アンが自分の携帯を取り出すと、ユーシスは
──これ、借りていいかな?直接話したい。
と上から手を伸ばしてそれを取り上げた。
とさすがに戸惑うアンだが、ユーシスは
──これ、代わりに俺の。お互い隠し事はなしね?
とにっこり。
──俺はアンのプライベートは極力見ないようにするけど、俺のは見てもいいよ?
と、そこまで言われると否とは言いにくい。
実際、渡された携帯にはパスはかかっておらず、中を見れば普通にカインとのLineのやりとりや、寮生達とのメッセージなどが見られてしまう。
ユーシスは洗脳されていることは理性ではわかっていてそれでも恋愛感情を楽しんでいると言っていたが、これもその一環なんだろうか…。
幸いユーシスに取られたアンの携帯は今回の作戦のためにJSコーポレーションから支給されたJSコーポレーションの担当とのやりとりのみしかない携帯なので、アンの側は見られて恥ずかしくなるようなものは一切ない。
だからいいか…と安易な考えでアンは携帯の交換を了承した。
一応
「えっと…それは依頼主から配布されたもので、通話履歴もLineも担当者とのやりとりしかないけど…」
と言うと、ユーシスは
「うん、それでいいよ。
俺はその担当者と俺の今後のバックアップとか待遇とか諸々について交渉したいだけだから」
と笑顔で答える。
そう…とても良い笑顔で……。
彼をよく知る者なら警戒心MAXになるその笑顔。
しかしアンはデータとして彼を知っていても、彼の本質までは知らなかったので、その後の
「ああ、そうだ。いい事教えてあげるよ。
今、軍曹…銀狼寮の寮長のことね、は、ロディがこっち側にどっぷりつかっていることに危機感を持った金竜の中等部生に逃がされた金竜の姫の依頼で、主だった寮生達を連れて金竜を攻めに行ってるよ」
と言うユーシスの言葉にすっかりと関心を持っていかれて気持ちをそらされた。
まあ…アンにとってそれは非常に重要な情報だということもあるが……
「つまり…今銀狼は…」
「うん。銀狼寮の寮生はわずかな護衛以外はほぼいない。
敵に回すにしろ抱き込むにしろ、軍曹が戻ってくるまでは銀狼寮のプリンセスに近づくまたとないチャンスかもね」
「今すぐ行ってくるっ!!」
「らじゃ。俺はここで交渉始めてるよ」
考える間もなく脊髄反射で銀狼寮に駆け出すアン。
それをヒラヒラと手を振りながら笑顔で見送るユーシスに、気配もなくすぐ近くに佇んでいたモブ三銃士の一人、ボブが
「ユーシス先輩、マジだますの上手過ぎ。怖っ…。
でもまああの女教師も頭の弱さがやばいですね…」
とため息まじりに言った。
それにユーシスは彼女から奪取した携帯をいじりながら
「楽勝楽勝っ!
たぶんな、敵さんも玄人使うとバレそうだからって素人使ったんだろうけどな。
やり方がもろ恋愛脳だし、そういう女の行動パターンとかに当てはめて行けば、まあ特別な洗脳道具なんてなくても思い通りに動かすなんて簡単だよ」
と笑う。
「どうせ乙女ゲームか何かのやりすぎで、逆ハーエンドでも目論んだんだろ。
それは良いにしても…たぶん本命を軍曹にしてんのがな、馬鹿にしてるよな」
と、それは彼にしてはなんだか不愉快そうで、ああ、やっぱり寮長やる人は自分が一番と言う自負があるのかと思えば、続く言葉は
「本命王道はカインだろっ、あのバカ女」
でボブはびっくりしてしまう。
「自分が…って選択肢はないんですか?」
と問えば、ユーシスは淡々と
「ああ、俺は主人公じゃないから。
世の中には主人公張る極々少数のカリスマが居るんだよ。
物語で言うと王子とか勇者とか、なんだかわけわかんないけどまつりあげられるやつね。
でもってこのカリスマってのは生まれつき持ってるものだから、持たない奴はどんなに努力しても無駄。
で、優秀だからこそ自分がカリスマになれない人間だってわかってしまっているカリスマより優秀な凡人が俺。
そんじょそこいらの馬鹿だったら自分がカリスマに取って代わろうなんて無謀なあがきをするんだろうけど、俺は優秀だから?
無駄な方向の努力をするよりは、カリスマを補佐してカリスマに必要不可欠な人間だと本人にも周りにも認識させて、自分をカリスマ以上の人間だと思わせることに心血を注いでる。
それにはカインには輝いていてもらわないとだからね。
軍曹を本命にしているらしいあたりで、もうあの女は俺の人生の敵だね」
と語った。
「なるほど…。
じゃあカイン先輩が本命だったらユーシス先輩は俺らの敵に回ってたんですか?」
「いや?うちのプリンセスをないがしろにしてる時点でダメだろ」
とそこで寮長と言う立場に舞い戻った発言をするユーシスにボブが首をかしげると、ユーシスは澄まして言う。
「ここだけの話、うちの姫を副寮長にするよう画策したの俺だし?」
「へ??」
ますますわからない…とボブが呆けた顔をしていると、ユーシスは
「うちのプリはカインの母方の従弟なんだよ。
カインの祖父母が離婚して娘を一人ずつ引き取ったから、表面上は他人みたいな関係でほぼ知られてないけどな」
と、とんでもない情報を明かしてくれた。
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