その日アーサーはたまたま畑で獲れた物を街に売りに行く父親に同行した。
その帰り道の事である。
野菜を全て高値で売りきって少し機嫌の良い父親。
4人兄弟の4男で幼さと体格の悪さで力仕事の得意でないアーサーには特に辛くあたる父親であったが、その日はそんなわけでたまになのだから景色でも楽しめと、窓側の席を譲ってくれた。
今日は本当に良い日だ…そんな事を思ったアーサーだったが、常にないその幸運は、しかしその後に訪れる大きな不運の前兆だったらしい。
アーサーを乗せた乗合馬車が人通りの多い街を離れて村へと続く山間の道に差し掛かって少したった頃。
馬車が急にガクン!と止まった。
何があったのかとざわめく乗客達。
しかし彼らはすぐその理由を知る事になった。
何かが道を塞いでいる…とまず認識した後、バラバラと左右から躍り出て来たのは多くの行商人達が商品を売って手にした金を狙った山賊である。
街中に店を構える金持ちの商人達と違って、山の向こうに点在する小さな村の貧しい行商人しか乗らぬ乗合馬車に彼らを撃退できるような屈強の用心棒などついているはずもなく、あっという間に御者を殺された馬車からは乗客達が引きずりおろされた。
男は当たり前に金品を奪われた上で殺され、女は地面に引き倒されて犯されている。
アーサーの父親もその殺された死体の山の中に無造作に積まれて、アーサーはと言うと、恐怖のため声も出せずにペタンと馬車の車輪に張り付くように震えていた。
切り殺された男達の血の匂い…
犯される女達の嗚咽…
さきほどまでののどかさと対極にあるそれはあまりに現実感がなくて、アーサーは逃げると言う選択肢すら思い浮かばず、ただ時が過ぎてこの悪夢が覚めるのを待っていた。
が、それはアーサーが考えたように悪夢ではなく、まぎれもない現実だったらしい。
圧倒的に男が多い行商人達の中での数少ない女。
それにあぶれた山賊の1人が、車輪の横で震えているまだ少女のような体格の少年…アーサーに目を止めた。
少し視線を向けて、それからにやりと不気味に笑う。
そのギラギラと欲を含んだ笑みに、アーサーはすくみあがった。
「こいつなら、まあやれるか」
はぁはぁと鼻息を荒くしながら伸びてくる毛むくじゃらの手。
掴まれる腕。
「やっ…やだっ!やだあぁ!!!!」
泣きながら首を横に振って振りほどこうとするが、14歳と言う実年齢からしても体格の良くないアーサーが屈強の山賊に敵うわけもなく、馬車を離れた草むらまで引きずって行かれた。
「大人しくしろぃ!!」
それでもアーサーにしては力いっぱい抵抗をすればビシっと頬を殴られて、口の中に血の味が広がる。
それに茫然としていると、乱暴に引きちぎられてボタンがはじけ飛んだシャツが破ける音がした。
夢だ…これは夢だ…と、現実逃避のように思うが、押さえつけられた腕の痛さとはぁはぁと生臭い山賊の息が、まぎれもない現実を突きつけてくる。
「この怯えた表情とかたまんねえな」
醜悪な顔が近づいて来て舌舐めずりをする…
恐怖と嫌悪にアーサーは思わず顔をそむけた
その時……
――フザケルナっ!そいつは俺のメスだっ!!!
と、脳内に直接響く声。
…え??
と、思った瞬間に、銀色の塊が飛んできて、アーサーの視界が真っ赤に染まる。
それはあっという間の出来事だった。
銀色の塊に身体の上から突き飛ばされた山賊は喉笛を噛み切られ、口から血の泡を吐いて倒れている。
その横には綺麗な銀色の毛並みを持つ大きな獣。
アーサーよりさらに大きい犬のような動物だ。
…え…なんで…こんなとこに犬が……
と思うが、無意識に口に出していたのだろうか…
――犬じゃねえよ、狼だ。一緒にすんな
とまたそれに対して少し不機嫌な声がした。
…へ?
山賊と女達がいる馬車からは少し離れた草むらで、ここには自分とその獣…狼しかいない。
ということは、この声の主は……
唖然としながらもそんな事を考えていると、狼はゆっくりとアーサーの前まで来て、
――汚れちまったな
と、ペロリと山賊の血で汚れたアーサーの頬を舐めて鼻面を寄せた。
――やっと見つけた…俺様の子を産む、俺様のメス…
まるで撫でるようにアーサーの頬に鼻先を押し付け、どこか嬉しそうにそう言う狼のそんなあり得ない言葉に、さすがにこれは夢だ…と思いつつ、アーサーはパッタリとその場で気を失った。
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