中学校に入ったらプリンセス(副寮長)に選ばれました
静かな森を見下ろす夜のバルコニーに設置されたテーブルの上にはパーティにでも出て来そうな御馳走。
華奢な作りのチェアに座らされ、両隣にはカイザー(寮長)とナイト(護衛)。
どちらもまるで彫刻のような美丈夫で、学園の制服である燕尾服を一部の隙もなく着こんでいる。
アーサーが入学した私立シャマシューク学園は国内でも有数の名門男子校だ。
とはいっても、名門の子弟しか通えない小等部と違って、中等部からは一般家庭の成績優秀者もごく一部入ってくる。
アーサー自身はそんな中等部からの、いわゆる外部生である。
実家は中小企業を経営していて、4人兄弟の末っ子。
と言っても、上3人は父が会社の社長の娘であったアーサーの実母と結婚する前からつきあいのあった女性の子、つまり異母兄で、実母が亡くなった後に父がその女性と再婚をしたこともあり、家族の中でアーサーだけどこか居場所がないような空気だった。
なので実母やその父である祖父が存命の頃に買い与えてくれたティディ達に囲まれた自室でひたすら勉強。
成績だけは良かったので、この全寮制の学校へ行きたいと言った時には反対する者は誰もいなかった。
小学校は異母兄達と同じ学校だった上に一番下の異母兄とは同学年だった事もあって、どこか異質な家庭事情であることからクラス内でもなんとなく浮いていて、友人の1人もいなかった。
だから誰も自分の事を知らない中学に入ったら友人を…と思って入学したのだが、世の中は甘くない。
小等部からの友人がいる内部生の多い学校だ。
すでに他に一緒にいる友人が十分いるのに見知らぬ相手であるアーサーにわざわざ声をかけてきてくれる人間はなく、アーサーも自分から進んで同級生に声をかけることが出来ない性格なので、入寮前の最終日、入学3日目のランチも1人ぽつねんととっていた。
そんな時である。
声をかけてくれたのは、同年齢とは思えないほど体格も良く厳つい感じの生徒だった。
それが今隣で食事を取っている、自称“プリンセス所有の一枚の盾”で、プリンセスと呼ばれる副寮長の護衛役だというルートヴィヒ。
最初に会った時、不器用そうに浮かべる笑みを見て、もしかして笑うのが得意でないのかも?と思った印象はその通りだったらしく、彼自身もその厳つい容貌と良すぎる体格のせいで他人に避けられやすく、人に馴染むのが下手で友人を作れずにいたらしい。
しかし付き合ってみれば誠実で実直で優しい人柄だとすぐわかる。
まだそれから4日しかたっていないが、今ではまるで数年来の親友のようにアーサーは頼りに思っている。
そしてもう片方の隣に控えるのはそのルートの兄で寮長のギルベルト。
彼はもう人種が違うのだと思う。
サラサラの銀色の髪に真紅の瞳、整いすぎるくらい整った顔立ち。
背もそこそこ高く、ルートほどではないが無駄なく筋肉のついた、いわゆる細マッチョという感じの体系だ。
だが中等部のころはまだ小さく、その美麗な容姿からプリンセス(副寮長)に選ばれたが、強さと賢さを兼ね備えていたため、寮生のみならず、他の寮の寮生達からも一目置かれていたという人物らしい。
それが納得できてしまう物腰と能力、高いコミュ力の持ち主…つまり、目の覚めるようなイケメンで、強くて頭も良くて、人望もあってカッコいい、完璧な人間だ。
そんな相手が、慣れない学校や寮、そしていきなり任命されたプリンセスという立場に慣れないアーサーをフォローし守ってくれている。
「アーサー、大丈夫か?寒くないか?」
と、吹いてきた風にルートが自分の上着を脱いで肩にかけてくれたかと思えば、
「お姫さん、口についてる」
と、アーサーの口の端についたソースを指先で拭ってくれたかと思うと、
「ほら、俺様が食わしてやるよ、口開けろ。あーん」
と、優しく笑って料理を乗せたスプーンをアーサーの口元に差し出すギルベルト。
そんな食事風景がここ数日、当たり前になりつつあった。
今までの人生からすると、ありえない他人からの優しさに、まるで恋愛小説の主人公にでもなった気がしてくる。
いや…まあ…性別的にはおかしいのではあるが……
そう、まるで愛らしいレディに対するような扱い。
それを受けるのにふさわしい愛らしいプリンセスである事…
それが副寮長の仕事だと言う事でそういう存在があると当たり前に認識しつつ育って来た内部生と違って、外部生のアーサーには苦痛になるだろうと、ギルベルトは随分と心配してくれていたように思う。
が、恥ずかしいから絶対に言えないが、実はアーサー的には全く問題はない。
だって、ヌイグルミもフリルもレースもリボンも…可愛いものはみんな大好きだ。
好んで読むのは王子様とお姫様の出てくるおとぎ話か魔法の世界のファンタジー。
趣味は刺繍にレース編みなど手芸全般。
自分みたいに冴えない男に似合うとは思えないし、自分から欲しいとは絶対に言えないが、お願いされて渋々という形で、嘘みたいに可愛らしいレースやリボンがふんだんに使われた小物や衣類を支給してもらえるのだ。
入寮初日、ギルベルトが実家にあるから貰って欲しいと言ってきたティディベア。
可愛らしいピンクの毛並みにつぶらな瞳の大きめで抱き心地の良い子なのだが、日本でたった20体しか作られなかった限定品。
もちろん…今手にしようと思ったら良すぎるお値段。40万円以上する。
それを日常的に連れ歩いて欲しいと渡されて、今もアーサーのテーブルを挟んで正面の席に鎮座して、つぶらな瞳をこちらに向けている。
なんて楽園。
本当に毎日が夢みたいだ…。
考えてみれば…5年前に母が亡くなって以来、新しいティディを手にしたのなんて初めてだ…。
それまでは誕生日やクリスマスなど、何かの祝い事のたびにそんな特別な日にも愛人の所にいて自宅に帰らない父親不在の寂しさを感じさせないようにと思ったのか、毎年『新しいお友達がお祝いにきてくれたわよ』と、ティディベアを贈ってくれていた。
見慣れた子とは違う目の前のティディにそんな事を思い出して、弱いと自覚のある涙腺が決壊して溢れて来た涙に、両隣の兄弟がひどく慌てる。
「兄さん、熱すぎるもの食わしたんじゃないのか?!」
「いや、俺様ちゃんと温度は見てるぜ?
どうした?お姫さん、舌でも噛んだか?」
肩を抱き寄せるようにして顔を覗き込んでくるギルベルトにますます涙が止まらない。
「ごめんな?なんか俺様嫌いなモンでも食わしたか?」
と普段の冷静っぷりが嘘のようにオロオロ言うギルベルトに、アーサーはふるふると首を横に振った。
「…がぅ…違って……」
ひっくひっくと泣きながら事情を話すと、一瞬息を飲む兄弟。
そして次の瞬間、2人に同時に抱きこまれた。
「あー!もうっ!!俺様達がずっとそばにいてやっからっ!!
お姫さんが嫌だって言っても側にいんぞっ!」
「そうだぞ、アーサー。
俺も兄さんももうお前所有の一枚の盾であり一振りの剣だ」
「そそ、ゲームで言うならあれだな、呪いの装備ってやつか?」
ケセセっとそこで特徴的な笑い声をあげながらそう言う兄に
「…何故呪いなんだ?」
と複雑な表情で視線を向ける弟。
それにギルベルトはにんまり笑う。
「そりゃあまあ…あれだ。
例え捨てようとしても戻ってきて離れないってやつだな」
「…なるほど。言いえて妙だな」
そこでようやく納得がいったのか生真面目な様子で頷く弟。
そんな2人がなんだか面白くて、思わず笑うと、兄弟も笑顔になった。
「良かった。笑ったな」
「うむ。アーサーは…その…笑った方が愛らしいと思う……」
兄はただ嬉しそうに、弟は少し照れたようにそう言って、それぞれまた自分の席について食事を続ける。
まるで家族のように温かい。
実際の家族の中に居る時には与えられなかったぬくもり。
それを無条件に注いでもらえる代償と考えるなら、レディ扱い、おおいに結構じゃないかと思う。
兄弟以外の寮生だって、小学生時代のクラスメートのように嫌な目で見たりしない。
――やっぱうちのプリンセスが一番じゃね?全寮1だよなっ。
と、どこか嬉しそうに楽しそうに向けられる好意的な視線。
この優しい仲間のために、銀狼寮が一番と評価してもらえるように、自分も頑張ろうと素直に思える。
「…あの…ギル…」
「ん?なんだ?お姫さん」
「週末の顔見せのために欲しい物があるんだけど…」
「おうっ!何でも言えよっ!
プリンセスは寮の誇りだからなっ!
顔見せは寮自体の評価にもつながる大事な行事だ。
出来る限りのモンは取り寄せてやるぜ?」
そう、入寮後初の金曜日。
1年生の2つの寮は寮長と副寮長、通称カイザーとプリンセスのお披露目がある。
それまでは寮に慣れるために授業も休みだが、その次の週からは普通に授業。
つまり寮の外に出る事になるので、そこからはもう寮対抗の始まりだ。
すでにお披露目のためにギルがプレゼントしてくれたティディの色に合わせてピンクのワンピースを用意してくれている。
おおやけで女装と言う事に全く抵抗がないかというとそういうわけでは当然ないのだが、銀狼寮のためなら仕方がない…そう思う程度にはアーサーはこの寮の寮生達を好きになっていた。
それに寮生の欲目ではなく、きっとギルは他のどの寮の寮長よりカッコいいと思う。
だからこそ自分も、金狼寮のプリンセスはもちろん、他のどの寮のプリンセスよりも綺麗でいなければならない。
そう思い、完璧を期するため、アーサーはギルに依頼する。
綺麗にラインが出るように…とある代物を……
それが…一つ大きな誤解を生んで、アーサーの学校生活を一つややこしい物にすることなど思いもせずに……
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