寮生はプリンセスがお好き10章39_鬱屈した怒り

ほとんどホラーだった。
綺麗で可愛く優し気なだけに、余計にこの状況での満面の笑みが恐ろしい。

怯えるアンを前にフェリシアーノはしばらくニコニコしていたが、
──話すこと…ないみたいだね?
と言うと、華奢な手で銀の呼び鈴をチリンチリンと鳴らした。

それで開いたドアから入ってきた人物にも見覚えがある。
JSコーポレーションの資料にあった金狼寮の寮長、香だ。



──終わった感じ?
とこちらも絵に描いたような冷笑。
彼の登場で事態は悪くはなっても良くはならなさそうだ。

「うん。俺とはお話したくないみたい。
俺の方は話しておきたいことは話したけどね。
ギルベルト兄ちゃんが戻るまでに全て済ませて移送しないとだし、そっちも何かあるなら今のうちだよ?」

なんだか他寮の寮長と副寮長と言うよりは、まるで友人か仲間…いや、もっと言うなら共犯者のような雰囲気の二人。

フェリシアーノの言葉に香は
「あ~…ギルは…つか、銀狼寮の面々は正道大好きだから?
こっちはこっちでやっとかねえと?」
と肩をすくめた。

そうか…さっきまではギルベルトが戻ってくるまでに急いで…と思っていたが、実は彼が居ない時の方が危険だったのか…とアンは今更ながら知って自分の浅はかさを後悔する。

せめてなんとか味方のユーシスに連絡を取れないだろうか…
とマントの内ポケットにこっそり忍ばせている彼のスマホを指先で探ると、そんなアンの動きには当たり前に気づいているのだろう。
香がおかしそうに笑って言った。

「おっけ~。
別にユーシスにTelしてもノープロブレム」

何故かスマホがユーシスのものだと言うことも知っているようだが、もう色々に構ってはいられない。

香の気が変わったりフェリシアーノからストップがかかる前に、と、もう隠すこともせずにスマホから自分がユーシスに渡したスマホへと電話をかけるが、アンは気づいていなかった。

確かにユーシスが言った銀狼寮のギルベルトが寮生を率いて金竜に向かっているというのは正しかったが、それがイコールほとんど護衛が居ないわけではないことは言わずにミスリードを誘っていたのだと…。

そして電話をかけてみて、そのことを知る。

『あ~、うん。
軍曹がさ、自分が居られない分、普通よりも手厚く護衛を集めたからね。
もともと金狼の寮長の香は軍曹に対して弱みがあってね、絶対に裏切れないからそういう意味では学園一信用できる護衛になるし、銀竜のフェリは実は学園で一番食えない敵に回したらやばいプリでね、でも同じく軍曹に対しては弱みあって忠実なんだ。
金狼の中にはスパイが居て寮生全員を信用はできないから、香は寮生置いてきてるけど、銀竜はプリンセスがそういうことで命じてるから今回は寮を挙げての全面協力だしね。
なにより本人も戦闘力あってS級傭兵に匹敵するっていうバッシュと軍曹が自ら鍛えた実弟のルートが銀狼のお姫ちゃんの番犬として詰めてるし、金銀の虎全員で攻めたとしても、軍曹が引き返すまでにお姫ちゃん攻撃するのは無理だね』
と、当たり前に語るユーシス。

「どうしてそれをあの時言ってくれなかったのよっ!!」
とアンは激昂するも、後方で聞こえる
──ユーシス、紅茶っ!!
と銀虎の姫の紅茶の催促に、
──はいはい、ちょっと待ってね。すぐ淹れる
…と、答えつつ
『嘘はついてないよ?軍曹は居ないのはホントだったでしょ?
ということで俺はお姫様に美味しい紅茶を淹れないとだから、切るよ?』
と、ユーシスはアンにそれ以上言い返す間を与えずに通話を打ち切った。


な、なによっ!なんなのよっ!!
私はただ企業に協力する代わりに玉の輿に乗るはずだったのにっ!!
男子中学生なんかに負けるのっ?!
ヒロインなのにっ?!!!
こんなのおかしいわよっ!!!

さきほどまでの恐怖にわずかばかり怒りが勝って、アンはぎゅっと拳を握り締めた。
負けないっ!!
いや、勝てないかもしれないけど、ただでは負けないっ!!

彼女の鬱屈した怒りと言うのはいつだって周りに理解されることはない。
そして今回、同席している二人は彼女はユーシスの言葉に絶望して諦めるものだと信じていた。
が、その予想を覆した彼女は、彼らの想定外の行動に出るのである。













0 件のコメント :

コメントを投稿