不思議の国の金色子猫10

ま~お……

膝を抱えて眠るスペインの膝と胴の間にぴょんと小さな金色の身体を潜り込ませると、アーサーは小さな頭をスペインのシャツの胸元に擦り付ける。

ま~お…

いつものように甘えて鳴くと、これも習慣になってしまったのだろう。
スペインは膝を抱えていた手を放して、アーサーをしっかり抱きしめた。

暖かい太陽の国と言えどもだいぶ冷え込む秋口の真夜中。

それでも暖かい国を体現するその体は温かくて、1週間ぶりのその体温の心地よさに、アーサーもいつのまにか眠りに落ちていた。


夜明けすぎ…まだ薄暗い中、スペインはそれまでは全く感じることのなかった寒さで目を覚ました。

全体的に冷えた風が吹きすさぶ中、腕の中には柔らかく温かなぬくもり。

その温かさが一人で心まで冷え切っていたさきほどまでは感じることのなかった寒さを感じさせてくれる。

胸元に視線を落とすと、すぴすぴと可愛らしい寝息をたてながら眠る小さな金色の塊がしっかりと手の内にある事が確認できて、スペインはハ~っと安堵の息を吐き出した。

愛しい愛しい金色子猫。

前回の会議同様、会議が終わったその日には帰ってきていると信じ込んでいたこの愛猫が自宅に戻っても帰ってなくて、チャイムなど押せないであろうこの子が家に入れないで彷徨わないようにと、一昨日も昨日もずっと外のドアの前で過ごした。


帰ってこなかったら…と、そんなことを考えてしまうと恐ろしくて、馬鹿みたいにドアの前で立ちすくみ、夜はドアの前でそのまま眠りに落ちたのだ。

こうしてスペインを散々心配させて、いつものようにひょっこり戻ってきた金色子猫。

事情はわからないが、色々あって帰宅が遅れたらしいスペインのこの大事な子猫は、その特有な能力で夢の中でのみ意思の疎通が出来るのだが、今回はその能力を使って、自分は実は猫ではないのだ、という、本人(本猫?)は衝撃的だと思っているらしい事実を明かしてくれた。

スペインにしてみれば元々夢に登場出来るなんて当たり前に普通の猫ではないということは予測がついていたし、子猫の姿は確かに可愛らしいが、それだけでこの子を好きなわけではないので全く問題はない。

確かに最初はこの可愛らしい容姿に惹かれたところがないとは言わないが、一緒に暮らすうちに明らかになってきたやんちゃで不器用だけど優しく甘えん坊な性格を何より愛するようになっていた。

今では例えこの子の本当の姿が熊でも牛でもダチョウでも、どんな姿だろうと愛せる自信がある。

話しがあるとこの子に言われた時に、もしや別れの言葉?と絶望的な気分を味わった事を考えれば、本当に全く大したことなんかではないのだ。

それどころか、スペイン的には今の姿も可愛らしくて好きだが、3日間は魔法で戻れないらしいこの子の本当の姿とやらが拝めることも楽しみなくらいである。


「まあ…その前に風邪ひかさんようにせんとな。」

ふるりと手の中で震える頼りないまでに小さな体を抱いたままソッと立ち上がると、スペインは自宅の中へと戻って行った。



二日ぶりに足を踏み入れる寝室。
アーサーのふわふわした身体をそっとベッドの上の専用の布団の上におろして、スペインも寝る体制に入る。

布団にもぐりこんで枕に頭を乗せれば、スヨスヨと小さな寝息と嗅ぎ慣れた花とミルクの香り。
顔にかすかに当たる柔らかな毛と温かなぬくもりは、まさに幸せの象徴だ。


「おかえり…あと、おやすみ、アーサー」

スペインは大層幸せな気分で起こさないように指先でそっとその小さな頭を撫でると、久々に落ち着いた気分で目を閉じた。



こうしてどのくらい眠れたのだろうか……

ぱふぱふ……ぱふぱふ……
柔らかいモノが頬に当たる感触。

それは毎日の習慣で、同時に愛しい愛しいモノが側にいる証…。

その幸せを噛みしめたくて、スペインはわざと目を開けずに放置していたが、いつもならそろそろ顔の上での足踏みに切り替わるタイミングだと思うのに、いつまでたっても顔の上に衝撃が来ない。

…おかしい……

「……?」

そろりと目を開けてみると、ガラス玉のように澄んだまんまるのグリーンアイとばっちり視線が合う。

しかしその途端、アーサーの身体がビクンと震えて、ぱふっと頬に当たった前足がおろされ、慌てて目が逸らされた。

……まぁ~ぉ
と、うつむいたままの状態でおずおずとつぶやかれる挨拶。

もしかして…昨日言っていた、アーサーいわく、正体を隠していたという事を気にしてるんだろうか……。

傍若無人に見えて、意外に気が弱いところがあって、特に相手に嫌われるということを過剰に気にするアーサーの事だ、そうなのかもしれない。


「アーサー、おはようさん。帰ってきてくれて親分めっちゃ嬉しいで?」

そんなこと気にしないでいいのだ、と、スペインはいつもよりテンション高くアーサーを抱き上げて小さな顔中にキスを落とすが、アーサーは小さな体をさらに小さくするように固くこわばっている。

見開かれたままの目だけが心細げに揺れていて、スペインの胸はこの実はとても怖がりで繊細な子猫に対する愛おしさと憐憫でいっぱいになった。

「大丈夫やで?アーサーはなあんも心配せんでええ。
親分がなんでもええようにしたるからな。心配せんでもええんやで?」
と話しかけながら、リビングへ。


ソファに放り出したままだったエプロンを身に着け、アーサーをポケットの中へと収納する。





0 件のコメント :

コメントを投稿