恋するヒーローとヒロインの話
幼い頃からヒーローになりたかった。
弱気を助け、強気を挫く。
そして…傍らには可愛らしいヒロイン。
優しくて愛らしくて…でもヒーローが間違っていると思ったら毅然と注意する芯の強い女の子。
クラスの皆にも迷惑だ」
今日、体育のための着替えをしている更衣室での事。
自分は自称彼女の護衛の男と言いあいをして、狭い更衣室の中で少々うるさくし過ぎたらしい。
するとアルフレッドのヒロインである彼女は、実に真面目な様子で周りに迷惑だと言い放った。
きゅっと眉を寄せてまんまるの大きな瞳で注意してくる彼女の様子は、ただただ言いなりのモブの女の子ではなく、まさにヒロインに相応しい。
その銀狼寮の副寮長アーサーはアルフレッドの唯一のヒロインだ。
他寮であるとか、そんな事は関係ない。
なにしろ自分と彼女はきっと神様が最終的に一緒になるようにと偶然を装って起こしたに違いないハプニングで結ばれているのである。
そう、あれは先日の副寮長の顔見せの時、思わぬ事故でアルフレッドが彼女の秘密を知ってしまった。
男子校の中に男装の女子1人。
そんな彼女にとって何より重大な秘密を知ってしまったのは、本当に運命だと思う。
寮長のギルベルトくらいはあるいは知っているのかもしれないが、もしかしたら彼すらも知らずに、彼女が実は女の子だと知っているのは自分だけかもしれない。
ということは、彼女を本当の意味で守ってやれるのも自分だけなのだ。
(…柔らかかったな……)
ふと思い出す感触。
顔見せのあの時…転んだ拍子に思わず触れたアーサーの胸は確かに柔らかく膨らんでいて、それを意識するたびアルフレッドは顔が赤くなるのを抑えられない。
なにしろ女の子の胸を触ったのなんて初めてだ。
もちろんわざとじゃない。
事故なわけで、アルフレッドがそれで自分の秘密に気づいてしまったということにアーサーは気づいていないようだ。
だからアルフレッドは他に話さないのはもちろんのこと、彼女自身にも気づいている事を伝える気はない。
自分の秘密を知っている人間がいると思えば、彼女も不安になるだろうから。
彼女自身にすら気付かせないように、他が彼女の秘密に気付かないように守ってあげる…それがヒーローとしての自分の有るべき姿だと思う。
まあ…いつの日か、そんなアルフレッドの気づかいを彼女が知って、秘密を共有しながら守って欲しいとかそんな話になったなら、その時はそれを拒むつもりはないのだが……
というか…これがドラマだったら最終的には絶対にそんな展開になるだろう。
それまでは飽くまでさりげない気づかいの出来るヒーローとしての立場を崩さず、ハッピーエンドを待つつもりでいる。
実際彼女は細くて華奢で愛らしい外見に似合わず運動神経は男顔負けによろしくて、短距離走やテニスなどは、クラスの中でもトップクラスだ。
おそらくそんな彼女が実は女の子だなんて普通なら気付かないと思う。
しかし秘密を知っている自分が見ていると、単純な腕力のなさとか持久力や体力のなさはやっぱり女の子だなぁなどと微笑ましくなる。
その他にも今日のランチの時…他のクラスメートも一緒に食事をしつつ、
「…文武両道とかそういう感じじゃなくて…プリンセスっぽい可愛らしさのある副寮長ってどんな感じかな?
2,3年の副寮長で参考になりそうなのって心当たりあるか?」
などとプリンを口に運びながらコクンと小首をかしげて聞いているあたり、やっぱり男装をしていても女の子として可愛いと思われたいと思っているんだなぁと思った。
だから
「…俺は君が一番可愛いと思うぞ」
と、彼女に言ってやると、彼女は真っ赤になって
「…俺は…2,3年の副寮長について知りたくて聞いてるんだが…」
なんて照れ隠しに睨みつけてくるから、可愛すぎてついつい笑みがこぼれてしまう。
「うん。わかってるけど、2,3年のどの副寮長より君の方が可愛い」
とさらに言うと、とうとう
「もういい。他の奴に聞いてくるっ」
と席を立ってしまったが、可愛いなぁ…きっと内心嬉しいんだろうなぁ、俺を少し意識しちゃったりしたのかなとか思って、アルフレッドは小さく笑った。
たぶん…数年後には『あの時アルがあんなこと言うから…』なんて自分の腕の中ではにかみながら拗ねてみせるんだろうか。
「仕方ないなぁっ。
俺も君の次に魅力的なプリンセスについての情報を集めるのに協力してあげるんだぞっ」
いつかは運命的な出会いをして結ばれた自分の両親のように、この友人時代の全てが素敵な思い出の1ページになるんだろう。
そんな事を思いながら、アルフレッドは機嫌よく笑いながら少し人見知りで慣れない相手に話しかけるのが苦手なヒロインのために知人から色々話を聞いてやることにした。
素直で明るく…しかしやや思い込みが激しく周りの見えない青少年が現実を知る日はいつになるのか……それはまだ誰も知らない。
Before <<< >>> Next (1月27日0時公開)
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