寮生はプリンセスがお好き4章_1

プリンセスフェリ


「交流イベント?」
昼休みの事である。

アーサーの昼休みは教室内のざわめきで始まる。
そう、優秀なイケメン寮長様が中1の教室に顔を出すからだ。

一見中背中肉。
いや、むしろ若干細身ではあるが、露出すれば目を見張るような筋肉に覆われた体躯。
もちろんその筋肉は伊達ではなく、運動神経抜群で武芸に秀で、頭脳は優秀。
サラサラの短めの銀髪に陶器のように綺麗な白い肌。

そんな風に全体的に色素が薄い中で非常に珍しい真紅の吊り目がちな切れ長の瞳がその強い意志を代弁するかのように鋭い光を放っている。

スッと常に姿勢が良く、黙っていればどちらかと言うとストイックな感じの軍人のような雰囲気だ。
なのにその整いすぎるくらい完璧に整った顔に笑みを浮かべれば、言葉もなく呆けてしまうくらいには美麗なのに温かみがある。

さらに、その、ともすれば完璧過ぎるスペックを持ってして、全身全霊で兄貴。
非常に面倒みが良いと言うのだから、下級生には寮や学年を問わず大人気だ。

そんなみんなの憧れの銀狼寮の寮長様が自らの責務と決めているのか、昼休みになると自作のランチボックスを片手に副寮長であるアーサーを迎えにやってくるのだ。


――お姫さん、迎えに来たぜ?
とにこやかに手にしたランチバッグを揺らすギルベルト。
当たり前に差し出される右手を取れば、そっと少し曲げた左腕にかけるように誘導される。

おそらくアーサーの歩くスピードに合わせているのだろう。
自分1人で歩く時よりは若干ゆっくりした歩調。

別に一般道ではなく学校の廊下なのでこれと言って車などが通るわけでもないのだが、当たり前に通路側を歩かされる。

同じく副寮長のアルが自寮の寮長と一緒にいる所を目にした事があるが、極々普通の先輩後輩といった感じで特に丁重に扱われている様子もなかったので、別に自分も特にレディのように丁寧に扱ってもらわなくても大丈夫だと言ったのだが、ギルバルトは『あ~…あそこが特殊なだけだから。本来はあれはNGだ』と苦笑した。

釈然としない…そんな様子が顔に出ていたのだろうか…。

ギルベルトは少し考えて、
「お姫さん、ちょっと今日は回り道していくから」
と、いつものように一年の教室からまっすぐ下に降りずに、そのまま2年の教室の方へと向かった。


中1でもそんな感じなわけなのだから、昨年、ギルが中3だった頃に中1だった現中2はさらに顔を見知っている人間も多いのだろう。

片側には中庭に続く大きなガラス戸や窓が並ぶ大理石の廊下を普通に歩いているだけで、昼食を摂ろうと中庭に陣取った学生や開け放たれた教室のドアの向こうでランチを広げる学生達から、ざわめきと共に視線を送られた。

敢えて声をかけてきたりはしないが、寮対抗という学園のシステムからすると学年が違う時点で別寮なので相容れないはずなのに、それが概ね好意的な視線なことにアーサーは感心した。

その人気者の寮長に連れられているせいだろうか。
アーサーにまで向けられる視線は柔らかくてホッとする。

そんな中で、まだ声変わり前なのだろう、教室の中から少し高めの愛らしい声の持ち主が飛び出してきた。


「ギルベルト兄ちゃんっ!どうしたの?2年の教室になんて珍しいね」

軽い足取りで走ってくる少年。
さらさらの茶色の髪はくるんと一筋だけ外側に跳ねていて、なんだかそれが楽しい感情でも現わしているように揺れている。

まるでふわふわと花でも飛び散らせているように可愛く優しく愛らしい雰囲気。
少年の周りだけまるでお花畑のような空気が漂う。

可愛い…本当に可愛い。
2の教室にいるのだから中2なんだろうが、年上に見えない。

ほわ~っと見惚れていると、相手はアーサーに視線を向けて、にっこりと天使のような笑みを浮かべた。

「あ…ギルベルト兄ちゃんのところのプリンセスだよね?
この前、新副寮長の紹介で見たよ~。
あのワンピース可愛かったなぁ。とっても良く似合ってたし。
ギルベルト兄ちゃんが選んだの?」
ぴょんっと少年は一歩アーサーの方へ移動して、ちょこんと小首をかしげる少年。

「いいなぁ…。
俺もあと1年遅く生まれてたらギルベルト兄ちゃんにエスコートされてたかもしれなかったのに。
菊さんの護衛してた副寮長時代のギルベルト兄ちゃん、綺麗だけどすごくカッコ良かったもん。
今はプリンセスじゃなくてカイザーになったから余計にだよね」
と、やはりニコリと笑って言った。

ああ、そうだよな…。
本当に申し訳ない。
そんなカイザーのパートナーとして自分はさぞや不似合いに映るのだろうな…と想像すると怖くてアーサーは思わず俯くが、ぎゅっと握ったその手を自分と同じくらいの大きさの柔らかい手が包み込んだ。

顔をあげると目の前で本当にこの世の全ての清らかさと優しさが凝縮したような笑顔が目に入る。

「俺ね、去年プリンセスになったばかりの頃、先輩プリンセスのギルベルト兄ちゃんには随分色々助けてもらったんだ。
で、ギルベルト兄ちゃんなら高等部になったら絶対にカイザーになるって思ってたし、もしギルベルト兄ちゃんが寮長になってプリンセスを戴いたら、絶対にその子には親切にしてあげたいなって思ってたんだよ。
だから寮対抗の諸々とかあって周りは色々言うかもしれないけど、俺が何か助けられるような事があったら遠慮なく言ってね?」

本当に本当に可愛くて可愛くて、ああ、天使だ…と、アーサーは思う。

と同時に、少年の口から自分がプリンセスなのだと聞いて、ギルベルトが今日ここに寄った意味がよくわかった。

これが理想の副寮長――プリンセス――ということか。
もう壮絶に理解した。
こんな愛らしくも優しげな存在が寮内にいたら、そりゃあ寮生は癒されるだろう。

「あ…ありがとうございます」
というアーサーに
「あ、別に敬語は使わないでいいよ?
1歳しか違わないんだし、俺もギルベルト兄ちゃんとかには使ってないから」
緊張して礼を言うアーサーに、気楽にねっと小さくウィンクをして、少年は再びギルベルトに向き合った。

くるんくるんと揺れる髪。
まるで雲の上を歩く天使のように軽やかな足取りでクルリとターンをしながら、そう言えばっ…と、少年の顔から少し笑顔が消える。
そして何か言おうと口を開いて、それから少し考え込み、また口を開いた。

「あの…ね、今年度から理事長が変わったじゃない?
それでね、今年“から”…なのか、今年“は”なのかわからないけど、もうすぐある新寮長と新副寮長の交流イベントに、今年は俺達2年や3年の先輩達も参加するんだって」

なんなんだろうね…競争とかが増えるの嫌だなぁ…と、不安げな顔をする少年。

交流イベントというのが何なのかはアーサーにはわからなかったが、何をするにも寮対抗と言う事は知っていたし、それなら他の寮と何かをする場合、それが何かの競争になるというのは頷ける。

そして…ともすれば蹴落とし合いになるのであろう競争に心を痛める少年の優しげな様子にアーサーは好感を持った。

そんなアーサーの横ではギルが少し難しい顔をして考え込んでいる。
形の良い眉を寄せて紅い綺麗な切れ長の目を少し細めるようにして…きりっとした薄めの唇も少しへの字型。
アーサーの前ではいつも笑顔なので、そんなギルを見るのは珍しい。

何か気にかかる事があるのだろうが、そんな風に考え込んでいるギルもカッコいいな…と、アーサーはこの時は呑気にそんな事を思っていた。

「なあ、フェリちゃん……」
「うん?」
「俺様のとこには日程しか通達されてなかったんだけどな、他の学年のところには何か他にも情報来てんのか?」
考え込むように顎に手をやり相変わらず厳しい顔で聞くギルに、少年…フェリはふるふると首を横に振る。

「ううん。たぶんね、普段なら参加しないところを今回は参加する事になるから、時間を空けて準備をしておきなさいって事で連絡が来たんだと思うよ。
俺のとこにも来てるのは日程だけ。
510日の13時に大聖堂に集合。
それだけだよ」

「…そうか……」
「うん」
「さんきゅ。じゃ、俺らもう行くわ」
と、結局これ以上情報は得られないと思ったのか、ギルはそう言って少年の頭をぽんぽんと軽く叩くと、再度アーサーの手を取って自分の腕に回させた。


そして
「じゃ、ちょっと時間食っちまったけど飯にしようぜ、お姫さん」
と、ギルはいつもの笑顔に戻ってそう言うと、歩き始める。

ばいば~いとそれに手を振る少年にアーサーがぺこりとお辞儀をするとまたにっこりと微笑む少年の後方には、おそらく少年の“護衛”なのだろう。

少年がアーサー達と話している間中、一瞬たりとも目を離す事無く少年を見ていて、教室に戻った少年のために当たり前に椅子を引く高校生がいる。

なるほど、確かにそれはギルの言う通り、あるべき寮長や寮生と副寮長の関係なのだろうと納得した。







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