままギルベルトは無言で現場を離れて外に出るとタクシーを拾った。
「釣りはいらねえから…とにかく急いでくれ」
と、一万円札を渡して行き先を告げる。
すいていれば車で20分ほどの距離。
だがちょうど帰宅ラッシュでなかなか車が動かなくて苛立つ。
――夜に車が連なってると、この車の前に空へと続く透明の道でも出来て渋滞の上を走って行ったらライトがキラキラしてすごく壮観だろうなぁって思うよなぁ
以前ドライブに行って夜に高速道路で渋滞に巻き込まれた時、そんな普通は憂鬱に思えるような状況でも、こんなにたくさんのライトがキラキラしていて綺麗で楽しいと助手席で目を輝かせていたアーサーを思い出して泣きそうになる。
なんでも珍しくてなんでも楽しくて、些細なことでも嬉しい…そんなアーサーを幸せにしたかった…なのに……
こみ上げるモノを押し戻すように、ギルベルトは両手で顔を覆った。
もしアーサーが元気になったなら…もう一度車で旅行に行こう。
夜の高速を走って、キラキラした車のライトに目を輝かせるアーサーを堪能するのだ。
夜景の綺麗なホテルに連れて行ってやろう。
それから…
泣きださないために必死に色々を考えるが、それで余計に涙がこみ上げてくる。
理由も告げずに急いで病院に戻れと言う事は、おそらく容体が急変したということなのだろう。
離れなければ良かった…
何も出来ないのはわかっているが、もしかしたら呼吸をしている恋人を目にする最後の時間だったかもしれないのに…
悔恨ばかりがクルクルと脳裏を回った。
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