その後気付いた時には見知らぬ場所だった。
どこかはわからない。
ただ不快感が全身をつつみこんでいる。
ひどく寒く…息苦しく…身体の節々が痛い…
そしてそんな身体の不快感より何より、確かに抱きしめていたはずのアーサーの唯一の救い…クマのギー君の感触が手に感じられないのが悲しくて、泣きながら伸ばした手は空を切った。
ギー君…とクマの名を呼ぼうと開いた唇からは言葉の代わりにヒュゥヒュゥと嫌な呼吸音が漏れるのみ。
胸もひどく痛む。
なぜか呼吸が出来なくて、ひどく息苦しくて、ああ自分はこのまま死ぬんだな…と思った。
それに関しては本当にもう異論なんかなくて、むしろこのまま苦しいままなら死んでしまうのも構わないと思うのだが、せめて…と思う。
誰にも望まれないのも仕方なくて、誰かに迷惑や負担もかけたくはないとも思っているので、この世で唯一の恋人だった相手に側に居て欲しいなんてことまでは望まないが、せめてギー君だけは死ぬ瞬間まで側に居て欲しいと願うのはダメだろうか…。
死んでしまったら誰からも忘れ去られても良い。
誰にも望まれず、誰にも惜しまれず、死んだあとの遺体など打ち捨てられても良い。
だから…一つだけ…せめてアーサーの生涯でただ一人…一時でも恋人と呼んでくれた彼がくれたあのクマだけは……あの銀のクマだけは自分の手から奪わないで欲しい…
それは人生の全てを諦めてきた…そして今も諦めているアーサーのたった一つの願いだった。
声なんてとっくに出なくて、何か話そうとするとひどく胸が痛んでひゅうひゅうという音しかでなくなっていたが、アーサーは必死に頼み続けた。
だが、願いは聞き届けられる事なく、どんどんと身体から力が抜けていく。
…ぎー…くん……
ぽろりと散々泣いてカラカラになった身体から最後の一滴の涙が零れ落ちると共に、最後の希望に縋った手は叶えられない望みに力尽きたように、パタンとベッドの上へと崩れ落ちた。
ピーピーと尖った音がけたたましく鳴り響く。
その不快感に眉をひそめる力さえ、アーサーにはもう残されていない。
ひどく自分の存在が心もとなく不安感にさいなまれながら人生の幕を閉じようとしている事に心が耐えようもない痛みを訴えた。
…その瞬間だった…
遠くで聞こえる声…
それはとても懐かしくも慕わしい……光に満ちた……
………
手を伸ばしたかった…が、アーサーが動かせたのはわずかに指先のみ…
そのまま心に痛みを残しながら、アーサーの意識は静かに途切れて行った。
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