「俺…スペインとは過去の事があるから、絶対にわざとだと思われると思うんだ……」
と、手持無沙汰だったのかクッションを抱え込んで、しょぼんとうなだれる様子は本人無意識なんだろうが、あざと可愛い。
まさに子猫のソレである。
プロイセンが知る限りのスペインなら、こんなところを見てしまったら悶え転がるに違いない。
まあスペインの事はいい。
プロイセン的にはそんなことよりまず知りたい事がある。
全てはそれを確認してからだ。
「あのな、ちょっと立ち入った事聞いていいか?」
と、手にしたカップを置いて少し身を乗り出す。
「なんだ?」
と、半分涙目のペリドットで見上げられて、胸がときめきと痛み、双方で埋め尽くされた。
はっきりしないでもいいのではないか?と、チラリとそんな弱気な考えが脳裏をかすめるが、イギリスのためにベストを尽くしてやりたい…たとえそれが自分の希望と相反する事だとしても、それが一番、それが最優先事項だ…と思い直す。
プロイセンは自分に決意をうながすため一瞬目を瞑って、次の瞬間目を見開いて言葉を続けた。
「お前さ、スペインとはどうなりたい?」
「どうって?」
プロイセン的には白か黒な答えが即返ってくるか、もしくは照れて真っ赤になるなどわかりやすい反応が返ってくるものと思って、かなり覚悟をして聞いたわけなのだが、当のイギリスは、わけがわかりませんとばかりに、半分顔をうずめていたクッションから顔をあげて、きょとんと、可愛らしく小首をかしげた。
わかった…壮絶にわかった………
プロイセンは片手で顔を隠して必死に笑いをこらえた。
笑っている場合ではないのだが、本当にイギリスは仕草一つ一つがアーサーにそっくりだ。
子猫っぽいというのか…。
「プロイセン?」
と、どうやら笑いをこらえているらしいプロイセンに気づいてイギリスの声に若干険が混じり始めるのに、プロイセンは慌てて根性で笑いを押し込める。
一呼吸おこうと、カップに手を伸ばして薫り高い紅茶を一口。
ふ~っと感嘆の溜息をついた。
「つまりな、関係の悪くない知人でいられればOKなのか、友人でいたいのか、親友というレベルになりたいのか、それとも……」
ああ、この先は出来れば考えたくない。
そんな気持ちでいったん言葉を切るが、それでもやはり正確なところを知っておきたいと、言葉を続ける。
「恋人とかそういう関係になりたいのか…」
ああ、最後のは否定してくれ…と祈るような気持ちで組んだ指を落ち着かなく動かすプロイセンに気づくこともなく、イギリスは初めてそんなことを考えたとばかりに、少し視線を天井に向けて考え込んでいるようだ。
そして……
………
………
………
ぼん!!といきなり真っ赤になった。
「お、おまっ!!なんでそこまで話が飛躍するんだっ!!!」
「いや…だってどのレベルを望んでるかによって対処違うだろ?」
ひどく動揺しているイギリスに、プロイセンはかえって冷静になる。
クッションを放り出してわたわた手を振る様子が可愛いなぁ…などと他人事のように思い、この反応はもしかして俺様墓穴掘っちまったのかなぁ…と、ズキズキと痛む胸を他人事のように認識する。
そんなプロイセンの内心に当然気づくはずもなく、イギリスは自分のカップを手に取ると、ごくん!と中身を飲み干した。
「現状維持で良いなら、スペインに責めさせねえ策はある」
ああ、俺様も往生際が悪ぃ。
潔くねえ。
そう思いながらプロイセンは指を組んだ手に顎をのせてイギリスの答えを待った。
まあ…それでも現状維持が最低限、スペイン次第ではさらなる発展もある選択肢だ。
――現状維持でいい…。
本心かどうかはわからないが、イギリスは答えた。
「元々…子猫の姿の関係は子猫の姿の時限定だという事はわかってる。
確かに今回スペインの色々な一面を知って、すごく身近に感じて…情が移らなかったわけじゃないけど…元々は偽りの仮初の姿での関係だったわけだから……。
スペインを傷つけないですむなら、それでいいんだ…」
そう続けたイギリスに、プロイセンは泣きたくなった。
――スペインを傷つけずに済むなら我慢できる…?
――それって、かなり好きだって事じゃねえのかよ…。
自分かイギリス、どちらかが失恋する事になるのだろう…。
そう思えば心が揺れるが、それでも…やっぱり幸せになってほしい。
自分の中の根底にある、神に仕える騎士としての成り立ちが、自分自身の幸せより、自分が守りたい相手の幸せを願った。
「まあ…スペイン次第だけどよ。最悪でも現状維持だ。
それ以上だって望める可能性はある。
なにしろ天才の俺様の策だからなっ!大船にのった気でいろよっ」
プロイセンはケセセっと笑ってドンと自分の胸を叩いた。
そんなプロイセンに、心細げな泣きそうな顔をしていたイギリスが少し笑みを浮かべる。
ああ、そんな顔すんなよ、と、本当は自分の方が泣きそうな胸の内を隠して、プロイセンは明るい口調で言葉を続けた。
「もしもな、現状維持で寂しくなったらな、俺様に電話寄越せ。
なにしろ俺様は国の枷すら飛び越えた超神的すげえ存在だからなっ。
おはようからお休みまで側で子猫時代のお前に対するスペインも顔負けなくらいきっちり世話してやんよ」
その言葉でイギリスは泣き出してしまった。
なんで泣いたのかはわからない。
わからないが一緒に泣きたい気持ちをこらえて落ち着くために、プロイセンはカップに…あの、子猫の時のアーサーがお気に入りだったフルーツ模様のカップに残っていた紅茶を飲み干した。
「なあ…10分で泣きやめよ?そこから俺様が策を説明すっから。
一言一句聞き逃さずに実行すれば絶対大丈夫。悪い方向にはいかねえからな」
感情的にはこのまま泣いているイギリスを抱きしめて一日が終わってしまえばいいと思う。
しかし…イギリスのためを思えばそういうわけにもいかない。
ああ…俺様ってほんと普憫…。
普段は言われると抵抗のあるその言葉も、今だけは自分でそう言いたくなった。
そう遠くない未来には、きっとこうして泣くイギリスを抱きしめるのは自分の役ではなくなっているだろう。
――可愛え可愛え親分の子猫ちゃん、泣き止んだって?そのためなら親分なんでもしたるから…
そんな言葉を照れもなく普通に甘い声で囁いて、褐色の腕でイギリスを抱きしめながらキスを落とす悪友の姿が脳裏に浮かんだ。
それでも…ああ、それでも今だけは、澄んだグリーンの瞳からはらはら流れる水晶のように透明な雫を拭うのは、あの褐色の指ではなく、自分の白い指先だ。
こうして10分間、プロイセンは泣いている想い人を抱きしめながら、自らの恋心にソッと別れを告げて蓋をした。
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