「まずな、大前提として、義勇は小等部入学以来ずっと不死川と同じクラスだったんだが、不死川はいつも義勇に暴言を吐いたり軽い暴力を振るったりして来たんだ。
まあ所謂いじめっ子といじめられっ子の関係な?
どう言う理由であれ、暴言を吐かれれば心が痛いし、暴力をふるわれれば体が痛い。
例えとしては少し失礼かもしれないが、躾のなっていない犬と毎日一緒にいて、犬に毎日噛まれてとても痛い思いをし続けていたようなものだ。
あとで実はこの犬はお前が好きだったんだ、噛まないように躾をしたからと言われても、6年間毎日噛まれた記憶がインプットされているから、目の前にしたら痛みの記憶が蘇る。
信用しきれなくてまた噛まれて痛い思いをするんじゃないかと不安になるから、好んで傍に居たいと思わないだろう?」
御説ご最もでございます…としか言えない。
いや、貞子は実際に現在同級生から暴力はないものの嫌なことを言われたりし続けているので身につまされる思いだ。
ほんの1ヶ月弱、陰で悪口を言われるだけでも辛くて病む寸前なのに、面と向かって怒鳴られたり実際に暴力を振るわれたりしたら、絶対に心が折れる。
それを6年間続けたなんて、個人的に付き合うどころか、視界にも入って欲しくないと思われるのは当然だろう。
だが貞子の家は父が機嫌が悪いと殴ってくるのが当たり前で物心ついた頃からそうだったから、暴力がNGという感覚が薄い。
貞子以下弟妹は長兄次兄がかばってくれて、なんなら代わりに殴られてくれたから痛みに慣れていないし、普通に痛みを忌避する気持ちは人並にあるが、兄達はそうではない。
暴力を回避できなくて殴られ慣れているから、痛みに対する耐性は人並外れてあるし、言い方は悪いが痛みに鈍くて暴力に対する敷居が低くなっている。
父は母の事は普通に愛しているようだがやっぱり手は出るし、兄達が貞子達を守ってくれたのは、自分達より小さくて父が殴れば怪我をしかねないからで、痛みに耐えられないと思っているからではないと思う。
怪我をしなければ問題がない、というスタンスなのである。
つまり不死川家では、好きという感情と、だから暴力を振るわない、常に優しい態度で接するという行動は必ずしも結びつかないのだ。
貞子は
「これはうちの特殊な家庭環境で、うちの常識が普通の場所の非常識だって言うのはわかっているし、言い訳にはならないんですけど、兄ちゃんが好きな相手にでもそれをやっちゃうのはたぶん…」
と、そのあたりを説明しておいた。
ああ、こうやって論理だてて自分達の家庭を考えてみると、兄達だけじゃなくて自分達も異常な家庭に育った異常な子どもで、まともな家庭の子どもからみたら近寄りたくない相手と思われてもしかたないのかもしれない…。
そう思うと悲しくて、また涙が溢れ出た。
「家庭環境のせいで苦労しているんだな。
それでも弟妹を守ろうと頑張っているんだから、本当に立派だと思う」
と、こんな家庭事情を知ってもそうやって優しい言葉をかけてくれる鱗滝先輩の懐の深さにますます泣けてくる。
そんなちょっとしんみりした空気を破ったのは冨岡先輩の
──錆兎…一番は蔦子姉さん
という短い言葉だ。
当然貞子と宇髄先輩は何を言われているのか全然わからないが、鱗滝先輩には伝わったようである。
──ああ、それも説明しないとな。
と、貞子達に向き合った。
いわく…冨岡先輩もさすがに兄からの暴言暴力に参ってしまって、家庭で学校に行きたくないと口にしたらしい。
そこで先輩を可愛がっているお姉さんが親と共に学校に相談に来て色々話したのだが、それを兄が過保護なババアとか先輩に言ってからかったらしい。
先輩は自分のされたことも嫌だったけど、自分を心配して自分のためにわざわざ大学を休んでまで学校に来てくれたお姉さんをそんな風に言った事に関しては絶対に一生許せないとのことだ。
鱗滝先輩が説明してくれている間、冨岡先輩の目は怖かった。
ここにきてからずっと…それこそ鱗滝先輩が冨岡先輩が兄に虐められていた話をしている間も変わらずにスン…と無表情だったのに、お姉さんの話の間はすごく怖い顔をしていた。
やらかした人間の妹である貞子ですら居たたまれないやら恐ろしいやらだったのに、やらかした張本人がこれでも先輩に好かれるチャンスがあるなんて、どうして思えるのかが不思議なくらいである。
──…ということでな…
とお姉さんについての先輩の怒りについての話も終わった時に、鱗滝先輩がちょっと困ったような笑みを浮かべて言った。
「俺が居ようが居まいが関係なく、義勇いわくこの世に不死川と自分二人きりになったとしても、あいつとだけは付き合う事はないということなんだ。
俺の目から見て、義勇はわりとおっとりしていて、あまり怒ったりしない人間なんだけど、自分のことだけならとにかく、なにより大切な姉をおとされた時点で、義勇にとっては不死川はこの世で唯一くらい相いれない、恋人どころか友人にもなれない、したくない相手になったんだ。
努力しようと、謝ったとしても、やったことは消えない。
これは不死川に限らず、やった側はな、結構簡単に考えているみたいだが、やられた側の恨みとか心の傷とかマイナスの感情っていうのは、一生消えない事が多いんだ。
不死川もなぁ…すごく大切な弟妹が居るなら余計に、それが不条理に傷つけられた時の気持ちって言うのはわかると思うんだけどな。
たぶん…経験がなくて想像できないんだろうな…」
そう言っている横では冨岡先輩が鱗滝先輩の片腕にしがみつくようにして頷きながら、少し怒ったような目でこちらを見ていて、貞子はうつむいてしまった。
そんな少し重くなった空気を変えるように宇髄先輩が
「あ~、やっぱりお前呼んでおいて良かったわ。鱗滝。
冨岡に説明させようとしても、たぶん口数少なすぎて俺でさえわかんねえと思うし。
とりあえず…鱗滝、学校側と小等部の生徒への根回しは頼むわ。
その代わり俺は俺の友人知人総動員で不死川が冨岡にちょっかいかけねえように協力させるから。
あいにくなぁ…俺は小等部も高学年ならとにかく、低中学年に知り合いいねえんだわ」
と明るい声音で言って頭を掻く。
「ついでに今日のことは忖度なしに容赦なく不死川に言っておくから、冨岡もな、下手に情をかけると伝わらねえ奴だから、お前さんには難しいかもしれねえが、不死川が来たら『お前だけはありえない、消え失せろ、クズ!』くらいキツイ言葉かけてやってくれ。
それで落ち込んだり荒れたりしたら、こっちでフォローするから」
と言ってくれて、その場はなんとかまとまった感じだ。
「んじゃ、そういうことで。
解散ってことでいいか?」
と宇髄先輩が言う。
「つっても途中まで帰り道一緒か?」
と全員分の飲み物のカップを当たり前に回収してくれて言う先輩に、冨岡先輩が
「これから錆兎とデートだからっ。
クレープ食べに行く」
と、ここにきて初めて嬉しそうな顔で笑った。
元々すごく整った顔立ちの人だから澄ましているとちょっと気まずいというか、緊張するが、笑うと可愛い。
ああ、幸せそうでいいなぁ…と思った言葉が無意識に口から出てしまったらしい。
全員が目を丸くしてちょっと固まったが、すぐに宇髄先輩が
「なんだぁ~。お前だってこれからだろ~」
と笑ってツン!と額を軽く突いてくるが、自分にはそんな日は来やしない…ということは誰よりも貞子自身がわかっている。
「私は…無理じゃないかなと思います。
同級生で好きな子はいるけど、お兄ちゃんのことがあるから好きなんて言ったら絶対に引かれちゃうし…」
と、ついつい零して苦笑いを浮かべると、それまで本当に貞子に興味がないというか、興味を持ちたくないという感じだった冨岡先輩が
「そんなことないっ!
私も絶対に無理だと思ってたけど、今錆兎と付き合えてるし、不死川さんも頑張ってっ!」
と、突然身を乗り出してきて、エールを送ってくれた。
本当にいきなりすぎて、なんだかびっくりしてしまったが、応援してくれているのは確からしいので
「…あ、…ありがとうございます…」
とお礼を言うと、ニコッと笑いかけてくれる。
宇髄先輩の評ではないけれど、本当に色々とわかりにくい人だ。
唯一…鱗滝先輩に向ける視線がすごく嬉しそうで、ああ、先輩の事好きなんだなぁということはわかる。
そして鱗滝先輩は鱗滝先輩で、冨岡先輩に向ける笑みは、貞子と話をしている時のどこか大人びた社交辞令的なものじゃなくて、本当に嬉しそうな年相応のものに見えるので、なんというか、仲介者とかじゃなく、プライベートなんだなぁという感じだ。
どちらにしても美男美女でお似合いだと思う。
こうして話し合いは無事終わり、帰宅した貞子は弟妹をこっそり部屋に集めて、今日、会ってきた先輩達がこれから色々対処してくれるから、きっとまた普通に戻ると思うと報告うることができた。
0 件のコメント :
コメントを投稿