お兄ちゃんに任せなさい_5

そして翌日、世界会議初日…会議室に衝撃が走った。

『ヴェスト、悪い。イギリスちょっと会議に遅れる。
確かイギリスに関係ある議題は午後からだよな?
俺様が送っていくから先始めてくれ』

昨日いきなり『ちょっと兄貴をやってくるから』と、1週間の不在を告げる謎のメールを送って来た兄からまた謎のメールが届いた。
昨日のに次いで今このメールということは、兄貴をやってくるというのはイギリスの兄貴を…という事だったのだろうか…。
謎だ…非常に謎だ。

会議を10分後に控えながら眉間に皺を寄せるドイツ。
その隣にいたイタリアが、ヴェーといつもの謎の言葉を発しながら、不思議そうにドイツの携帯を覗き込んで、こてんと首をかしげた。

「ドイツ、プロイセンが1週間留守にするって言ってたけどイギリスと一緒なの?」
と、見あげてくるが、ドイツ自身だってわからない。
「おそらく…このメールからすればそうなのだろうな」
と答えるしかない。

イタリアとそんな会話を交わしていると、普段は会議室入りの早いイギリスの不在に、まず日本がスススっと気配もなくドイツの元に寄ってくる。

「ドイツさん、イギリスさん遅いですね。何かご連絡でも?」
と聞いてくるので兄からのメールをみせると、日本は目を丸くして、おやまあ…と、非常に変わった感嘆詞を口に乗せた。

「いつのまにお二人はそんなに仲良くなられたんですかねぇ…」
という日本にその前に来たメールを見せてみると、日本は今度は、あらあら…と、また違う感嘆詞を口から発っする。

日本語はずいぶんと表現が多いな…などと、ドイツは関係のない感想をここで抱いた。

「イギリスさんのお兄さんに…と言う事でしょうか。
あの、愛らしいイギリスさんの……
なんて羨ましい」
という日本の感性は今ひとつドイツには理解できない。

まあ感性というのは人それぞれだから、敢えて否定するつもりもないが…。

そんな風に3人でいるところに、今度はフランスが
「ねえドイツ。坊ちゃんからなんか連絡ない?
今日遅いよね?メール送っても死ね!としか返ってこないからさぁ…」
と、聞いてきた。

これには
「ああ、少し遅れると連絡があった」
と、答える。

その後、色々な国々が同様の事を聞いてきたが同じように答え、時間になったので会議を始める事にした。


こうしてどこか落ちつかない状態で会議が始まった。

相変わらず荒唐無稽なアメリカの案には普段突っ込みをいれるイギリスがいないため、その役割をフランスと共に担ってみるが、胃の痛みが2倍になった。

今まではイギリスももう少し冷静に対処出来ないものかと思っていたが、いざ自分でやってみると無理だ。
というか、イギリスは十分すぎるほど冷静に対応していたのだと思い知る。
そして…ドイツは今度からイギリスにもっと優しくしようと心の底から反省した。

会議後まだ30分を経過したところなのだが、フランスがすでに死んだ魚のような目で戦線離脱する。

この根性無しがっ!と心の中でそれをののしりながらも、自分もどこまで孤軍奮闘できるのだろうか…せめて兄さんが補佐に入ってくれている日なら…と、その手の人心掌握術が自分と違ってかなり得意な兄に思いを馳せるが、頼みの綱のその人は、こういういて欲しい時に限っていない。

「ドイツ~、ドイツ~、お前顔色悪いよ?大丈夫?」
と、隣で心配してくれるイタリアは可愛いが、実務的な事になると本当に役に立たないのが辛い。

胃の痛みが限界に達した。
もうダメだ…EUの皆、すまない…
そう思った瞬間だった。

会議室のドアが開いて、今一番会いたかった人物が颯爽と顔を出す。

「悪い、遅れたな」
バン!と開いたドアの向こうに立つのはサラサラとした輝く銀髪に紅い目の兄。

この時ほど兄を頼もしくカッコよく感じた事はない。
今、兄がいつものように『俺様、カッコいいぜ~!!』と言ったなら、ドイツはおおいに頷く事だろう。

本当に輝いて見える兄。
じ~ん!と感動しているドイツの横で、イタリアがまたヴェーっと叫んで立ちあがった。

「ちゃおっ!可愛いね、君プロイセンの知り合い?
俺はイタリア=フェリシアーノ、パスタとピッツァが好きなおちゃめさんだよっ」
と、そのまま止める間もなくドアへ駆け寄る。

そこでドイツは初めて兄の後ろに誰かいる事に気付いた。

「ドイツ~ドイツゥ~、ちょっと休憩にしようよっ!
俺ベッラとジェラ~ト食べてきたいよっ」
と、なんとも素早い事にギルベルトの後ろの少女の両手を取ってぴょんぴょんその場で跳ねているイタリアに困った顔の少女。

どこかで見たような顔。
しかし大層可愛らしいその少女だ。
一度でも会った事があれば忘れられないように思われる。

そんな中でじゃれつくイタリアに困ったように、少女は兄のスーツの裾をツンツンと引っ張って
「…お兄ちゃん……」
と、助けを求めるように見あげた。

そうっ!
お兄ちゃん
と、少女は確かにそう言った。

え??と固まるドイツ。
お兄ちゃん?お兄ちゃん?兄さんが??

クルクルと混乱した思考が脳内を駈け廻り、そして一つの結論に達する。

『そうかっ!ドイツ国内に生まれた一地方の化身なのかっ!
他人じゃないから見覚えがある気がしたのかっ!!』

そうと分かれば取る行動は一つだ。

「イ~タ~リ~ア~~!!」
と、ドイツもドアに駆け寄り、イタリアの首根っこを持って少女からひっぺがし、自分が間に入る。

そうして間近で見下ろせば、“”の名にふさわしく、少女は随分と華奢で小さく見えた。
そこでドイツは少し身をかがめて少女に視線を合わせると、怖がらせないようにと頑張って笑みを浮かべた。

「俺はドイツ。知っているかもしれないが、兄、プロイセンの弟だ。
初めまして、俺達の妹。名前はなんというのだ?」

ドイツにとっては出来うる限り優しい口調で言ったつもりなのだが、怖かったのだろうか?
少女は無言で兄のスーツの裾を握ったまま、やはり困ったように兄を見あげる。
それにプロイセンは苦笑。

「あー、ヴェスト、ちょっと違う。実は……」
と言う兄の言葉を待たず、もう一人乱入者が駆け寄ってきた。



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