そうして、宇髄先輩に『さあ、話そうぜ!』と言われた瞬間、貞子の頭の中は真っ白になった。
何を話せばいいのかとか、考えてなくはなかったが、何をどう切り出したらいいんだろう…
「状況は宇髄から聞いた。
不死川が義勇を追い回すことと、不死川のすぐ下の弟が同級生を怪我させたことで、他の兄弟が同級生から仲間外れにされたり、嫌がらせをされているんだよな?」
と、鱗滝先輩が話を進めてくれる。
しかも単なる確認だけじゃない。
続く言葉は、
「まあ…俺は中等部からの外部生だが、部活の後輩もいるし、実は同じ剣道の道場に通っている弟弟子達も小等部に数人いるから、手分けしていじめや嫌がらせ、無視とかがないよう注意するように言っておく。
中には兄弟が何人も通っている人間も居るから、1年から6年まで全部カバーできると思うし、彼らからの報告しだいでは俺が出向いて注意してもいい。
今回は問題を起こした当人でもないのに、可哀そうなことをしたな」
で、それを聞いた瞬間、貞子は安堵や申し訳なさや、もう様々な感情でいっぱいになって、泣いてしまった。
それに少し苦笑しつつ、鱗滝先輩がポケットからハンカチを出しかけたが、その時初めてそれまで興味なさげに座っていた冨岡先輩がすごい速さで自分のハンカチを出すと、
「これ、使って」
と差し出してくれる。
「あ、ありがとうございます…」
もうその時は頭の中がいっぱいいっぱいで遠慮するとか言う考えも思いつかず、貞子は素直にそれを受け取って涙を拭いた。
もう、迷惑をかけまくっている人達なのに、同級生達と違ってありえないくらい優しくて、先輩ってすごいんだな、と、貞子は感心した。
そんな中で鱗滝先輩からはさらに
「とりあえず…理事長に小等部の各学年の担任によく注意をするように頼んでおくから…」
などと言う言葉が出てきて、
「なに?お前、もしかして理事長にコネありかよ?」
と、貞子のみならず、宇髄先輩も驚いて目を丸くする。
それに対して鱗滝先輩は、『他には言うなよ?』と苦笑。
「実は俺は10歳から爺さんにくっついて海外回ってて、中学もそのままそっちに居る予定だったんだけど、爺さんが理事長の父親と古い友人で、理事長のことも知っててな。
その理事長から、どうしても勉強に偏りがちの学校で運動関係で一つ特出して売りに出来る部を作るために実績をあげたいから、ちょうど強い杏寿郎が居る剣道部を全国的な大会で勝たせるために俺を貸してくれって話が来て、中学から急遽こっちに戻って剣道部に入るって話になったんだ」
………。
長兄の想い人の彼氏さんは、長兄が思ってるよりもずっと、とんでもなくすごいスーパー中学生だったらしい…。
貞子はぽか~んと口を開けて呆けつつ、黙って話に耳を傾けている。
「ああ、一応中等部に編入する試験は普通に受けてるからな?念のため
6年の時に受けた模試でもうちの学校の合格率S判定だったしな。
爺さん厳しいから、理事長の意向での入学だったとしても特別扱いはするなって言われてるし、まあ普通のことで便宜を図ってもらうようなことはない」
と、驚いて言葉のない周りの沈黙を別の意味に取ったのか、鱗滝先輩はそう付け加えた。
「あ~…まあその辺はな、今現在の学年一位の学力なんて疑っちゃあいねえよ。
でも結局…理事長に貸しがあって、頼みゃあ結構本気で動いてもらえるってことだよな?」
「絶対とは言えないが…まあ本来学校が対応すべきことではあるし、動くだろうな。
ただ、教師がどうこう言っても児童の行動を完全に管理するなんて無理だしな。
だから児童の方も、後輩や弟弟子達に根回しして頼んでおく」
なんというか…もう教師より頼りになるんじゃないだろうか…と、鱗滝先輩に尊敬のまなざしを送る貞子。
先輩が入ってくれた方が話が早いと言ってくれた先日の宇髄先輩の言葉に心から納得した。
「まあ、そういうわけで、嫌がらせについてはそれである程度は収まると思う。
…が、根本を解決しないと、不死川次男がまた暴走するな」
もうここまでしてもらっただけでも、本来は十分すぎるほどだ。
先輩の彼女さんに兄がちょっかいをかけている上に、次兄の件で示談に協力してもらう代わりにそれを止めるという約束まで反故にしている。
それが申し訳なさ過ぎて今回のお礼と共に泣きながら平謝りをすると、鱗滝先輩は少し困ったように
「大丈夫。たとえ絡んでこられても義勇は俺がちゃんと守れるから。
あれは単にその手間暇が少しばかり軽減されるなら儲けものくらいの軽い気持ちで言ったものだし、気にしないで良い」
と言ってくれた。
ちゃんと守れる…なんて素敵な言葉なんだろう。
彼女さん、幸せなんだろうな、実弥兄じゃなくても他が入り込む余地なんてないよね…と、それを日常的に見ているわけでもない貞子ですら思う。
なのに長兄は理解しないのだ。
「こんなに素敵な彼氏さんが居て兄ちゃんに勝ち目なんてあるわけじゃないのに…」
と貞子は思わず零す。
それに彼女さんは満足げに頷くが、鱗滝先輩の方は少し考え込んで、
「うん…何故義勇が不死川とつきあわないのかというのは、そういうところじゃないし、それがわかっていないから諦められないんだろうな…」
と不思議なことを口にした。
「そういうところじゃ…ない?」
貞子が首をかしげると、先輩は頷く。
「ごめんな、家族についてマイナスな事を口にすることになるが…」
と、これだけ迷惑をかけられていたらぼろくそに言っても当たり前なのに、先に謝ってくれるあたりが、先輩は神だ…と貞子は思った。
「誰が説得をするかとなれば、本当は義勇の口から言った方が良いんだが、不死川も聞かないし、義勇も説明が上手いとは言えないから、説得できそうなやつが…もっと言うなら皆で説得するとして、義勇の口からきいた話を俺がまとめると…俺とつきあっていようがいまいが、義勇が不死川と付き合うことはない。
何故なら、義勇が不死川と付き合いたくないと思う理由は、俺と付き合っているからではないからだ」
とそんな言葉がこんなに優しい先輩の口から出るほどには、兄はしつこく嫌な絡み方をしてたのだろうか…と、貞子はあまりの申し訳なさに心底落ち込む。
そんな貞子の気持ちも察してくれているのだろう。
鱗滝先輩は飽くまで優しく
「俺は当事者じゃないし、そもそもが義勇と不死川が出会った小等部の頃にはここにいなかったからな。
飽くまで義勇の側から見た事実を知ってもらうために話すだけで、誰を責めているとかではないから、気を楽にして単なる情報として聞いて欲しい」
と言ってくれた。
それでもその口から出て来た事実は、あまりにひどい、申し訳なさで消えてしまいたくなるようなものだった。
義勇さん、ハンカチ ナイス👍です😊 錆兎のハンカチは義勇さん専用ですものね(^ ^)
返信削除それなんですよ(笑)
削除義勇は自分以外に錆兎がハンカチを渡すのに抵抗があるんです😅