ポケットから出すキーホルダー。
それは映画の中で主人公が彼の恋人に贈ったのと同じ物…
そして…アーサーが住むには立派すぎるこのマンションに初めて連れて来られた時に最初にギルベルトに渡された、“ギルベルトの恋人役”のための贈り物だった。
アーサーは手の中の鍵をしばらくぎゅうっと握り締め、そして何かを振り切るように2人の物だった鍵付きの郵便受けにそれをいれる。
かちゃん…という鍵が落ちる音。
それは俳優ギルベルト・バイルシュミットとアーサーのドラマの終演のベルだった。
そうしてズキズキとした心臓の痛みに気づかないふりで、アーサーがガラスの自動ドアをくぐると、さきほどまでの雨は雪に変わっている。
ひたすら悲しく冷たい雨と違って、それはふんわりとした柔らかさを持って…しかし、その柔らかさのせいでどこか切ない。
ズキン……とまた胸に痛みを感じて、アーサーはぎゅっとコートの胸元を空いている方の右手で掴んだ。
外に足を踏み出せば、うっすらと白い道路に成人男性にしては若干小さめのアーサーの足跡がつくが、それはすぐあとから降り積もる雪に消されていく。
まるでアーサーがこの場に居た事がなかった事になるかのように…
目元に何かこみ上げてくるのは、きっとズキン、ズキンと痛む胸のせいだ。
そう自分に言い聞かせて、アーサーは駅に向けて歩きだした。
こうして歩を進めてふと悩む。
とにかくギルベルトが戻るまでにこの場を離れなければ…と思うものの、さてどこへいったものやら……
なにしろ1年間ここで暮らすと決まった時に、今まで住んでいたアパートは毎月家賃4万を払い続けるのがもったいないからと解約してしまっていた。
どちらにしても、もし解約していなかったにしてもあそこには戻りたくない。
バカバカしい…と我ながら思うのだが、待っていたいのだ…
――アルト、迎えにきたぜ?
と、いつもの笑顔で両手を広げてそう言ってくれるギルベルトを…
ギルベルトは今も時間をみつけては迎えにくるために自分を探してくれている……
元に戻った苦しい生活に悲しくなった時に、そんな風に1人秘かに想像して心の慰めにするくらいは許して欲しい…
もちろん恋人役を演じる映画の撮影はもう終わるのだからそんな事は絶対にあり得ない。
それがわかっているからこそ、簡単にわかってその気になれば迎えに来る事ができてしまう場所には居られないのだ。
そう、ギルベルトにとってはこれは“ドラマで始まり終わる恋の話”だが、アーサーにとっては“ドラマで始まりひっそりと続く恋の話”なのである。
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