お兄ちゃんに任せなさい_6

走って来たのはフランスだった。

「坊ちゃんっ!坊ちゃんでしょっ?!一体どうしちゃったのよっ?!!」
少女に向かって抱きつこうと手を広げるフランスは、しかしプロイセンの足の裏に阻まれて、ワイシャツの腹の部分に足形をつけられる。

え?坊ちゃん??フランスがそう呼ぶのは……

そこで全員が状況を理解した。
なるほど、長い髪と眉毛を変えれば、イギリスの国体そのものじゃないかっ!

気付かないのがおかしいと言うなかれ。
とにかく彼の特徴は眉毛、そう、自称紳士の証であるぶっとい眉毛なのだ。
それがない時点で彼と結びつかないレベルでそれは彼を表す目印になっていた。

パシャ!!と光るフラッシュ。
だが、その後のシャッター音が鳴る前には、プロイセンが少女の腕を掴んで自分の後ろに庇っている。

「ジジイ、今回はそれやったらカメラ自体破壊すっからな」
と、少し剣呑な様子で言うプロイセンに、さすがに空気を読む国、日本は、
「わかりました。事情をお聞かせ頂けますか?」
と、カメラを鞄にしまいつつ、何事もなかったように席に付いた。


「え?ええ??その子イギリスなのかいっ?!一体どうなってるんだいっ??」
と、そこでやめておけばいいのに駆け寄ろうとするアメリカには、

「今説明するっつってんだろうがっ!少し黙っとけ。
でねえと次は上唇と下唇を突き刺すぞ」
と、ナイフが飛んできて着ているジャケットごとアメリカを壁に貼りつける。

いつにない殺気を放つプロイセンに、それまでざわめいていた各国は口を閉ざした。


こうしてシン…と会議室が静まり返ったところで、
「結構。今から説明する」
と、プロイセンは少女になったイギリスを指定されている席までエスコートして、椅子を引いて座らせると、その後ろに立った。

「あー実は色々あってイギリスは呪いを受けて女性体になった。
国には一切影響はないので、そのあたりは心配しないで良い」
と、まず全員に関係ある事を先に述べ、それからさらに説明を続ける。

「それで…だ、解除の条件が1週間の間、国の誰かを相手に妹としてふるまうという事でな。亡国もそれに含まれるっつ~んで、俺様がその“誰か”の役割を担う事になったと言う事だ。
それで、俺様の方も巻き込まれるわけだから?どうせなら国として厳しく育てざるを得なかったヴェストの時には出来なかった甘やかし放題甘やかす兄ってやつをやってみてえってことで、俺様の方からの条件はベタベタに甘えてくる事。
ということで、イギリスは呪いを解くために俺様をと呼ぶし、俺様は楽しくにベタ甘なを体験中というわけだ。
だからこの1週間、俺様の“”にふざけた真似をする輩がいたら、容赦なくぶっとばさせてもらう。
以上っ!」
そう言いきって腕組みをしてそのままイギリスの後ろに立ち続けるプロイセン。

「あ、俺様の事は妹の付き人だと思って会議を続けてくれて良いぞ、ヴェスト」
と、唖然とするドイツに声をかけた。



…が、ことは当然それではおさまらない。

「なんでえぇぇ~~?!!!
どうしていきなりプーちゃんのとこに行くのよ、坊ちゃんっ!!
お兄さんだよね?!普通!!
坊ちゃんのお兄ちゃん役っていうことならお兄さんじゃない?!!

と、隣で詰め寄りかけて、イギリスの
「きめえっ!死ねっ!」
の一言でプロイセンに裏拳で阻止されるフランスを皮切りに、

「なんなんっ?!
言うてくれれば親分なったるよ?!
親分はみんなの親分やんっ!
年下の亡国よりは兄ちゃんやで?!」
と、内職の花をクシャっと握りつぶして叫ぶスペイン。

「ちょっと待ってくれよっ!
呪いっ?!そんな非科学的な事は信じられないけど、イギリスがなんらかの化学兵器か何かで女の子になったのはわかったし、そんな非道な事は世界のヒーローとしては認められないし、放っておけないからねっ!
頼める相手がいなかったんだろうし、俺がなってあげるんだぞっ!
と、壁に突き刺さったナイフを引きぬいてアメリカも身を乗り出した。

そうかと思えば、はぁぁ~と座席でため息をつく中国。

「仕方ねえある。我は大勢の弟妹がいるあるから、この上1人くらい増えても変わらないある。だから良いからうちに来るある
と、そう言えば、隣で日本が
「やめて下さいっ!
可愛いイギリスさんがあなたに汚染されたらどうするんですかっ!」
と言って始まる兄弟げんか。

「ヴェー…うちならご飯美味しいよ?
兄ちゃんもいるし、うちにおいでよ~
と、へらりと笑うイタリア。

色々が阿鼻叫喚で、収集が付かなくなりつつある中、困惑した表情で自分を見あげるイギリスに気づくと、

「大丈夫。心配しねえでいい。俺様にまかせとけ」
と、プロイセンはその頭を優しく撫でて、
うるせえっ!!黙れっ!!!!
と、ピシィッ!!!と鞭を振りあげた。

シン…と再度静まり返る会議室。
ピン!と鞭をいじりながらプロイセンは室内の面々を見回した。

「最初に言っておくっ!!
俺様は確かに年下の亡国だっ!
だが、兄として遇するのにその年下の亡国の方がマシと思わせた原因はなんだっ?!
貴様らだったら普段からからかったり、暴言吐いたり、喧嘩をふっかけたり、そうそう、くたばれ!とか口癖の奴もいたっけなぁ??
そんな相手を兄にしたいと思うのか?!ああぁ??!!!
だ~れ~が~、年下の亡国以外に兄として甘えられないような甘えるのを恐れるような要因を作った?!
特に古参国家の面々っ!!
お前らは特にその発言っ!行いを振り返って反省しろっ!!
甘えて欲しければ甘えたくなるような自分を作ってから出直しやがれっ!!!
以上っ!!!
ヴェストっ!会議を再開!!!」

軍国の総帥であった頃そのままの声量でプロイセンがピシッとそう言いきると、兄の言葉に慌てて議長席に戻るドイツ。

そして兄におそるおそる声をかけた。
「俺も少しだけ発言を良いだろうか?」
「許すっ!ただし時間が押しているだろうから、簡潔に5分以内!」

もう誰が議長なのか、誰の会議なのかはよくわからなくなりつつあるが、許可が出た事でドイツは若干ホッとした様子でイギリスに視線を向けた。

「今日は開始30分でイギリスのありがたさを思い知った。
今度からはもう少し協力しフォローを入れるように努力したい。
それと…兄貴の妹と言う事は俺にとっても妹に当たると思う。
俺は兄になった経験がないので適切な行動が取れない事もままあると思うが、妹のために動くと言う事は俺にとっても得難い良い経験になると思うので、手助けできる事があればなんなりと言って欲しい。
以上。
会議を再開する」

それぞれがまだ何か言いたげだが、鞭を手にしたまま仁王立ちをしているプロイセンを前にドイツが会議再開を宣言した以上、それ以上その事に言及する事は憚られた。

そしてその後、会議の続きと言う事でまた突拍子のない発言をするアメリカに、
「異議ありっ!それはどういう根拠での発言なのか、5分以内で簡潔に説明頂きたい。
法治国家の集合体の会議である以上、現状に沿わないと思われる提案をするならば、それなりに他国も納得する説明は当然行って然るべきという意識は持っているだろうし、そのための準備もした上での発言なのだろうから、ぜひそれをご披露頂きたい」
と、まるで尋問官のように冷ややかな視線を向け続けるプロイセン。

他の国相手ならそれでもごり押す超大国も、昔々まだひどく若い頃にしごき抜かれた鬼教官相手だといつもの調子も出ずに結局黙り込み、淡々と議題が消化されていく。

こうして予定よりもだいぶ早く終わったその日の会議。
「さあ、早く終わった事だし、ティータイムにするか?」

会議終了の言葉と共に急に柔らかく甘くなる声音。

「ティータイム?!」
キラキラした目で見あげる少女を見下ろす目はどこまでも優しい。

「ああ。ケーキもパフェも種類が多い可愛らしい感じの店を調べておいたから、誘いたい相手がいたら誘ってもいいぞ?」
と続くプロイセンの言葉に周りは期待の眼差しを向けるが、当のイギリスはあっさり
「いや……お兄ちゃんと2人がいい」
と言って、周りに失望のため息を起こさせる。

しかしそう言った次の瞬間、チラリと室内に向ける視線。
期待の色を見せる他の面々の上を通りすぎ、ピタリと止まるのは議長席。

「ドイツ…も来るか?」
と言った瞬間、しょん…と、叱られた犬のようにしょげかえっていたドイツがパッと顔をあげた。

「ああ…良いのか?」
と、それでもいそいそと帰り支度を急ぐドイツに
「ああ。お兄ちゃんの弟…ってことは家族だし?」
とおずおずと…ちらりとプロイセンを見あげる様子は可愛らしい。
そして実弟の方もおずおずとプロイセンに視線を送っている。

どちらも互いが迷惑なんじゃないだろうか…と気にしているあたりが、可愛いと
「ん。いいんじゃね?家族は一緒の方が楽しいモンな」
と、プロイセンは小さく吹きだした。


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