そもそも俺様最近スイス方面行ってねえし」
怒っているらしい…と言うのはぷくりと膨らんだ頬で見て取れたが、そんな顔をしても可愛らしいだけだ…と言えば余計に怒られるので、空気を読んで黙って話を聞いていれば、やっぱり誤解を受けているらしい。
色々気になる事はあるが、まず身の潔白だけを主張しておく。
するとイギリスは…え?という顔で固まった。
そのまま硬直。
「………」
「おい、大丈夫か?」
「………」
「おーい、イギリス?」
予想外だったらしい。
国政ではしたたかな老大国のはずなのだが、プライベートのイギリスは意外に突発事項に弱い悲観主義者だという事は、イギリス邸を訪ねてスコーンを食べさせられて気絶して以来、ちょくちょくこの家を訪れるようになったプロイセンにもわかってきた。
だからしばらく待つ。
すると
「…悪かった……ごめん」
と、存外素直な言葉と共にポロリと流れる涙。
「あー、その状況じゃ仕方ねえ。大丈夫。別に怒ってねえよ」
と、おそらくかなり不安に思っているであろうイギリスにそう言うと、しゃくりをあげてかすかに震える身体を抱き寄せて、頭をなでてやる。
元々細くてすっぽりと腕の中に抱え込めるのが心地よいのだが、今はさらに細い。
ひっくひっくと自分のシャツの胸元を掴んで泣く様子は可愛いなと内心思った。
「なあ…。
で?そのお兄ちゃんは決まったのかよ?」
と、泣きながらではあまり複雑な事は答えられないだろうなと、二択で答えられるようにと尋ねれば、イギリスは腕の中で無言で首を横に振る。
あー…まあそうだろうな。
と、イギリスの性格を考えて、プロイセンはそれも心の中でのみ思って苦笑した。
おそらくそれをやりたい国はすごく多いだろうし、引き受ければ妬み僻みはすさまじいものになるだろうが、もうこうなれば毒食らわばなんとやらだ。
「その、国体という条件に亡国の俺様も入れて大丈夫なら、俺様がやるか?」
と声をかけてやれば、腕の中のイギリスがビクッとまた硬直する。
そして涙の止まった大きな目が驚いたように見開かれて、プロイセン…次いで、何故か虚空に向けられた。
その後
「お前でも大丈夫ならしい…けど……」
と、少しの間のあとにそう言ってくるということは、おそらく視線の先に例の妖精さんがいて答えていたのだろう。
そしてどうやらOKならしく、しかし、本当に良いのか?と言わんばかりの不安げな目で見あげてくる。
おそらくイギリスは自覚がないのだろうが、眉毛が細くなって髪が伸びたくらいであとは変わらぬ童顔なままの幼げな相手にこんな縋るような目で訴えられて、それをスルー出来るわけもない程度には、プロイセンは兄貴だった。
「俺様なら兄貴やんのも慣れてるし?
ヴェストは国を背負って立つ男に育て上げないとなんなかったから可愛がりつつも厳しく育てたが、今度は思い切り甘やかす兄貴ってのを経験してみんのも楽しそうだしな」
と、自分も楽しむのだと言ってやれば、イギリスは少しホッとした顔をした。
「とりあえずだ、引き受ける条件は一つだけ」
と、そこでさらに少しでも負担が軽くなれば…と言葉を続けると、イギリスの顔に少し緊張が戻る。
が、続いて
「お兄ちゃんとして思い切りいつでもどこでも遠慮なくベタベタと甘える事。
イギリスは誰かをお兄ちゃんって呼んで過ごさねえと元に戻れねえんだろ?
この条件を飲まないと困るよな?
…ってことで…他に聞かれても別に条件自体言ってもいいぜ?
俺様は今回は思い切りベタベタ甘やかすお兄ちゃんてやつをやってみたいがために引き受けるんだからな」
と言ってやると、大きな目がさらに大きく見開かれ、小さな口がぽかんと小さくひらいたまま固まった。
お兄ちゃんと呼ぶのはイギリスの都合、だけど、甘えるのは条件として出されて仕方なく…これで素直に甘えるのが恥ずかしいイギリスも少しは気が楽になるだろうし、他への言い訳も立つだろう。
そんなプロイセンの言葉の真意に当然のように気付いたのであろうイギリスは、そのあとぽろりと涙を一粒。
それからぎゅっとプロイセンの背に手を回して胸元に顔を押し付けて、小さな小さな声で
――ばかぁ…
と言った。
きゅん…と何か胸のあたりで音がした気がした。
きゅん?きゅんて何だ?おかしいだろ?俺様。
そんな自分の心の中は敢えて追求しない事にして、プロイセンはとりあえずドイツにメールで連絡をする事から始めることにした。
――ヴェスト、悪い。俺様、ちょっと兄貴やってくるから、しばらく家空けるわ。
普通なら首をかしげるこのメールも、プロイセンの気まぐれにもいい加減慣れているドイツは
――了解だ。よくわからんが他人様に迷惑をかける事だけはしてくれるなよ、兄さん
と、当たり前に返して来る。
その画面を見せて
「厳しく育てた結果がこれだからな。
自慢の弟だけど、もう少し兄の不在を寂しがってくれてもいいよな~」
とわざと口を尖らせるプロイセンに、腕の中のイギリスはようやくクスリと笑みを零した。
あ…可愛い……
もともと童顔で愛らしい顔立ちをしているのもあって、邪気のない笑顔は文句なしに可愛いと思う。
もっともそれを日常的にみられるのは、イギリスがツンを発揮しない数少ない相手である日本かカナダくらいのものなのだろうが…。
それに自分も加われるのかと思うと、少し楽しい気分にはなる。
こうしてギルは弟と家主の許可を得て、1週間の予定でイギリス邸を住みかとすることにあいなった。
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