寮生はプリンセスがお好き10章45_弁明

「…とりあえずお話を承ります。
こんな時間に訪ねて見えたのはどういうご用件ででしょうか?」

中等部生というにはずいぶんと落ち着いた様子でにこやかに対応してくる銀狼寮のプリンセス、アーサー。
銀竜のプリンセスのフェリシアーノや金狼寮のカイザーの香と違ってアンに敵対心のようなものを向けてくることもない。

こんな風に周りに接していれば心証はよろしいだろう。
それにアンは少し焦る。

ここに居るのはフェリシアーノと香、そしてアーサーに絶対的な忠誠を誓っているルート。
誰に向かってアピールをすればいいのだろうか…と思った時にそのあたりはまず無理で、そうなると他はいつのまにやらプリンセスの後ろに立っているなんだか影が薄い寮生一人と、あと同席しているのは資料にもあった金狼寮のプリンセス。

こちらはプリンセスと言っても寮長や寮生からは逞しすぎるゴリプリと言われている。
本人も中等部から入学したいわゆる外部生なので、あまり学園のプリンセス制度というものにこだわりも思い入れもないようだ。

銀狼寮のプリンセスとは仲が良いとは聞いているが、外部生なら飽くまで同性の友人としてで、他のようにか弱いお姫様をお守りする男としての自分と言う気持ちは薄いだろうし、プリンセス制度に疑問を抱く発言を聞かせるには適役かもしれない。


ターゲットは決まった。
と、アンはポケットからハンカチを出す。
純真な男子中学生を味方につけるには、まず女の武器、涙からであろう。

実際、ここまでの計画のひどすぎる失敗を思い出せば、涙など目薬なしでも簡単に流れる。
なのでアンは涙を流し、ハンカチを目尻に充てることでそれが完全に隠れてしまわないように調整しつつ、すすり泣きながら訴えた。

「確かに…異性の代わりにプリンセスと言う存在がいるところに本当の異性の私が入ってくるのは学園にとって…特にプリンセス達にとっては好ましくないことなのかもしれないけれど…今日ここに来てからの扱いはあんまりです。
特にギルベルト君は最初から私が何か害を与える人間みたいな感じだったし…確かにプリンセスの意向は尊重しなきゃいけない立場なのかもしれないけど…」

ヨヨ…と泣き崩れるアン。
それに異議を唱えようとフェリシアーノや香が口を開く前に、反応したのはアンがターゲットと定めたアルだった。

「えっと…それはもしかしてアーサーがギルに君を悪く言ったと思っているのかな?」

もう他意も何もないのがまるわかりなきょとんとした表情で聞いてくるアルにアンはここぞとばかりに泣き顔を前面に出すようにコクコクと頷いて見せる。

しかし次に彼の口から出たのは、そんなアンの思惑とは正反対の言葉だった。

「それはありえないんだぞっ。
俺がそうなように、異性である君が現れたからといって、みんなアーサーのことが大好きだし、アーサーもそれを知っている。
だからアーサーが君を貶める意味は全くないんだぞ。
そもそもがそういう悪い人間じゃないというのもあるけどね。
君に関しては…女性だからね。
他よりは丁寧に接するべきだと思っていたけど、もしギルが君を悪い人だと言っていたならそれは正しいと思う」

プリンセスという制度に懐疑的だと資料にはあったアルのその言葉にアンは動揺した。

「で、でもっ…」
とぎゅっと男性よりもかなり小さな手を強調するように胸元で握って少し身を乗り出すと、アルは曇りのない目でアンを見て
「ギルがアーサーが何か君について悪く言ったって言ったのかい?」
と聞いてくる。

その問いにアンは言葉を詰まらせた。
ここでYesと言ったとしても、いずれギルベルトが戻って来てやりとりを否定すれば自分がさらに不利になる。

…が…口頭でのやりとりなので、言ったという証拠もなければ言わなかったという証拠もない。
そう、飽くまで言ったと言えばどちらの言い分が正しいかなんてはっきりさせられるものはないのだ。
むしろその時に周りに居た金竜寮の高等部生達は皆アンの味方なのだから、かばってもらえるかもしれない。
一かばちか肯定してみようか…どうする?…と、悩むアン。

しかしそんな彼女のわずかばかりの希望は、思ってもみないところから打ち砕かれたのである。











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