不思議の国の金色子猫18

「…アーサー…親分寒いわぁ…」

早朝、スペインは寒さで目を覚ました。
そして気づく。
ブランケットを全部取られている。

寝ぼけ眼で隣を見れば金色の毛がぴょんぴょんと飛び跳ねていて、ああ、こいつの仕業か…と、当たり前に愛猫に向かって声をかけた……はず………???

「っ!!?????」

ガバっと跳ね起きたスペインは、ブランケットを頭までかぶってわずかに見える金色の毛と、空っぽの愛猫の布団を交互に見比べた。

「……アーサーさん?」

おそるおそるぺろりと布団をめくってみれば、真っ白な肌に長いまつげ…そして…可愛らしい顔立ちに不似合いな太いまゆげは確かに愛猫のそれだと思う。

くしゃくしゃっと見た目よりは随分と柔らかい金色の毛を撫でてやれば、すりりと手にすり寄ってくる様は確かにスペインの金色子猫だ。
ただ、猫と違うのはそこでめちゃくちゃ可愛らしくふにゃりと笑ってくれる事である。

――あかん…可愛え…。

悶えるあまり、片手を顔に、もう片方の手でベッドをバンバンと叩いていると、さすがに目を覚ましたらしい。

――ふぇ?
と、なんとも間の抜けた声と共に開けた目は澄んだグリーンアイ。

ああ、間違いない、自分の愛猫だ…と、スペインがうんうんとうなづいていると、ぱちぱちと瞬きする大きな丸い目がスペインの姿を捉えた。

「ち、違うんだっっ!!!!」
ぴょんっ!!とアーサーは飛び起きて、ズザザザザ~っと器用にそのまま後ずさり…ツルっとベッドから転げ落ちそうになるのをスペインが慌てて支えた。


「ちょお、落ち着き?何が違うん?自分アーサーやんな?」

その慌てっぷりもまさしくスペインの金色子猫そのもので、スペインは子猫が驚いて動揺している時によくそうやってやったように、抱きしめて額にキスをしてやった。

ぴき~んと固まるアーサー。
よしよしとそのまま頭を撫でてやると、コテンと力が抜けた。

「…お前……驚かないのかよ……」
ぽつりとこぼれでる言葉に、スペインはちゅっちゅっと額や頭に口付けを落としながら

「やって、今日子猫から元の姿戻るって言うとったやん?」
と答える。

あまりに当たり前に受け入れているスペインにイギリスが思わず

「お前…もしかして俺がイギリスだって気づいてたのか?」
と聞いてみると、頭を撫でていた手がピタっと止まった。

「へ?」
とぽかんと口をあけて固まるスペインに、イギリスの方も目を丸くする。

「イギリスって…あのイギリスか?!」
「おまっ…当たり前だろっ!!グレートブリテンおよび北アイルランド連合王国のイギリスだっ!てか、見りゃわかるだろっ!!!」

「おお~~、ほんまや~」
と、今更ながらほぉぉ~~っと感心したように言うスペインに、イギリスは全身の力ががっくり抜けていくのを感じた。

「お前…いったい今までなんだと思ってたんだよ…」
「アーサー人間にしたら、ほんまこんな感じやなぁって」

「どう見ても俺(イギリス)だろ?」
「いや、そもそもがアーサーはイギリスに似とったから、アーサーってつけたんやし…」

ああ、そういえばそうだったな…と、今更ながらイギリスも子猫の名前の由来を思い出す。

たかがKY、されどKY、さすがKY
空気を読まない奴ってある意味すげえ…。

そんな失礼な事を考えていたが、スペインの一言

「せやけど、アーサーがイギリスやったんか~。残念やわ~」
という言葉でイギリスは再び固まった。

…そう…だよな。可愛がってた愛猫がこいつが嫌いな貧相で性格も暗い国だったんだもんな…。
と、ジワリと涙があふれてくる。

それがポロリと頬に零れ落ちる寸前、スペインの気の抜けた声が再度その涙をひっこめさせた。

「親分、イギリス家に連れてきて、アーサーとイギリス、両手に花するつもりやったのに…」
「はぁ?」

「まあええわ。両手に花は出来ん代わりに、両手で抱きしめられるさかいな」
にぱあっと明るい笑顔を向けられて、イギリスは涙目のままスペインを見上げる。

「お前…怒ってないのか?」
「なんで?別にアーサーの正体が何やってええって親分言うたやん」

「……でも……俺だぞ?」

そう、お前が嫌ってたはずのイギリスだぞ?という思いを込めて言えば、スペインはさらに嬉しそうに顔を綻ばせた。

「ええやんっ!親分めっちゃ口説いてる最中やったしっ。それにな…」
と、そこでスペインはコツンと自らの額をイギリスのそれにおしつける。

少し笑みが消えて、エメラルドの瞳が複雑な色を帯びた。

「それに…ずっと怖かってん。
アーサーがほんまの子猫やったら、10年もすれば死んでまうやん。
可愛くて可愛くて…愛情注いだ分、めっちゃ悲しいやろ。
せやから、あの子が実は自分で…俺と同じくらいの長い時を生きてくれる国のイギリスでめっちゃ嬉しいわ。
なあ…国の姿に戻っても一緒におってくれるやんな?約束したやんな?」

いつも明るい太陽の国とは思えない、心細げなすがるような目に、イギリスの心の中で温かい何かが沸き起こる。

その気持ちのままきゅうっと自分よりは一回り逞しい褐色の身体を抱きしめると、それより強い力で抱きしめ返されて、その圧迫感と幸せでめまいがした。


――俺……たぶん切り替え下手だぞ?お前が嫌になっても、しつこく食い下がるかもしれねえぞ?
――食い下がったって。親分絶対に自分の事諦めへんから、自分も親分の事諦めんといて。

――……素直に甘えたりとか…できねえし……
――素直になれへんところも可愛えけど…甘えたなったらまた子猫になり?そしたら親分めっちゃ甘やかしたる。で、国の姿に戻ったら、今度は一緒に美味しいもん食べよ?親分が腕ふるったるから。猫にも国にもなれる恋人なんて最高やんっ。

――猫と国、両方か?
クスリとイギリスが笑うと、

――おん、両方や。毎日がハローウィンみたいで楽しいかもしれへんで?
と、スペインもうなづいて笑う。

こうしてスペインと金色子猫は金色の外見年齢23歳(自称)となって、時に国体、時に子猫として甘い生活を送ることになる。


時折訪ねるスペインと交流のある国々は、そのポケットや懐で寛ぐ子猫がいつまでたっても子猫な事を不思議に思って尋ねるが、その質問にはスペインはいつもこう答えるのである。

――不思議な国の子猫やからな。この親分の可愛い愛しい子猫は。





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