ドラマで始まりひっそりと続く恋の話_2

こういう時は海辺の小さな町にでも行くのが正しいのかもな……

そんな事を思いながらアーサーは初めてここに来る時にギルベルトと手を繋いで歩いた遊歩道をちょうど逆方向へと歩く。

あの時は初春で遊歩道に沿うように植えられている桜の木が固い蕾をつけ始めたのを見ながら同じこの道を逆方向に歩いた。

その道を今はまるで桜吹雪のような雪に見送られながら、駅の方へと歩いていく。


しかし自分で覚悟をして日程を決めたはずなのに、存外に諦めの悪い足は数メートルも歩くと止まってしまった。

(…最後だから…目に焼き付けておこう……)

と、振り返ると見える光景に、今までの1年が本当にドラマのように思えてくる。
それほど…現実感のないお伽噺のそれのように綺麗なマンションが目に移った。

つい先ほどまでそこに住んでいたなんて本当に信じられない…

あれは実はアーサーが見た夢だったのだ…と言われても、そうだったのか…と納得できてしまう。

でも……その愛おしくも美しい時間は確かに存在していたのだ……最愛の恋人と共に……

じわりと目から溢れ出る温かい涙が頬を伝う事で、アーサーは自分が随分と冷えてしまっていた事に気付く。

一度流れ出た涙を止める事が出来ず、そのまま大勢の人のいる駅に行くのもためらわれて、アーサーはちょうどそこにポツンと置かれている象を模したベンチに座って涙が止まるのを待つ事にした。


雪は雨のように直接的ではなくじんわりと、冬の寒さを連れてくる。
はぁ~と手を温めようと口元に手を持って来たところで、ここ1年ほど寒い日でも手袋を用意する習慣がなくて、今もそのままつけていない事に気付いた。

そう、この1年間ずっと、ギルベルトは移動時はたいてい車を用意してくれていたし、車を降りて寒い中を歩く時には当たり前に手袋とマフラーを持ち歩いてアーサーにつけてくれていたのだ。

そんな1人の頃に当たり前だった自分の事は自分でするという習慣がなくなっている事に今更ながら気づき、どこか心細い気分になる。

寂しい…悲しい…心細い……
止まらない涙を拭うには薄手のハンカチは頼りなさすぎて思わず身を縮めるようにした時にふと触れる銀色の毛並み…

恋人だった相手ほどにはそれは温かさは伝えてきてはくれなかったが、それでもぎゅうっとだきしめていたせいか冷え切った自分の手よりはよほどぬくもりが感じられて、アーサーは縋るようにその、ギルベルトに貰ったギルベルトに模したクマのぬいぐるみのふわふわの毛に顔をうずめる。

それは贈り主が本当にそうと思ったかは別にして、それを贈ってくれた時の言葉の通り、ギルベルトの不在を埋める唯一の存在で、この世で唯一アーサーが縋れる相手だった。


悲しくて寒くて冷たい世界で唯一ほんのりと温かさと幸せを運んでくれるクマ…

このまま世界で2人…時を止めてしまえればいいのに……
そう、他の時は止められなくても、自分の時はこのまま止まってしまえばいい…

そう思いながらアーサーはクマをだきしめながら静かに目を閉じた。



 Before <<<     >>> Next  (3月7日0時公開 )



0 件のコメント :

コメントを投稿